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約束の記憶  作者: 花鳥 秋
13/22

記憶無き依頼人

 



「あ、もう一つあるんです。と言うよりこっちが本命です。現場に行って凶器を見つけてきて欲しいんです」



「あぁ凶器を……って、はぁ?! ちょっと待ってください! 叶愛さん、僕に凶器を見つけろってそれ本気で言ってますか? 見つけられる訳ないじゃないですか! そんなの!」



 分かってはいたけれど、反対するだけ無駄である。叶愛さんは僕の声などまるで聞こえいない様子で淡々と話を続ける。問答無用。



「もし分かったら連絡ください。多分尚弥ならすぐ見つかると思いますので、私はその間にサクサクッと密室の謎を解いておきます」



「あの叶愛さん? 僕の話聞いてます?」



「あ、それと、もし時間があまって暇が出来たら残り三名の容疑者の話も聞いておくといいですよ」



「え、容疑者まだ三名居たんですか?!」



「はい」



 当然でしょう! とでも言いたげな返事が返ってくる。

 もうこれは無視しておく。ページがアレな感じなので。



「分かりました、時間が余るなんて事はないと思いますけど話は聞いてきます。それを叶愛さんに伝えればいいですか?」



「はい?」



 何言ってるんですか? とでも言いたそうな顔で彼女は小首を傾げた。

 僕としては彼女が小首を傾げた理由に僕が首を傾げたい位だけれど。


 叶愛さんは僕の言った言葉の意味を数秒の間を開けてから理解したようで「あっ……」と小さく声に出してから一つ咳払い。


「その必要はありません」背筋を伸ばし、少し腰を浮かせて一度座り直しながら、毅然とした態度を装って答えてくれる叶愛さん。



「私は既に警察に連絡を取り、容疑者全員への聞き込みの内容を教えて貰ってますから」



「それ僕に言っちゃっていいんですか、結構警察内でのルールを破った行為をしちゃってますよね? 叶愛さんにそれ教えてくれた人」



 ——っていうか、警察内部での地位をかなり危険に晒す行為だと思いますけれど。危ぶめてると思うんですけれど。どうなんでしょうか?


 これに関してもしつこく、何度も言うようだけど叶愛さんが……、白夜叶愛というその人が、およそあり得ない美貌を持った殺人級の美女であれ、誰にも解決出来ない事件を解決に導ける名探偵であれ、結局の所は民間人なのだ。推理小説の中の探偵じゃあるまいし、警察が得た情報をその民間人に横流ししてもいいケースなど存在していい訳もなく、勿論、叶愛さんだって例外ではない。ない筈なのだ。


 ——そもそも世の中そんな推理小説みたいな展開がポンポンと、ポンポンと生まれてもらっては困るというものだ。

 凶器喪失? 密室殺人? 記憶喪失? 一家殺害? 何だよそれ! 僕だって一般市民だ善意溢れる民間人だ! ましてや刑事でもなければ探偵でもないんだ! それを当たり前に存在する四字熟語のようにそんな言葉を並べられながら、何も言わずに頷いてる僕をもう少し褒めて欲しい。

 それなのに恋人から浴びせられるのは罵詈雑言ならぬ饒舌多弁な毒舌ばかり!

 おまけに話はいつも脱線し、閑話休題と言ったそばからまた脱線、紆余曲折も程々にして欲しいものである。そりゃ僕も人の事を言えた口ではないが、容姿端麗ならその頭脳明晰さに甘んじて何を言っても許される訳じゃないのだ、博学多才なのは結構な事だがまずは普通の一般常識から身につけるべきではないかと苦言を呈したい所である。

 最初にも言ったが、僕は彼女の毒舌語録を語りたい訳ではないのだから。

 なのにどうして僕の恋人からはこんなにも常軌を逸した言葉と行動しか出てこないのか、少しだけ嘆息する。心の奥側で。


 ——さて、少し脱線気味に心の中でついでとばかりに不満をぶち撒けた所で、話を戻そう。


 案の定、叶愛さんは僕の返した言葉に、僕の抱いた疑問に分かり切っていた答を返してきた。



「大丈夫でしょう。私にはそういうの、関係ありませんから。それに、情報提供するだけで早期の事件解決となるのですから警察としても万々歳ものでしょう」



「はぁ。そんなものですか?」



「そんなものですよ」



 さも当たり前かのように返さないでください。

 ギリギリでその言葉を飲み込む。

 僕の思った事一つ一つを彼女に向かって口に出せば、その時こそ誰にも解決の出来ない殺人事件が起こりそうなので(勿論被害者になるのは僕の方だ)、彼女と付き合っていこうものなら我慢と忍耐が大事である。

 舌をちょん切られたくなければ。



「それでも今回の事件は流石に時間がかかりそうですよね。密室殺人、凶器喪失、まるで推理小説です。とりあえず僕に出来る事は全力でやってみます——」僕は席から立ち上がる。そろそろいい加減に彼女を病院に返さないと、未だに見回りの看護師が彼女の行方不明に気付いていないのが不思議な位なのだから。



「ちょっと待ってください」



 止められた。えぇ、目の前で立ち上がろうとしない叶愛さんにです。



「なんです? 叶愛さん、そろそろ病院にも戻らないと」



「えぇ、戻ります。戻りますけど一つだけ訂正させてください。時間がかかりそう、と今し方尚弥は言いましたけれど、この事件、犯人だけなら既に私には分かっています」



「えぇ?! もう分かっちゃってるんですか? え、誰です? それ」



「今はまだ言えませんね、病院にも帰らないといけないので」



 ニコッと笑ってから、立ち上がる叶愛さん。


 どうやら——と言うかは、やはりと言うべきなのだが、僕はここでこの小節の冒頭で述べた事に関し、前言撤回しなければならないようだ。

 彼女、白夜叶愛は、やはり推理小説やドラマに出てくる名探偵とそう変わらないのかも知れない。なり得るのかもしれない、そういう名探偵に。


 勿論、彼女の言葉が本当ならば、だけれど。

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