お前の部屋、貸してくれ!2
日は流れ、中村との約束の日が来た。
昼前に中村が健介の部屋を訪れた。部屋の鍵を渡すためと、いくつかの確認事項、というより注意事項を話すためだ。
「相変わらずきれいに片付いてるねえ。ひょっとしてきれい好き?」
「わざわざ掃除してやったんだよ。一応人に貸すわけだしな」
「おお、俺のためにありがとう」
中村は部屋に入るなりぐるりと部屋の中を見渡し、満足気に頷く。いったい何様なのだろうか。
掃除をしたのは確かだが、そんなに大掛かりにやったわけでもない。普段から細目にやっておけばいざという時に手間がかからないだけのことだ。これを世間ではきれい好きというのだろう。
健介は二階建てアパートの二階の一室、二〇三号室に住んでいる。部屋は1K6畳、そこにテレビにベッド、小さめの本棚などいかにも大学生らしい居住環境が構築されている。部屋の中央には小さめの四角い黒色のテーブルがある。
健介がそのテーブルの側に腰を落ち着けると、中村もテーブルを挟んだ向かい側に座った。
「ここまできて今更というか、俺が言うのもあれなんだけど本当に良かったの?」
「なにが?」
「もちろん部屋を貸してもらうこと」
本当に今更だ。
ここで突然俺がやっぱり駄目だと言ったらこの男はどうするのだ。いや、想像はできる。きっとこちらが折れるまで子どものように駄々をこね、泣きつくのだろう。この男にはプライドがあるのかないのかいまいち釈然としない。
以前にも中村は金が無い時期があったのだが、その時は別の友人に金を借りたのだ。その額驚くことなかれ、たったの千円である。ただでくれる人は無くとも正直大した額ではない。ご飯代が足りないとかなんとか言って借りたそうだ。金を貸した当人は別に返さなくてもいいと言ったそうだが、その四か月後に返ってきた。曰く、「借りたものは必ず返すのが俺の信条なのよ」とのこと。律儀というか難儀というか、もっと早く返せばいいものを。貸した当人もすっかり忘れていた頃に返すあたり実に中村らしい。
そこで健介は一抹の不安を感じた。さすがに部屋はすぐ返すよな?
「一応は信用しているからな。ただし、期限は明日の午前中までだ。いいな? 明日までだぞ!?」
「あ、ああ。大丈夫だって! ちゃんと返すから。どしたの、急に?」
「いや、何でもない……。あ、あと家電とかは使っていいけど部屋の物はあんまりいじるなよ」
「もっちろん! 大丈夫、気をつけるから」
満面の笑顔で右手の親指を突き上げる中村から不安を拭いきれない健介だったが、こればかりは中村の常識力と良心に任せるしかない。
鍵を返す際は、中村たちが出掛けるときにアパートの前で偶然を装って落ち合い、隙を見て渡す手筈になった。
部屋を出ると、健介は中村に鍵を渡した。
「それじゃあ、あとは二人でせいぜい楽しめよ」
「あいよ! ホントサンキュー!」
中村は鍵を受け取ると手を振りながら駅の方に向って走っていった。
しかし、最後のあの緩みきった顔は一体なんなのだろうか。最早殴られずにはいられないようなだらしない顔つきだった。だが、それだけ彼女に会いたかったという気持ちの表れなのかもしれないので大目に見よう。
時刻は一一時二○分。健介は今日のたった一件の予定を終えてしまったが、その予定のせいで家に帰ることもできないので素直に部室へと向かうことにした。
いざ部室に到着しても、誰もいなかった。土曜日に講義が入っている部員は少なく、活動もないためこの曜日は普段から部室に誰かがいることは少ないのだ。健介は部室に入ると壁に立てかけてあるパイプ椅子を広げそこに座り、途中コンビニで買った昼ご飯のおにぎりを食べ始めた。片手におにぎり、もう一方の手でケータイをいじる姿は行儀が悪いが、別に誰が見ているわけでもなしと気にせずにいた。
小さな鈍い音がして健介は目を覚ました。
どうやらいつの間にか眠ってしまっていたようだ。床を見るとケータイが落ちていた。先ほどの鈍い音はこれが手元から落ちた音だったようだ。電源ボタンを押して壊れていないか確認する。一応正常に画面が点いたので胸をなでおろし、画面から時間を確認した。時刻は一四時三六分。椅子に座ったまま二時間以上寝ていたようだ。健介はまだぼんやりとする頭を起こすために手足を思い切り伸ばした。
すると入口の方からガチャリと扉を開ける音がした。
「よお、昼寝でもしてたの?」
「うっす。気がついたら寝落ちしてましたよ」
入ってきたのは健介の一つ上の学年の先輩、園田ゆかりだった。