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約束の記憶  作者: 花鳥 秋
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虚像

 

 鈴村愛が不敵な笑みを浮かべて、僕の表情を窺っていたのだろう。

 僕が彼女の笑みに気付くや否や「分かったみたいだね」と声をかけられた。



「入れ替えたんだね? この部屋と下の部屋の絨毯を。その時にこの部屋に敷いた絨毯のサイズが大き過ぎて合わなかったから、サイズを合わせる為に切断したんだ」



「その通りだよ、新橋さん。逆にリビングに敷く絨毯は多少小さくても、問題はないからね。ガラス机を中心としたその周りにだけ絨毯のゾーンがあっても、不自然さはないよ。うん、流石は白夜先輩の相棒だね、理解が早くて助かるよ」



 “流石は”などと言われているが八割以上は鈴村愛が自分の推理を勝手に僕の手柄にしてくれてるだけで、僕自身はと言えばそこまで喋っていない。まるで思考が追いついていない。言わないけれど。

 というか、そんな事を言い出す隙もなく、女子高生探偵、鈴村愛の推理がどんどんと進行していく。



「そもそも、この部屋は下の殺害現場よりも、おかしな点ばかりだ。部屋の真ん中に配置された机、机の上に置いてある飲みかけのワイン、本棚から何故か一冊だけ無くなっている小説、入れ替えられた絨毯——まぁ、入れ替えられた絨毯の謎に関しては紐解けたけど、問題はそんな事を行なった理由だよね。何故そんな事をしたと思う?」



 訊く相手を間違えている。

 僕に分かる訳がないだろう、そんなの。

 そう思いながらも、一応考えてはみる。

 確かに下手に出て意見を伺う事に抵抗はないのだけれど、これでも、僕は一応大人であり、彼女はまだ十代の学生だ。

 全面的に頼り過ぎるのは良くないだろう。


 さて——という事で、絨毯を入れ替えた理由だ。これについて考えてみる。


 ミステリーの王道的に言うならば、やはり殺害現場を誤魔化す為のトリックという所だろう。

 最初に殺害を行なった場所がそこである場合、犯人によって生じる不利益があるから、現場を偽った——この場合、推理小説なんかでよく見るのはアリバイ工作のトリックだ。


 “現場に来てから殺す”のではなく、“殺してからアリバイを作った後に現場を作りにくる”というトリック。


 しかし、この考えが今回の事件に当てはめられるかと問われれば難しい問題になってくる。難しい問題——と言うか、無理のある当てはめになってくるのだ。


 何故なら、と説明するまでもないけれど、書斎とリビングは目と鼻の先であり、しかも同じ建物の中に存在しているのだから、現場を偽った所でアリバイ工作もへったくれもない。


 例えばこれが、どこか遠く離れた別荘地の家の絨毯と、この家のリビングの絨毯が入れ替わっていたりするならば、アリバイ工作の為以外の何物でもないだろう。


 それが、建物の一階と二階の絨毯が入れ替わっただけではアリバイ工作の為とはとても言えない。ただの模様替えじゃないか。


 模様替え……?



 いや待て、その可能性はないのだろうか?

 模様替えをした後に、もしくは最中に、被害者の大輝さんは何者かに刺された。

 つまり“リビングが本当の殺害現場で間違いない”という可能性である。


 そう考えると、最早、理由も何もなくなってくるのだけれど。



「考えるねぇ、新橋さん」まるで答えが分かっているような口ぶりで、鈴村愛は長い髪を右手で弾く。綺麗なブロンドが揺れる。


 どうでもいい事なのだが、果てしなく今更でもあるけれど、近頃の女子高生というのは皆んな、こうも派手と言うかなんと言うか……、一言で言うなら、過激なのだろうか?

 染めた髪に、短かすぎるスカートに、ネックレス。学校側が彼女のこれを許しているとは到底思わないのだけれど……。



「ねぇ、事件の事ちゃんと考えてるかい?」



 ギクッとした。

「あ、えっと……」明らかな動揺を見せながら、思考に戻ろうとして、彼女には溜息を吐かれた。



「新橋さん、今完全に違う事考えてたよね? 事件現場で随分と余裕があるんだねぇ……、もしかして、ぼくに見惚れてた?」



「は、はぁ?!」



 何を言いだすんだこの女子高生は——と、言う驚きを込めた反応だ。誤解しないで欲しい。

 誰に言い訳をする訳でもないけれど、見惚れてた訳じゃない。決してない。あり得ない。

 僕には正式な恋人がいるのだ。

 鈴村愛の容姿が仮にA級ランクなら……、いや、そもそも人の容姿にランク付けなんかは到底したくはないのだけれど、仮にそう例えるのであれば、叶愛さんはトリプルSランクだ。S三つ分のランク、三ランクは上の美貌の持ち主が叶愛さんだ。


 それに、鈴村愛は“女子高生”なのだ。

 そういう見惚れるとか見惚れないとか以前の話である。そういう対象で見ていない。



「あのね、一つだけ言っとくけど、僕には叶愛さんっていう恋人がいる訳で……」



 自分に言い聞かせるような口調で説明に入る僕に「知ってるよ」と被せてくる鈴村愛。



「でも、他の女性に見惚れないとは限らないよね? 別に隠す必要なんてなくないかい?」



「いやだから、僕は別に……」



 ん? 隠す……。

 ふと、叶愛さんのある言葉が頭をよぎった。

 鈴村愛との遭遇という予定外の出来事と、彼女の推理に聞き入ってしまっていたのもあってすっかり忘れかけていたが、そう言えば、

 僕は元々、その叶愛さんに頼まれて此処に来ていたのだ。


 “現場に行って凶器を見つけてきて欲しいんです”


 そう頼まれていたのだ。

 更に叶愛さんは凶器の場所には大体の見当がついているとも言っていた。

 まさか叶愛さんが、僕と鈴村愛の出会いまでもを予期していたとは思わないけれど——そこまでいけば探偵を通り越して予言者と言わざるを得ないレベルだけれど、ただ叶愛さんはこうも言っていた。


 “多分尚弥ならすぐ見つかると思いますので”


 あれがそのままの意味を含めた言葉だったなら——恋人としての僕ではなく、小説家としての僕ならという意味だったなら……。


 叶愛さんが僕の性格と行動パターンを全て先読みし、あの時点で推理していたとしたら——つまり、僕が殺害現場のリビングに真っ先に向かうのを避けて、書斎を選ぶ事を推理していたとしたら、そう考えると自然と答えが出てくるではないか。



「そうか、分かった……凶器だ」


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