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約束の記憶  作者: 花鳥 秋
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虚像

 そのまま遠藤家に侵入を果たした僕は、玄関に入ってすぐ、二階へ続く階段、もしくはリビングに通じるであろう廊下、その二択の道を選ばされる事になった。

 ここは迷わず二階を選んだ。

 ここまで来ておいてなんだけれど、殺人事件が起こった部屋に進むのはやはり気が引けるのだ、出来れば行きたくない程に。

 だから後回しにする事にした。


 二階に上がってみると、これまた中々の広さで、部屋が四つほどあり、どれから調べたものか流石の僕も迷った程である。

 だからと言うわけではないけれど、部屋の扉にそれぞれ張り付けられたプレートを見て回り、“書斎”と書かれた自分の興味を一番誘う部屋から入ってみる事を決めた。


 扉を開けて部屋の中に踏み入ると、大きな本棚が壁際に二つ程並べられているのがすぐに目に入り、そこに隙間なくびっしりと詰められた本は見た所、全て小説ばかり。


 部屋の中心に机と椅子が置かれており、変わった家具の配置が目を引く部屋ではあったけれど、確かに書斎であると言って間違いはないだろう。


 部屋の真ん中に配置された机の上には栓を切ったワインボトルが置いてあり、中身が半分ほど残されている。それ以外は何もない。


 被害者の母親か父親のどちらかが死ぬ直前にここでワインを飲んでいたという事だろうか? どちらにしろ、事件の謎に深く関係しているとも思えなかったので、その事についてはそれ以上の興味も示さず、どちらかというと僕はその大きな本棚に整然と並べられた小説の数に圧倒されながら、感嘆の声をあげていた。

 ここで僕がとった行動と言えば、それはもう実に愚かと言う他ないのだけれど、自分の小説を探すという行為だった。


 これだけの小説があれば、自分の小説が一冊位あっても不思議じゃないんじゃないか——そう思える程の量が実際にはあったのだ。


 因みに僕の小説一冊位とか言いながら、僕は現段階では叶愛さんと自身の出会いを描いた「差し出がましいようですが。」というタイトルの一冊しか出してないのだけれど——位も何もない。


 そんな事をしていると、僕の目に一人の作家の小説が目に止まった。他とは違い、何故かその著者の小説だけ文庫本で、今までに発売された九冊全てが揃えられている。


 紅愛理——今や、世間で最も人気が高いと言っても過言ではない有名な恋愛小説作家の名前で、デビュー作「二度目の恋」は前例のない早さで売り上げ部数、百万部を簡単に突破し、鮮烈なヒットを叩き出した。


 正確には、恋愛と推理、その両ジャンルに手を出してる作家で、最近になって連続で発売された「海底に沈んだ愛」、「恋愛殺人」、「夢の中で私は貴方を殺しました」の恋愛要素を強く絡めた推理小説となってる三作はそのどれもが高い人気を得ており、三作とも発売から早々に重版がかかる程だとか……。


 性別、年齢、本名、全て正式な発表が無いため不明扱いとなっているが、SNS上や小説の後書きでは自身の事を“ぼく”と称している為、この作家のファンの間では「愛理という名前はフェイクで実は男」と主張する派と「“ぼく”という一人称こそ盲点で、実は僕っ娘の女性」と主張する派で性別に関する議論が行われており、挙句の果てには“ハゲ散らかしたオッサン”だの、“見たら卒倒する程の美女”だの、“有名作家の別名義”だのと、いらぬ憶測が次から次へと生み出され、今もそれらは増加の一途を辿っている。


 因みに、僕はこの紅 愛理の小説に関してはデビューから二作目に出版された「もう一度だけ」というタイトルの本を読んだ事がある。


 退屈で平凡な毎日の中で生活を送る彼の元に、昔病気で亡くなった恋人からメールが届く——確かそんなお話。そこだけ聞くと随分ホラーで、随分とこれまた在り来たりな小説のように思えるけれど、読了後、とてつもない感動に襲われた記憶だけは未だ残っている。


 勿論、今僕の目の前の本棚の中に並んでいる文庫本の中にはその「もう一度だけ」というタイトルも存在している。


 僕がこの本棚に妙な違和感を覚えたのはその紅愛理の小説の最新作の次に置かれていた本を見つけた時だった。



「あ……、え? ん? 」



 緒方晶——これもまた見覚えのある作家の名前だった。

 と言うより、新人作家の僕からすれば大先生と呼ぶべき作家の名前を見つけたのだけれど、違和感を感じたのはそちらではない。

 そのタイトルの方だ。



「約束の地へ……下巻……?」



 ——上巻は何処に?

 と、僕が首を傾げていた時だ。



「うん、いい趣味してるよね、この本棚の本をチョイスした人は」背後から聞こえてきた女性の声に飛び跳ねんばかりに驚いた僕は、振り返ると同時に、いつの間にかそこに立っていたその人物から慌てて距離をとった。

 振り返ってる以上、本棚を後ろに回すので、距離をとる、と言っても知れてるのだけれど。


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