2話 汁
異世界情報
この世界はいわゆる剣と魔法のファンタジーワールドです。
王都は人間の治める最大の国で、この作品の舞台の料理店もここに店を構えています。
魔族や精霊族などを始めとする他種族も多数存在しています。世界は複数の国に分かれ、度々争いあっています(※この内容については作品中に全く登場しません)。
俺の名前は川原修。現代日本に暮らすしがないサラリーマンだった。だった、というのは、実は気がついたら異世界に来ていたんだ。な、何を言っているのかわからねーと思うが、俺もなにが起こったのかわからなかった。とりあえず、ここは日本のネット小説などでもお馴染みの、ファンタジー異世界だったんだ。
異世界転生モノの主人公ってだいたい何かしらのチートを持っているわけだろ? しかし俺には何もなかった。特別な知識を使って、知識チート……というのもなかった。絶望したね。俺は道端に座り込んで打ちひしがれていたんだが、こういう時でも腹が減ってきて、何か食べようと思ったわけさ。
金? 当然なかったよ? だからとりあえず食べるだけ食べといて、勘定の時は土下座しようと思ってた。それくらいその時は自暴自棄になっていたんだよね。
そして、まぁ実際に飯屋に行って、注文してから気づいたんだけど、どうやらこの世界の料理って……いや、この世界には料理ってものがないらしい。なんというか、素材の味をありのまま生かし過ぎているというか、もうね、単純に生なの。
それでも腹は減っているからさ、生の野菜や果物をガジガジ齧りながら、ふと考えついたわけ。「俺でも料理店開けるんじゃね?」ってさ。得意料理はカップ麺の俺でもいけるんじゃないかって思っちゃったわけ。
それから俺は、その店の店主に土下座したり、頼み込んで雇ってもらったり、なんとか金を貯めて自分の店を持ったり、かつての知識を元にメニューを考えたりして、今に至るのさ。
そして今日、独自の研究の末、ついにたどり着いたメニュー、コンソメスープを出す日が来た。いや、実際には作り方をまるで知らない俺が、記憶だけを頼りに作ったから『コンソメ風スープ』といったほうが適切かもしれないが、まぁ大丈夫さ! 俺はこいつで自分の店「オサム・カワハラ」をもっと有名にしてやるぜ!
「君、一体これはなんだね!?」
「そうだよ! この王都でも名高い食材通のキング先生にこんなものを出して!」
この時、俺の店は徐々に知名度を上げていき、オープン当初と比べるととても多くのお客さんに来てもらうことができていた。それも俺が世に送り出した、焼き芋、ふかし芋、ゆで卵、炒り卵、お茶、野菜サラダなど全く新しい先進的な料理によるものだ。この頃では、俺の料理をパクって店を開くとんでもない輩も出てきたらしい。全く、腹がたつぜ! パクリ、ダメ、ゼッタイ!
そして今俺の目の前で怒鳴っているオッサンは、王都で有名らしい美食家の先生だ。俺は全く知らなかったが。このオッサンと取り巻きは来店すると同時に勝手に席に着き、「この店で一番ウマイものを持ってこい!」と言ってのけたのだ。
ムカつかなかったって言ったら、嘘になります! でも俺は逆にチャンスと考えた。確かに偉そうなおっさんだが、有名な美食家という話は本当らしい。ここで俺の自慢のコンソメスープを絶賛してもらえれば、店の評判はうなぎのぼりだ。
だから俺はスマイルを顔に貼り付けて、コンソメスープを出したのさ。するとどうだろう。スープを見た瞬間、この罵倒の嵐である。
「この、色が付いたお湯は何だって聞いているんだ! こんな気味の悪いものを私に食えというのかね?」
「腐っているんじゃないのか? お湯というのはね、透明なんだよ?」
そう言ってゲラゲラと笑う二人。そうなのだ、実はこの世界には汁物もないらしい。飲む液体といえば水や乳くらいだ。
そうなると難しい。この汁が料理だということの説明が、だ。というか料理というものが何かを説明することから始めないと……まぁ面倒なんで省くけど。
「とりあえず飲んでみてください。そうすればこの料理の美味しさがわかるでしょう」
「何を言っているんだか。君ね、もっとまともなものはないのかね。聞いた話だと、この店はさつまいもが旨いとか」
「そうだよ君、せっかく先生が来てくださったんだ! 噂のさつまいもを出しなさい!」
「嫌です! このスープは私が精魂込めて作り上げた傑作です。まずはこれを召し上がってから他の料理を味わってください!」
俺だって意地がある。見よう見まねで始めたコンソメスープだが、出来上がってみれば不満ないクオリティに仕上がった。そして俺はこれに店の看板を任せたんだ!
「この店で一番美味しいものはこれです」
「ぐぐ、君も譲らんね」
「全く、先生相手にここまで強気とは……世間知らずの若造は恐ろしいね」
「お願いです。一口でいいから飲んでみてください。不味ければ、そのスープを私に吹きかけてくれてもかまいません」
「はぁ……しょうがない。一口だけな」
「先生! いいのですか!?」
キングはコンソメスープをスプーンですくい、口に近づけた。
「この私にここまで言うとはな。その度胸だけは認めて、一口だけ口に含んでやる。味の評価は別だがな。さあ、君も飲みたまえ、私にだけ飲ませるつもりか?」
「え、私も飲むんですか? は、はい、わかりましたよ」
そう言って、取り巻きの男もスープをすくって口に近づけた。俺の目の前で、今二人の男が、飲もうとしている。正直賭けだ。いくら俺が旨いと思っても、この世界の人に受け入れられるとは限らない。果たして……。
「ありがとうございましたー」
私は今日、今ひそかに人気を集めているという飯屋に行った。まぁ一般人の話など当てにならないと思っていたのだが、そこで出されたあの奇妙な『コンソメスープ』という汁。最初は何の冗談かと思った。食べ物だということすら分からなかった。当然私はそれを拒否した。しかし、あの店主の迫力に押されて、一口だけのつもりで飲んだのだ。口入れた瞬間、様々な感情が私の中を駆け巡った。言いたいとこは色々ある、あのスープについて語ることはたくさんある。でも、もう、一言でまとめてしまうならば……「旨い」もうそれしかない!
衝撃だった。私は脊髄反射のように二口、三口と口に運んだ。言葉が出てこなかった。喋る時間があるなら、一刻も早く、このスープで口を満たしたかった。ちらりと正面の男を見ると、彼も同じだったようだ。
そして私たちは無言のまま、スープを全て飲み干した。その後、私はあの店主に「すまなかった」と言ったら「なんのことでしょう」と返された。
私たちは勘定を済ませて帰路についている。しかし、その足取りはふらふらとしていて、さっきの出来事がいまだに鮮明に脳に焼き付いて離れないのだ。
「君」
「はい、先生……」
「こうしてはいられない、我々の使命は、あの店の素晴らしさをより多くの人に伝えることだ」
「はい、先生……」
「私は食材通なんて肩書で仕事をしているが、それも全てこの日のためだったのかもしれない」
「はい、先生……」
「ええい! しっかりせんか! いい加減目を覚ませ!」
私は決めたぞ、あの店「オサム・カワハラ」をこの王都一番の料理店にする! それこそが私の使命だったのだ!
次回「きゅうり」