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4話 目玉焼き

作品情報

 この物語のヒロインは河童少女です。

 この店をオープンしてからもう半年が経つ。オープン初日は来客数一人と最悪の出だしだったが(その一人は最高の一人でした!)、今となっては随分と客が増えた。俺とレインの二人だけで回せるかどうか不安もあったが、出す料理が単調な(きゅうりに至っては、味噌を添えるだけ)ものばかりなので、意外にもなんとかなっている。


 しかし俺の作る料理があまりにも単純なものばかりなので、最近他店にどんどん真似をされているのが現状だ。生き残るためには、定期的に新メニューを提供しなければならない。


「というわけで、これを明日から新メニューに加える!」


「おー」


 俺がレインの前で宣言すると、パチパチと拍手をくれた。


「わしはきゅうりさえあればええのになぁ」


「世の中みんな河童なら、どんなに楽か」


 あの後、レインを雇った後で気づいたが、こいつ相当なきゅうりバカだ。きゅうりが全てにおいて優先順位一位を占めるのだ。きゅうりって確かほとんど水分だよな、そればっか食ってなんでピンピンしてるんだろう?


 一度、あまりにもきゅりばっか食うもんだから、きゅうり禁止令をだしたことがある。俺としてはもっとまともな食事をとって欲しかったのだが、潤んだ目で「わしがきゅうり無しじゃ生きれない身体にしたのはオサムなんじゃけぇ」なんて言うもんだから、余程「じゃあ俺のきゅうりを頬張りな(ボロンッ)」としてやろうかと思ったが、体内の理性を総動員して我慢した。えらい、俺。


「おーい、オサム。なにぼぅっとしとるんじゃ?」


 気づいたら、レインの大きな目で見つめられていた。


「おっといけない! そうだ、明日から出す新メニューはこの『目玉焼き』だ!」


 そう、俺が対模倣料理店虐殺兵器として投入するのは、この目玉焼きだ。ヒャッハー! 殺戮ディナーショーの始まりだー!


 目玉焼きというと、料理初心者の入門料理としてのイメージが強いが、実際に上手く作ろうとすると非常に難しい。まず黄身を割らずに卵を割れるようになるまでに一ヶ月以上かかった。だってしょうがないだろ! 俺なんだから!


 店にはすでにゆで卵や炒り卵があるが、それはゆで卵は茹でるだけでできるし、炒り卵は割るのを失敗した卵を再利用しようと思って始めたものだ。元の世界では小学生だってできる料理だが、茹でたり炒めたりする文化がないこの世界ではバカうけだった。この世界では卵も例に漏れず、生食が当たり前だ。しかし生卵はドロドロしていて、衛生的にも不安があるからと、非常に好き嫌いが分かれる。


「ふーん、食べてもええ?」


「いいよ。ぜひ感想を聞かせてくれ」


「わーい」


 卵を割るのに一ヶ月半、ちゃんと焼けるまでにこれまた一ヶ月半。目玉焼きはいままでのどの料理以上に手間がかかっている。正直これほどまでに難解な料理とは思わなかった。あんなに簡単に作っていたカーチャンがすごい。


 小さい口を大きく開けて、レインが目玉焼きを食べている。そういえばレインと暮らし始めてからもう半年も経つのか。レインは妖怪族の河童の集落から単身旅を続けていたらしく、住むところもないからと、俺の家で一緒に暮らしている。そうなってくると俺は毎日ピンクなドリームをオーバードライブしているのだが、その兆候が全くないとはどういうことだろうか。たしかこいつ、俺のことが好きとか、結婚したいとか言ってなかったっけ? あれ、俺の勘違い?いやいやまさかね……。


「ごちそうさま」


 俺が将来について考えを巡らせていると、レインが食べ終わったようだ。


「おっ、どうだった? うまいか?」


「うん、美味しかったよ」


「……他には?」


「うーん、ゆで卵や炒り卵と違って、パリパリしとる部分が良かった。黄身が半熟なのもちょっと良かった。でもやっぱりもろきゅうの衝撃に」


「あーわかった。なるほど参考になったよ」


 だめだこいつあてにならねぇ。もっと味のわかる奴に聞くしかないみたいだな……。




「これはすばらしい! なぁ君?」


「はい先生! 鶏卵をこのように料理するとは、さすがカワハラさんは天才ですね!」


「いえいえそんなこと」


 そんなことあるぜ! 俺は食材通のキングさんとその取り巻きの男を呼び出して、目玉焼きの試食をしてもらった。あのコンソメスープ以来、キングさんはうちの店を贔屓にしてくれて、ここまで店が繁盛している要因の一つが、彼の宣伝によるものでもある。


「これを明日からうちで出そうと思うんですよ」


「なるほど! 『オサム・カワハラ』の新メニューをいち早く味わえるとはなんたる幸せ! なぁ君?」


「はい先生!」


「ありがとうございます。キングさんにはぜひ、この目玉焼きの宣伝をお願いしたいのですが」


「それはもちろん構わんよ。しかしな、ひとつ気になることがあってな」


 そう前置きし、キングさんは口を開いた。


「カワハラさんも知っての通り、最近王都にはこの店を真似した『料理店』が増えつつある。こういってはなんだが、焼き芋も、スープも、ゆで卵も、確かに始めて食べた時は衝撃を受けたが、これらは誰にでも真似できる料理だ。この目玉焼きも卵を崩さずに割って、鉄板の上で焼くという職人芸のような技で作っているが、味自体は普通の鶏卵。なんというか……」


「なんというか?」


「最初の頃のようなインパクトが薄まってきたような気がするのだ」




 その日の夜、俺は自室で思い悩んでいた。俺だって薄々感じてはいた。もともと料理知識などほとんどなく、食べる専門だった俺が作れる料理などたかが知れているってことに。今まで店で出していた料理もただ焼くだけとか、煮るだけとか、この世界にない料理法だったから誤魔化せていただけで、やってることは大したことじゃない。それこそ、タネがばれてしまえばだれにだってできることだ。


 そして致命的なことにこの世界に来てから、小麦や米を見たことがない。つまりパンも、シチューも、トンカツも、ドリアも、丼も……作れないのだ。今まで料理など意識して食べたことがなかったから、市場に並んでいる食材でどんな料理が作れるのか、俺にはさっぱりわからないのだ。


「くそっ、せっかくここまで上手くいっているのに!」


 ネタ切れ、深刻な弾切れ。こればっかりはどうしようもなかった。常に新しい弾を撃ち続けなければいけないことはわかっているが、その弾がもう残っていなかった。


「オサム?」


「何だよ?」


 俺の部屋の扉を開けて、レインが入ってきた。レインも俺が考え込んでいることがわかっていたのだろう。レインは、ベッドに腰掛けている俺の隣に座った。


「オサム、朝からどうしたんじゃ? わしが目玉焼きよりきゅうりが美味しいって言ったこと怒っとんか?」


「ちげーよ、きゅうりバカ」


「……実はわし分かっとるんじゃ、新メニューのことで悩んどんじゃろ? わしにいい考えがある。きゅうり専門店にすればきっと世界中の河童が集まるで?」


「……は?」


「じゃけん、あれこれメニューを増やすけん困るんじゃ。何か一本に絞って、そう、きゅうり一本に絞ってやればきっと……」


 こいつ何言ってやがる? きゅうり専門店? なんでこいつこんなにきゅうりのことしか考えてないの!? 俺があれこれ考えてるっつーのに、なんでこいつきゅうりからブレないの!?


 俺は最初怒鳴って、レインを部屋から追い出そうと思った。しかし身振り手振りを交えて、必死にきゅうりビジネスを俺に勧めてくるその姿に、俺は自分がウジウジ悩んでいるのが馬鹿らしく思えて、つい吹き出してしまった。


 するとレインはそんな俺を見つめて、ニヤニヤと笑っていた。


「オサム、元気出たか?」


 ……なんだこいつ、きゅうりバカのくせに、いっちょまえに俺を元気付けようとしてたのか。


「ああ……ありがとな」


 あのニヤニヤ笑いはムカついたが、一応礼は言っておいた。俺は紳士だからな。


「ええんじゃ、まぁ、惚れた男のためじゃけぇの」


 レインは照れくさそうにそう言った。は? おい、ちょっと待て。今さらっと何つったこいつ?

「ええ!? お前俺のこと好きだったの? い、いつからよ!?」


「そりゃあ初めて会ったときからじゃ」


 当然だろう、と言わんばかりだ。


「マジで!? なんで言ってくれなかったの? そのせいで今日まで俺はモンモンとしていたっていうのに!」


「好きでもない奴に『あんたの為に働く』なんて言えんじゃろう……」


 そう言って、顔を赤くしてうつむくレイン。


 え? あれがレインなりの愛の告白だったってこと? じゃあ俺があの申し出を受け入れた時点で俺たちは何か特別な関係になってたの? うーん、河童の文化はよくわからん。

 

「はぁー、まぁ、そうなのか、じゃあ、これからもよろしくな」


「おう、二人で最高のきゅうり専門店を作ろうな!」


 いや、きゅうり専門店は作らないけどね。

次回『俺のきゅうりが大根でとろろ芋』

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