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約束の記憶  作者: 花鳥 秋
10/22

記憶なき依頼人

 


「——何をそんなに感情的になっているのか知りませんが、少し落ち着いてください。子どもによる一家殺害事件だなんて今の時代じゃ珍しくもないでしょう? 週に三回はニュースで見る時代です」



 いやいや……どんな時代ですか、それ。

 そんな事件が週三回の頻度で起こっていれば、日本はとんだ犯罪国家である。少子化どころの問題じゃあるまい。

 ——なんて呑気にツッコミを入れている場合でもない。


 いきなり家族全員を殺され、生き残ったかと思えば、今度は家族殺害の容疑者として追われるだなんて、まだ18歳のその女子高生の身になってみれば、同情しない訳にはいかないだろう。

 僕としても、感情的にもなるというものだ。


 これからこの事件に関係するであろう、叶愛さんの仕事を手伝う身となった僕としては、そんな感情移入が、もっともやってはいけないという事は重々承知の上ではあるのだ。

 そんな公私混同などはあってはいけない。殺人事件の捜査ともなれば尚更だ。



「——まぁ、でもやっぱり、尚弥は探偵にも、刑事にも向いてませんね」



 ずっと沈黙してツッコミを返さない僕を、じっと見つめながら叶愛さんが言う。

 僕の考えていた事をまたもや悟ったのだろうか。ここまで来ると最早、テレパシーと言っていいレベルだが。


 何はともあれ、自分で思っているそばから人に言われていては僕も救いようがない……、いや、そもそもこんな事を言いだせば最早キリがないけれど、僕の職業は小説家であり、探偵でも刑事でもないのだ。向いてなくて結構、なんなら、向いてなくて良かったと言いたい位である。


 決して、今の職業である“小説家”が僕に向いていた職業とも言い難いけれど、少なからず、僕は僕自身が作家である事に誇りを持っているのだから。


 と、今はそんな事はどうでもいい。

 僕は僕で、叶愛さんに負けず劣らず、話を脱線させてしまう癖があるらしい。猛省する。


 探偵や刑事に向いてない、と僕に言った後、叶愛さんは叶愛さんで関係ない事を二言三言、何か言ってた見たいだけれど、そこは僕も思考中だった為に聞き逃した。


 なので「そんな事はどうでもいいんですが——」と叶愛さんが話を区切った所で僕は頭に疑問符を浮かべざるを得なかった。

 そんな事も何も、聞いていなかったのだから。無論、続く叶愛さんの話にはちゃんと耳を傾けた。



「話を戻しますが、今回の依頼人である女子高生、実は殺人現場に居合わせたらしく、発見された時は殺害された家族達の横で気を失ってたそうなんです」



「それは……変ですね」



 流石の僕でも気付いたが、それは変である。

 他の全員が殺されている空間で、“少女一人が気を失っていただけ”というのは状況がおかし過ぎる。



「しかも、部屋は密室で少女に目立った外傷は無し。故に、警察は彼女を疑っているんですが……」



「その少女は容疑を否認している……ですね? それで叶愛さんに自分の無実を証明して欲しい、と。そういう事ですか?」



「簡単に言うとそうですが、もう一つ理由があります」



「理由?」



「彼女には彼女自身の無実を証明する手立てがないんです。だから、弁護士を呼ぶ事も警察の任意にも応じず、探偵に頼るなどという、幾分荒い選択ではありますが、そういう行動にでたんです」



「そこがよく分からないんですよ、叶愛さん。親が既に亡くなってる事は理解しました、でも、現場にいたと言うなら尚更、自分は犯人じゃないと言う事を主張出来るんじゃないですか? 事件が起きた時の様子だったり、もし見ていればですけれど、犯人の特徴だったりとか」



 はぁ……、と、ここにきて今日一番の大きな溜息を吐き出す叶愛さん。



「尚弥……、差し出がましいようですが、私の入院している病院の中で頭の中を一度検査してもらってはどうですか? 固まった焼きそばどころか、何も詰まっていない可能性すらありますので恋人として、いいえ、人として本当に心配せざるを得ないレベルに到達してるのだけれど。ここまでの話の流れで未だにそんな同じよう言葉しか繰り返せないようならば、えぇ尚弥、これは勿論最愛で大好きで大好きでたまらなくて今にも窒息しそうなくらいに愛おしく思ってるあなたの為に言うのだけれど、一度、前世に還って酢昆布から人生やり直した方がいいんじゃないかしら? 今のままだと流石の私も“よくそんな思考回路で小説が書けますね”と罵倒を吐く他に言葉が見つからないわ」



 いやぁ……びっくりした。うん、もう、いきなりすぎて。

 いきなりこの毒舌の豪雨に身を打たれた僕としては、途中で既に目が点である。

 なんなら周りの客の視線すら釘付けにし、ファーストフード店全体が一瞬静まり返った位である。


 ツッコミたい所はもう多分にあるのだが、あり過ぎてどこからツッコミを入れていいのかわからない。

 取り敢えず、叶愛さんの敬語とタメ口の境界線がよく分からない事と、僕の事が本当に好きなんだろうか? と、言う疑問に関しては、僕の小説を手にしてくれている皆さんとは共有出来る感情だと思っている。


 もし、この疑問を口にしてくれる方が僕の目の前にいてくれたならば、気の合う友達になれそうだと真っ先に固い握手をする事だろう。


 後、僕は例え前世に還れても、酢昆布になる気は毛頭ない。



「って言うか叶愛さん、他に言葉が見つからないって言う前にもう十分に他の言葉言っちゃってますけど……」



 結局僕が口に出して返せた言葉はこれだけだった。

 叶愛さんはと言えば、例のごとく目をまん丸に見開いて、きょとん顔でキメている。

 キメ顔にしては惚け過ぎだが。

 まぁそれも数秒の事で、すぐに元の顔に戻るなり、何事もなかったかのように元の話に戻る。

 毒舌のマシンガンを全身に浴び、心が、血塗れの兵士のようになってる僕に対して、飄々と言ったのだ。



「今回の依頼人には記憶がないんですよ」



 そう、“しない”のではなく“出来ない”。

 不可能だと言われても納得の出来る答だった。

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