虚像
僕がそれを答えるより先に、押し黙った僕の姿を見てそれを察したであろう彼女は返答を待たずに喋り出す。
「書斎にいるって事は現場である一階のリビングはもう見てきたんだよね? その時、おかしな違和感を感じなかった?」
「いやそれが——」
怖くてリビングはまだ見ていない、と言おうとして、彼女に遮られる。
「そう、机の下だ」
“そう”とか言われても見ていないから分からない。
そして、見ていない事を言うチャンスを完全に逃してしまった僕である。
鈴村愛の口は加速した列車の如く止まる気配を見せず、彼女自身も本棚の前を右へ左へと落ち着きなく歩きだす。
まるで漫画やアニメで見る探偵のように。
「見てきたから分かると思うけど、リビング中央にあったガラス机、その下に大量の血痕が残ってたでしょ? 事件発覚時、このガラス机のすぐ横には被害者の一人、遠藤大輝さんが倒れていて、死因も大量の出血による失血死になってるんだけど、これがおかしな事になってるんだよねぇ」
そこでピタリと立ち止まり、スマートフォンを取り出して画面を操作し始める。
1分も経たない間に顔を上げ、「ちょっと見てくれる?」と僕にスマートフォンの画面を見せてくれる。
そこに映っていたのが何の画像かは、話の流れというのもあり、すぐに分かった。事件現場のリビングの写真だ。
大きなテレビと真っ白いソファがあり、その間に挟まれて、先程話していたガラス机が存在している。
そして確かに、ガラス机の下の絨毯には大量の血痕が黒く滲んで広がってもいた。
そのガラス机のすぐ横にも血痕がある。
恐らく、先程言っていた遠藤大輝さんの遺体が此処にあったのだろう。
これを見て、僕は変な違和感を覚えた。
確かに遺体があった場所にあるこの血痕は鈴村愛が問題視しているガラス机の下に続いてはいるが、途中で一度だけ途切れているのだ。
「気付いたかい?」
鈴村愛は僕の表情から察し、僕が答えるよりも先に話しだす。
「そう、ガラス机に最も近かった遠藤大輝さんの遺体があったのはこのガラス机の横であり、普通に考えれば、ここに映ってるガラス机の下にある血痕は遠藤大輝さんが刺された時の傷口から流れたものだと推測出来る。でも、流れ出た血液が一度途切れ、机の下でまた広がっているというのはいくら何でも不自然だ——被害者が一度刺されてから、傷口を押さえて血を落とさずに移動した可能性も考慮出来るけど、だったら血痕が机の下にあるのはおかしいよね? 机の上にあるべきだ。そう思わない?」
確かにそうだ。その通りだ。
だけど、そうじゃない——これは、何かが変だ。
その何かが何かは分からないけれど、もっと根本的な部分で何かを間違えている気がしてならない。
だが、鈴村愛は僕の感じている違和感などはどこ吹く風で、自分の推理の続きを語る。
得意げに、自信満々で、意気揚々と。
「まぁでもその謎は解けたようなもんだよ、この部屋に来て確信した。殺された他の二人は分からないけど、大輝さんに限っては間違いなくこの部屋で殺害されたと見てまず間違いないはずだよ」
「えぇ?! この部屋?!」
反射的に声が出て、意味もなく後ずさり、あからさまに驚く僕。
鈴村愛はそんな僕を見て若干驚いたようで「ビックリしたなぁ、いきなり大きな声をだすなよ」と注意された。面目無い……。
「ごめんごめん、え、でも、それはどういう根拠があって……」
僕は唾を飲み込みながら、鈴村愛に推理の続きを促す。いやはや歳下だからと言って侮る訳にもいかない。この場においては僕より彼女の方が専門なのだから、下手にでて意見を伺う事には何ら抵抗はない。
それが彼女の推理に更に勢いをつける——列車の速度がどんどんと加速するかのように。
彼女、鈴村愛は本棚の前で屈み、そこの絨毯を捲りあげる。
「見て新橋さん、この絨毯——所々で糸が解れてるでしょ。これは絨毯を切った後だ」
「絨毯を切った? 何の為に……」途中で気付いた。
そうか、そう言う事か。恐らく、犯人はこの部屋とリビングに置いてあった絨毯を入れ替えたんだ。殺害現場をリビングに仕立て上げる為のトリック……。単純明快で使い古された方法で、現場を誤魔化したんだ。




