お前の部屋、貸してくれ!
初めての作品です。拙いところが多々あるとは思いますが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
この作品は平凡な大学生の周りで起きる珍事件(?)を取り扱っているので、特にシリアスだったり残酷な描写は出てきません。ゆる~くまったりで進んでいきます。
「たのむ! 一日お前の部屋を貸してほしい!」
事の始まりは、ある昼下がりの食堂での友人の一言からだった。
おそらく多くの人はいきなりこんなことを友人に言われたら思わず聞き返すことだろう。
近藤健介もその例に漏れず、友人である中村雄太の言葉を聞き返した。
「え? 部屋が、なんだって?」
「だから来週お前の部屋を一日貸してほしいんだ」
健介は思わず溜息を吐いた。
以前より中村はたまに突拍子もないことを言うやつではあったが、いきなり部屋を貸せとは一体どういう了見なんだ。
とりあえず理由を聞かないことには始まらないと思い、健介は続きを話すよう目配せした。
「今、遠距離恋愛中の彼女がいるってのは前に話しただろ?」
「ええ、ええ、それは知っているとも」
「えっと、それで来週の土曜日にこっちに遊びに来ることになってね……?」
所々言葉を詰まらせながら話す中村に徐々に苛立ちを募らせた健介は、中村の言葉を遮って言った。
「だから、それがどうして俺の部屋を貸せって話になるんだ」
「……一緒に泊まるところがないんです」
ではお前は今現在どこに住んでいるのだと声を大にして叫びたい衝動を抑えながら、健介は極めて冷静に問いただした。
中村の話をまとめると、中村は本当は実家暮らしだがどうやら彼女には一人暮らしをしていると嘘をついているようで、彼女は中村の家に遊びに行くことを楽しみにしている。なぜ中村がそんなくだらない嘘をついたのかは分からないが、自立していると見栄でも張りたかったのだろうか。
実家は三世代同居という大家族でとてもだが落ち着ける場所ではない。これは以前にも聞いたことがあるから健介も納得だった。かといって貧乏大学生の中村はどこかに泊まる金もないとのことだ。
そこでふと健介は疑問に思った。確かに世間の大半の一人暮らしをしている大学生の暮らしぶりは決して裕福と言えるものではないだろう。だが彼女とのデート代くらいは捻出できるのではないか。
「おい、お前なんでそんなに金がないんだ。いくらなんでも一泊二日で遊びに行くくらいできるだろう。場所を絞りさえすればな」
「確かにね。でもそうするとしばらく俺は塩水で生活しなけりゃならんのよ」
ペロっと舌を出して自分の頭をこつんと手で軽く叩く中村に対して、健介は無意識に彼の太腿にローキックを繰り出していた。
お前の生活など知ったことではない。漢を見せろ。
よくよく考えてみたら、この中村雄太という男はやたらと交友関係が広く、毎週のように飲み会に参加ないし開催している。大方今回もそんなところではないだろうか。
大学に入学した当初に行われた学科のオリエンテーションで知り合ってからというもの、一緒につるんでいる内にこの男について分かったことがある。
この男は金に無頓着なのだ。何も知らない他人から見れば浪費家に映るかもしれないが、少しでもこの男の近くで過ごしたことのある者ならそのイメージは変わっていく。
使った分は何かしらによって自身に還元される。そういう使い方をするのだ。そこは素直に感心する。実際、過去にそれが役立ったこともある。
けれど現状はクズ以外の何者でもないのだが。
「なあ、頼むよケンちゃん。それなりのお礼はするから」
そう言うと、中村はズボンの後ろポケットから財布を取り出すとお札を二枚抜き取り、「どうぞお納めくださいお代官様」などとわざとらしく言いながら健介の前に差し出した。
健介が差し出されたお札を覗くと、1000の数字が二つ見えた。なるほど、金に困っている学生の出せる宿泊料がこれなのかなどと納得していると、健介の顔色を窺う中村と目が合った。
先払いしようとするあたりこの男なりの誠意の表れなのかもしれない。
もっとこの男がどうしようもないくらいの駄目人間ならこちらもすんなりと断れたものを、捨てられた子犬のような瞳で見つめられるとどうにも居心地が悪い。
健介は仕方なしとばかりに溜息を吐いた。
「一日って言ったけど、具体的にはどのくらいだ」
その言葉を待っていましたと言わんばかりに中村の顔は綻び、前に乗り出し気味に話し始めた。
「サンキュー、ケンちゃん! やっぱり持つべきは話の分かる男、近藤健介だよねえ」
「おい、まだ貸すとは一言も言ってないぞ」
「ああ、ごめんごめん。えーと、時間は昼過ぎから次の日の朝まで。次の日は二人で出かける予定なんだ」
「一日目は昼からずっと家にいるつもりか。久しぶりに会うなら最初から出かけろよ」
「いやいや、それができたらこんなお願いしないから」
あははと笑いながら右手を左右に振る中村に対してまたしても苛立ちを覚えた健介だが、彼の言うことも最もである。そんなことができる費用が無いから今に至るのだ。
しかしそうなると自分はどこで一日過ごせばいいのか。昼間は大学に居ればいいが夜はどうしよう。健介が黙り込むと、中村がポツリと言った。
「部室は?」
健介が中村の顔をまじまじと見つめると、彼はにこやかに再度告げた。
「だから部室は? ケンちゃんのとこの、ええと、何て言ったっけ?」
「放送研究会」
「ああ、それそれ。その放送研の部室に泊まるのはどう? マンガ喫茶やネットカフェに泊まったら折角のお礼が意味ないしさ」
確かに中村の言う通りだ。折角金をもらってもプラマイゼロ、あるいはほんの少しのプラスでは意味がない。むしろ疲れる分、健介にとってマイナスになりかねない。
その点、健介の所属している部活の部室であれば金をとられることはない。疲れることに変わりはないが、それでも金を取られない分はるかにましだ。
しかしそんな部室にも唯一の欠点があった。
「うちの大学、泊まり込み禁止だぞ」
何を隠そう健介たちの通う大学は部活はもちろん、ゼミ、研究室など全ての団体の泊まり込みを禁止している。数年前にどこかの団体がトラブルを起こしたとのことだが、詳しくは健介も知らない。ただ、それ以来いかなる理由があろうとも原則として学生の泊まり込みを禁止しているのだ。
「ケンちゃんってば今更なにをマジメぶっちゃってるの? そんなの気にするタマでもないでしょ」
「それはそうだけど……」
「それにどうせ他の人達も隠れてやってるんでしょ。へーきへーき」
なんだか危ない薬の話みたいだななどと薄ら思った健介だが、実際これ以外の案となると他の友人宅に泊めてもらうくらいしか思いつかず、それはそれで申し訳ない気がした。
変な所で生真面目さや遠慮がちな側面が出てしまうために、貧乏くじを引かされることにいまだ健介は気づかない。
「しょうがない。それでいくか」
「ありがとう、ケンちゃん! ホントまじ、ありがとう!!」
満面の笑みを浮かべながら、中村は健介に二枚の千円札を差し出した。
健介はその二枚の千円札を受け取ると同時にまた溜息を吐いた。少々面倒なことになったが、臨時収入を得られたのは健介にとっても満更ではなかった。
「おい雄太。一応今回だけだか――――」
顔を中村の方に向けるとそこに彼の姿はなく、辺りを見回すと食堂の出口を出る後姿が目に入った。
疾きこと中村の如く。