虚像
そう言って、心の中や、自分が執筆する小説の文面上で強気に息巻くのは僕の勝手だけれど、口に出さなければ、それが例えどんなに熱い想いだとしても相手に伝わる訳がない——口に出したからと言って伝わると言う訳でもないけれど。
特に、鈴村愛のような特別な事情があると尚更だ。
兎に角、此処で——殺人事件が起こった他人の家で、今日初めて知り合った女子高生を相手に、此処にいない叶愛さんの事について討論を交わした所で答えに行き着く訳がない。平行線もいい所だ。
そもそも、此処に来た目的を忘れてはならない。
僕も、そして目の前の女子高生探偵と名乗る鈴村愛も、事の経緯は違えど、今追っている事件は同じで、事件解決という目的については共通している。
だとしたら討論なんて交わしている場合じゃない。協力するべきだ。
自分から訊きにいった感が否めなくもないけれど、取り敢えず、叶愛さんの話は置いておこう。話を本題に戻そう。
「ところで新橋さん、今回の遠藤一家殺害事件の話に戻るけど——」
僕の決断が口を出ようとした矢先に、それよりも早く、彼女自らが話を本筋に戻して来た。
流石は女子高生探偵。手際がいい。
戻るも何も、遠藤一家殺害事件の話は彼女とはまだ何もしていない筈なんだけれど、どこに戻るつもりなのやら……、いやはや、兎に角、戻るらしい。
ここは大人として合わせるべきだ。
余計なツッコミや茶々入れなどをせず、合わせて、話をサクサクと進めてしまおう。
そうするべきなのだ。
「まず、殺害現場は本当に一階のリビングなのかって事についてだけど——」
「してたっけ? そんな話……」
結局、こんな余計な一言を挟み込んでしまう辺り、それが僕である。
話の流れに乗るのがどうも上手くない。
どうしても看過出来ずに、ツッコミを入れたくなってしまう——ツッコミという程のものでもないんだけれど。
案の定、鈴村愛には、それはもう深い溜息を吐き出された。まざまざと見せつけるように。
そして左手を腰の横に当て、右手の人差し指で僕の事をビシッと指しながら、
「あのね、新橋さん、ぼく今凄く良い流れで話を進めようとしてたんだけど、それがどうして分からないかな? いやいやいや、知ってるよ分かってるよ百も承知だよ? うん、ぼくはそんな話は一切してなかったよ、ただちょっとだけユーモアを効かせながら自然な流れで話を本題に戻そうとしただけだろ? もしかしてKY? 空気読もうよ、新橋さん」
「空気……酸素……二酸化炭素……」
空気を“読んで”みた。
勿論、余計なツッコミをいれてしまったのをちゃんと反省した上で、ちょっとだけボケをかましてみたのだ。
すると鈴村愛は呆れた顔で腕を組んで、細い視線を僕に当ててくる。
「ぼくの事を馬鹿にしてるだろ?」
「してません、すいません……」
18歳の女子高生に怒られ、即答で謝る25歳——それが誰かと問われれば、他でもない僕の事である。
自分で言うのも何だが、情けない事この上ない。
さぁ、気を取り直して話をもとに戻そう。
「それはそうと殺害現場が本当に一階のリビングなのか……っていうのはどういう事だい? 」
何食わぬ顔で——唐突に、無理矢理、話を戻した。
数秒程、鈴村愛との間に何とも言えない間が出来たが、これまた深い溜息を吐かれた後、彼女は“その話”の続きを再開してくれた。
「どういう事も何も、そのままの意味だよ。白夜先輩はそこについては何も言ってなかった?」
殺害現場が遺体が発見された場所ではないという可能性についての事だろうか?
だとすれば、叶愛さんの口からはそんな事は一言も聞いていない。




