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3話 きゅうり

異世界情報

 この世界に存在する飯屋は、一般的に生の果物や野菜などを販売し、店内の飲食スペースで食べることができる店である。

 肉や魚は生で食べるか、干物にするかが常識である。決して火は通さない。なぜか? そういう世界だからだ。


 俺は日本において、全く料理をしない男だった。大学生までは実家で暮らし、就職した会社は社食がとても充実しており、また家と会社の周囲にも不思議と飲食店が多かったから、自炊する必要が全くなかったのだ。


 しかしこの世界にやってきて、冒険者として活躍できるチートもなければ、国の政治を動かすほどの権力や知識も持っていない俺は、唯一持っていると言っても過言でない料理知識を使って生きていくしかなかった。


 長い下積み生活を終え、金を十分にためた俺は、今日ついに自分の店をオープンする。メニューは全てこの世界に存在しない、革新的な「料理」たちだ。さあ、俺の異世界料理店はこれからだ!


 ……最終回じゃないよ、もうちょっとだけ続くんだ。




「この辺りは来たことないのぉ……」


 わしの名前はレインコート。河童じゃ。冒険者をやっとる。人間族と妖怪族はかつては戦争(妖怪大戦争)をしとったけど、終戦してからは友好的な関係を築いとる。こうして人間族の大都市、王都を一人で歩いとっても、周囲からはチラチラ見られるけど、喧嘩をふっかけられたりはせんのじゃ。


 わしは現在旅をしとる。いろんな国を回っとるけど、その目的は特にない。ただ一生を河童の池の中で過ごすことが退屈に思えたから、いきなり森を飛び出したんじゃ。


 今までいくつかの国を見てきた。魔族、精霊族、獣族、天使族、悪魔族……と続いて今は人間族じゃ。どの国も素晴らしいといえばそうなんじゃけぇど、なんというかのぅ、ピンとくるものがなかったんじゃ。ただ観光をしただけのような、そんな気分でその国を後にしてきたんじゃ。


 わしはなんで旅を続けるんじゃろか、その理由を求めて旅をしとるな気がする。……なーに言っとるんじゃすどりゃ、恥ずかしい! ああ、もう、ただの家出じゃ。そうじゃ、そんな大したことじゃない。


「さて、どこかで飯にしたいんじゃが……」


 わしは朝から、魔物の討伐クエストを冒険者ギルドでこなしてきたばかりじゃ。腹がぼっけぇ空いとる。観光目的でギルドから離れた地域まで来たはいいんじゃが……飯屋の姿が見当たらん。

「まいったな……ん、あれは?」


 わしは路地裏に一軒の店を発見した。河童は目がよく、遠いものでもよく見える、確かにそこには「料理店(飯屋) 本日開店!」との看板が立っていた。


「今日オープンしたばっかにしては、なんか空いとるみたいじゃのぅ……」


 まぁ、あんな目立たんとこにあったら仕方ないじゃろう。わしはその店へ入ることに決めた。



「いらっしゃいませー、お好きな席へどうぞー」


 店内には客は一人もおらんかった。わしは言われた通り好きな席へ座った。


「いらっしゃいませー」


 店員が水の入ったコップを持ってきた。


「すまんの、ちょうど水が欲しかったんじゃ」


 わしはそれを受け取ると、頭からかけた。フゥー、頭の皿の水が不足しとったんじゃ。生き返る心地じゃのぅ。


 ふと店員を見ると、何やら信じられないものを見たかのような顔をしとった。それもそうじゃの、突然頭から水をかぶるやつなど、人間にはおらんみたいじゃし、ちょっと説明したるか。


「あのな、わし達河童は頭に皿があって……」


「あ、いえいえ、知っています。ただ実際に見るのは初めてで」


 なんと、遥か離れた人間の国に河童を知っとる人がおるとは! 最近友好が深まったというのは、どうやら確かなようじゃの。


「河童を知っとるのか、嬉しいのう! 今まで行った国ではほとんど知らんかったぞ!」


「ええ、私はそのあたりちょっと詳しいので……ところでご注文は?」


「そうじゃの……この店は今日オープンしたばかりなんじゃろ? じゃああんた一番のオススメを持ってきてくれ!」


「私のオススメですか……」


 わしは注文を店員に丸投げした。初めて行った国の店で、その土地のものを食べる。それがわしのこだわりじゃ。そのためには、店員に聞くのが一番いいじゃろうと思っとる。


「分かりました。少々お待ちください」


 そう言って、店員はすぐに店の奥へ引っ込んでいった。そして何かが乗った皿を持ってすぐに戻ってきた。


「お待たせしました。こちら、きゅうりでございます」




 それはわしにとって初めての野菜じゃった。色は深い真緑、形は棒状で長細い、表面はトゲやイボのようなものでチクチクとした感触じゃ。匂いはわずかに青臭い。……卑猥じゃ、なんて卑猥な野菜なんじゃ! このような公然猥褻物陳列野菜があってええのか! 


「なあ、これホンマ……食べもんか?」


「はい、知りませんか? きゅうりです」


「いや、知らんのぅ」


「そうですか、私の聞いた話だと、河童の方はきゅうりが大好物とか」


 きゅうりが大好物!? もんげー! それじゃまるで河童が淫乱種族みたいじゃないか!


「おどりゃ、どの口がゆうとんじゃ!」


「えっ……当然、上の口です」


「口は上にしかないじゃろ!?」


「お客様、何を勘違いされているのかはわかりませんが、このきゅうりはれっきとした食べ物ですし、私が自信を持って提供出来る『料理』です」


 うーむ、まぁそうじゃの、飯屋で飯以外のものを出すわけがない。郷に入らばなんとやら、ここはこの男を信用するしかないの。しかしさっきから気になっとったんじゃが、料理とはなんじゃ? 飯とは違うんか?


「まずはそのままお召し上がりください。次に付け合せのソース、味噌と言いますが、それをつけてお召し上がりください」


「お、おう」


 わしはそのきゅうりとやらを手に取った。やはり実際に持ってみると、思った通り表面がブツブツしとる。こ、これを食うのかぁ?


「ええい、ままよ!」


 わしは意を決してそれを齧った。今まで数多くの国で色んなもんを食べてきたけど、当然不味くて食えんもんもあった。それらに比べると、こんなん屁でもないわ! 尻子玉持ってこいや!


「こりゃあ……!!」


 この歯ごたえ、味、食感、どれをとっても最高じゃないか! いや、わしが今まで食べたどんなものよりも、旨いかもしれない!


 わしは続けて齧った。シャクシャクと音を立てて噛み締めると、きゅうりのジューシーな果肉が口の中いっぱいに広がって、もう止めることができなかった。


「そ、そうじゃ」


 そういえば付け合せの味噌とかいうのがあるんじゃった。じゃが正直怖い、このただでさえ旨いきゅうりが、こいつによってさらに旨くなってしもうたら、この味を知ってしもうたら、もうわしは帰ってこれなくなるかもしれん!


 しかし、しかしじゃ! ここで未知への冒険を逃げていては、わしは今まで何のために旅を続けてきたんじゃ? もしかすると、この瞬間のために今までの旅の意味はあったんじゃないか? わしは腹を決めた。この味噌を付けて、きゅうりを食すと!


「あの、どうされました、お客様?」


 きゅうりを持ったまま固まっとるわしに向かって店員がなんか言うとる。でも正直そんなんもう耳に入らん。わしはきゅうりに味噌を付けた。ええい、行け! ここで行かねば河童レインコート、”女”が廃るというもの!


 わしは意を決して、それを食べた。


 その瞬間、わしはさながら真理を見た気がした。そして悟ったのだ、自らの旅の目的と終着点をーーーーーー。




「はぁ……はぁ……」


「お客様、一体どうされましたか?」


 オープン初日から河童のお客さんが来るとはさすが異世界と度肝を抜かれたが、なんなんだろうこの人は? 河童はきゅうりが好きだろうと思ったのに、知らないとか言うし、怒り出すし、食べた後放心状態になってるし。


 しかし河童というと、日本ではちょっとキモイ妖怪みたいなイメージだったけど、異世界だからだろうか、人間の美少女といっても過言ではないんじゃないか? ちょっと肌が緑色で、手に水かき付いてて、頭に皿が乗ってる美少女だと思えば十分アリですな!


 そんな美少女河童がきゅうりを齧って、ハァハァ言っている。正直エロすぎ。一体なんなのこの人? ああ、呼吸をするたびに立派な大双丘が上下しています。俺の理性を試しているのでしょうか?


「はぁ……はぁ……あんた、名前は?」


 紅潮した顔の河童のお嬢さん。トロンとした目で俺を見つめている。


「は、はい、私はここの店主。オサム・カワハラです」


「お、わしを、ここで雇って欲しいんじゃ。あんたの、この料理に、わし、惚れちまったよ」


 え、なんだって? 「あんたに惚れた」?


 もしかしてだけど、もしかしてだけど、それって「あんたの太くて立派なきゅうり、わしの下の口に食べさせて欲しいんじゃあ!」ってことなんじゃないの!?


「お願いじゃあ、ここで雇ってつかあさい! わしはきっとここで働くために生まれたんじゃ!」


 え? それってつまり俺の元で永久就職したいってこと? 


 うーん、いや、正直問題ない。河童とはいえ美少女だ。かわいいという利点はあらゆる問題に勝る。それに、俺の生涯初の彼女ができるってことでもあるし……。


「ど、どうじゃ? だめかのぅ?」


うっ、潤んだ目でこっちを見るんじゃあない! 俺はそれにめっぽう弱いんだ!


「分かりました。いいですよ、これからよろ……」


 俺が言い終わらないうちに、河童の少女は俺に抱きついてきた。


「本当か!? やったぁ、嬉しいの! わし、これからあんたの為に一生懸命働くからの!」


「ちょっと、くるし……」

 

 勢いよく抱きつかれ、俺の顔は彼女の柔らかな大双丘に包まれた。


 その瞬間、俺はさながら宇宙を見た気がした。そして悟ったのだ、俺が異世界にやってきた目的と終着点をーーーーーー。


次回 『目玉焼き』

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