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1話 焼き芋

最近料理チート系の作品が増えてきたように感じます。しかしその内容は、料理文化が低い世界に行って、現代日本の料理で無双するというワンパターンなものばかりです。そこで私は考えました。徹底的に異世界の料理文化を下げてやろうと、ついでに主人公の料理スキルも下げてやろうと……。



「あー、腹減ったな……」


 俺はこの王都で働く傭兵だ。今日は昼休憩に入るのが遅れてしまい、どこかで素早く昼飯を食わなければならない。しかしそんな日に限っていつもと違う区域の警備に当たっているため、飯屋がどこにあるのかよく分からない。さっきから歩き回って探しているんだが、不思議と見つからないのだ。


「くっそ、こんなことになるんだったら、飯屋の位置を調べておくんだった」


 しかしそんなことを言っても仕方ない。俺はメインストリートから外れて店を探すことにした。こうしている間にも昼休憩の時間は終わりに近づいている。肉体労働である傭兵業だ、昼を抜くのはさすがにきつい。


「焦るんじゃない、俺は腹が減っているだけなんだ……」


 そうしているうちに、幸運なことに一軒の飯屋を見つけた。目立たない感じの店で、パッと見空いているようだった。


「よし、ここだ!」


 やっと飯屋を見つけた安心感から、俺はそこへすぐに飛び込んだ。ドアを開けて店内へ入ると、男の店員の「いらっしゃいませー、お好きな席へどうぞー」という声が聞こえた。俺はそれに従って、ドアから一番近い席へ座った。


「いらっしゃいませー」


 さっきの店員が水の入ったコップを持ってきた。


「急いでるんだ。すぐに出せるものを頼む」


「あ、はい、なんでもいいですか?」


「ああ、とにかく早く頼む」


 俺は昼休憩に間に合うことを第一に考えていた。俺のこんなところが真面目すぎると、よく友人にはからかわれるが、生まれ持った性格だから仕方ない。


 俺の注文を聞くと、店員はすぐに店の奥へ引っ込んでいった。そして何かが乗った皿を持ってすぐに戻ってきた。


「お待たせしました。本当は出来立てが一番美味しいんですけど、あいにく作り置きで……」


「説明はいいから、早くしてくれ」


「はい、こちら……」


 その店員は持っていた皿を俺の前に置いた。


「焼き芋になります」




 俺の目の前に出されたもの、それは何の変哲も無いさつまいもだった。ただ一点だけ普通のさつまいもと違うところがある。それは『焼いている』という点。


 俺は耳を疑った。芋を焼くなんて聞いたことがないし、当然食べたこともない。芋というのは生で齧るのが当たり前じゃないか! それを焼くなんていったい何を考えているのか。


 俺は時間がないということも忘れて、ついそれをまじまじと観察してしまう。俺の耳が正しければ、『焼き芋』というくらいだから、これは焼いているはず。しかし通常ものを焼いてしまえば、原型をとどめないはず、形が残っていたとしても真っ黒焦げであるべきだ。しかしこのさつまいもはどうか? 完全に元の形を残しているじゃないか。


 ひょっとして俺の勘違いなのか? この店員が発した『ヤキイモ』なる言葉は焼いている芋ではなく、なにか別の、例えばさつまいもの新しい品種名でも指しているのではないか?


「なあ店員さんよ。 その、焼き芋というのは……」


「はい、こちらの料理です。たださつまいもを熱した石で焼いただけですが」


 ね、熱した石だと! ますます訳が分からない。


「ところでお客様、急いでいるのでは?」


「そ、そうだった!」


 ええい仕方ない! この際この奇妙な『焼き芋』とやらで腹を満たすしかない! 腹を壊したりしないだろうな!


「ん?」


 手に取った瞬間に気づいた、なんだこの芋は!


「おい!」


「どうなさいましたか?」


「この、この芋……表面に土が付いていないじゃないか!」


 そう、おれは気づいてしまったのだ。さつまいもというものは土の中で栽培される。なので掘り起こして、食べる時もそのまま土が付いているものなのだ。だがこの『焼き芋』とやらはなんだ! さつまいもだというのに表面が綺麗で、砂粒一つくっ付いていないじゃないか!


「こんな奇妙なイモがあるか! ふざけるな!」


「落ち着いてください、お客様。表面の土は私が水洗いして落としたんです。だって土が付いていない方が食べやすいじゃないですか!」


 その瞬間、俺の頭上から雷が落ちたかのような衝撃を感じた。「土が付いていない方が食べやすい」言われてみると確かにそうである。実際俺の周囲のイモ嫌いの者に話を聞くと「土がジャリジャリして嫌だ」と口をそろえて言っていた。俺は今までさつまいも=土が付いているものだと思い込んでいた。


「土を落とす……さつまいもから……フゥーハッハッハッハ! こいつはとんでもない発想だ!」


「はい、私も土が付いたさつまいもは食べられなくて、だったら落とせばいいじゃないかと思ったんです」


「ハッハッハ! こいつはすごい! さつまいもから土を落とす! 土が付いていて当然だとみんなが思っていたことをあんたは覆したんだ! なかなかできることじゃないよ!」


「そう言っていただけて光栄です。それより時間の方は……」


「おお、そうだった!」


 俺は急いでそれを頬張った。


「ぐっふう! なんだこれは!」


「どうされましたか!」


 こんな……こんなさつまいもが……。


「柔らかい! 甘い! そして旨い!」


 信じられなかった。さつまいもというのは固く、ジャリジャリしていて、こんなに旨くないはずだろう!


「さつまいもは石焼きにすることで、柔らかくて甘くて、美味しくなります。生のままでは味わえない味でしょう?」


「あ、ああ……」


 なんだ、俺は奇跡を体験しているのか? さつまいもを洗って焼くなんて奇妙なことをしているのに、なんでこんなに旨くなるんだ? これがさつまいもだというのなら、俺が今までさつまいもだと信じて食べてきたものは一体なんだったというのか。俺の中で今、さつまいもの概念が大きく揺らいでいる!


「あ、ああ、あがぺ……」


「え、お客様?」


「おおおおお!」


 それから先はよく覚えていない。とりあえず手に持っていたものと皿の上に残っていた『焼き芋』を完食したことはうっすらと記憶にある。ひょっとしてこれは白昼夢だったのかもしれない。空腹でおかしくなった俺が、夢の中で見た幻だったのかもしれない……。


「あの、お客様、時間……」


「はっ!?」


 その店員の言葉で目が覚めた。そうだ俺は仕事に行かなくてはならないんだ。そして手に残っている、あの『焼き芋』の残り香で実感した、あの出来事は夢でも幻でもなく、紛れもない現実だったのだということを。


「すまんな、勘定を頼む」


「はい、焼き芋2本で500サキューです」


 安い。生のさつまいもに比べれば高いが、あの奇跡の味でこの値段はあまりにも安すぎる。俺は素早く勘定を済ませ、店員と向き合った。


「この『焼き芋』とやら。とても旨かった。また来ようと思う」


 俺はそう言って店を後にした。背に店員の「ありがとうございました」という言葉を受けながら。

次回『汁』

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