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約束の記憶  作者: 花鳥 秋
14/22

虚像

※この章より登場する緒方晶様の名前とその作品名、“約束の地へ”につきましてはご本人より了承を得た上で物語内に関与、記載させていただいております。

緒方晶様は実在するなろう作家ですが、この物語はフィクションであり実在する人物とは関係ありません。

また、本作は他作家様の宣伝や批判を目的としているものでもありません。

予め御了承ください。

 ~~5


 僕は叶愛さんに病院に呼び出された日の翌日——つまり、“昭和の日”の翌日となるその日に事件現場である遠藤一家の住宅に赴いた。


 目的は勿論、叶愛さんから受けた任務を遂行する為である。凶器探し。


 遠藤一家の住宅はとても立派な二階建ての一軒家で、門から玄関の扉、車庫に至るまで、お金がかけられているであろう事は一目瞭然だった。

 しかも、玄関と車庫の入口には防犯カメラまで設備されており、門柱には大理石の表札。


 どうでもいい情報だけれど、僕の住まいのボロアパートとは雲泥の差である。


 ともあれ、そんな感じで、遠藤一家の住宅の外観の観察も終え、この家の中で凄惨な殺人事件が起きたのだと改めて実感し、すぐにでも踵を返してここから立ち去りたい気分にかられたその時——僕のスマートフォンが振動した。


 こんな風に、どこかで見てるかのようなタイミングで僕に電話をかけてくる人間は、僕の知る限り一人しかいない。


 スマートフォンの画面に表示された名前を確認する。

 やはり、とでも言うべきか……“白夜叶愛”からだった。



「——もしもし」



 通話ボタンを推す前に少し溜息をついたのは秘密である。



『…………』



「叶愛さん?」



『おはようございます、尚弥』



「いや、おはようございますって……もうお昼の十二時回ってますけどね」



『昨夜は激しい夜でしたからね』



「そういう誤解を招くような発言はやめてください」



『それはそれとして——そろそろ着きました? 遠藤家に』



 本当に、この人はどこかで僕を監視でもしているのだろうか? このタイミングも彼女の自慢の推理力から計られているのであれば、末恐ろしいにも程がある。並外れ過ぎである。



「はい、今丁度。これから中に入ろうと思ってますけど……大丈夫なんですよね? これ」



『待って尚弥。その前に、もっと他に訊く事はないんですか?』



「え? 何をですか? 何かありましたっけ?」



『あるでしょう、普通に考えて。他の男の事を考えてないかとか、浮気してないかとか、僕に会いたくないのかとか、今日の予定はどうなってるのかとか、他の男と口をきいていないかとか——』



「ごめんなさい叶愛さんストップ! ちょっとストップ!」



 止めに入らなければどこまで求められるのか分からないので、慌てて叶愛さんの言葉を遮った。と言うか、普通に怖かった。束縛狂いもいい所である。

 百歩譲って、仮に、僕がかなり嫉妬深い男だったとしても、そこまでの事を問い詰めてしまえば最早重症だろう。やり過ぎだ。


『何ですか一体……』と、電話の向こう側で不服そうな声を漏らしている叶愛さんだけど、僕からすれば、こちら側が“何ですか一体”と返したい位である。


 訊くのが普通だろと言わんばかりに並べられた叶愛さんの言葉の羅列は、僕が訊かれる側なら聞くに耐えない質問ばかりである。



「叶愛さん、取り敢えず言いたい事は色々あるんですけど、話が進まなくなるので僕の最初の質問に答えてください。これ、勝手に入って大丈夫なんですよね? 監視カメラとかありますけど」



『そんな事より、いつもナイスなタイミングで尚弥に電話をかける私に“どこかで見てるんですか?! ”みたいなやり取りはないんですか?』



「ありません。質問に答えてください」



 ——っていうか、そんな事よりって叶愛さん……僕はあなたのお願い事とやらでここまで来てるんですよ? 書きかけの原稿まで放り出して。



『訊いてくださいよ、それ位。じゃないと答えません、答えられません、愛情不足で口が動きません』



 いや、十分動いてますよ? 見事な饒舌ですよ? いつも通り絶好調ですよ。

 差し出がましいかもしれないが、教えて差し上げたい。


 それに、別に答えてくれないなら、僕このまま帰っちゃってもいいんですけどね。

 殺人事件があった家だなんて、怖いですし。


 ……まぁ、そんな強行手段は取れないんですけね。

 デレデレモードの叶愛さん相手なら勝手に帰った所で怒られない可能性だってあるけれど、唐突にやってくる毒舌モードの叶愛さんの事を考慮すれば、そんな恐ろしい事は出来ない。そんな事をすれば後でどんな目に合うか……。



「分かりました、分かりましたよ。じゃあ——なんでいつもそうタイミングがいいんです? どっかで見てるんですか?」



 正直に言うと本当に気になっていた事でもあるし、訊けと言われ、訊かないと会話に終わりが見えなさそうだったので、結局訊いた。


 すると、この質問に対し、電話の向こうからは叶愛さんのものとは思えない甘ったるい声音で、即座に返答が返ってきた。用意周到と言わんばかりに。



『そんなの私が尚弥を愛してるからに決まってるじゃないですか』



 思わず赤面……っていうか、それ言いたかっただけでしょ——飛び切り幸せそうな口調で。

 まぁ僕としても悪い気はしない。

 なんなら、何の御褒美かと思うくらい嬉しかったりしている。



 照れながら、一つ咳払い。「で、叶愛さん、話を戻しますけど、これは勝手に——」



 そこまで言った所で通話が切断された。

 要は電話を切られたのである。

 ……結局、僕の質問は華麗に、いつも通りの手際でスルーである。

 溜息も出ない。なんなら予想通り。

 仕方ない……、僕は諦めて携帯をポケットにいれると遠藤家の門を通り、玄関に近付き、ドアノブに手をかけた。


 僕も男だ。覚悟を決めようじゃないか。

 どの道、ここまで来た以上、踏み込む以外に道がないのも確かだ。

 万が一警察に捕まっても、その時は叶愛さんがなんとかしてくれるに違いない。

 思考をそんな安易な考えに切り替えながら、僕はドアノブをガチャっと鳴らしながら、遠藤家の扉を開いたのだった。


 扉の鍵が開けっ放しになっている事に疑問など感じずに——。

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