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Never-ending story


一口に幽霊と言っても、死の状況や生前の強い思い等によっていくつかに分類されるそうだ。

地縛霊、背後霊、守護霊、浮遊霊、生霊

等々。

あの村で殺され、供物として捧げられたことへの強い怨みが、彼女を地縛霊にし、常に逃がさなかった。

けれど、あの日、あの瞬間から、きっと朱音の怨みや憎しみなどの無念の思いから、少しだけ彼女自身は解放された。

あの村の長が懺悔をしたのを見たからか、朱音自身の手で直接復讐らしきことをしたからなのか。

風習の犠牲者は、自分で最後になったであろうことから未練が無くなったのか……それも定かではない。

とはいえ、彼女は自由になった訳ではない。

死んでからも新しい過去と禍根に縛られてしまっただけだ。

まさか、自分で頼んでおきながら、俺を巻き込んだ挙句怪我をさせてしまった事を、地縛霊から俺の背後霊になってしまうぐらい悔やんでいたとは。

全く、血の通った人間以上にお人好しなのは、文字通り血も涙もないはずの幽霊のほうだったじゃないか。

まぁ、あの村に縛り付けられているよりは幸せそうだし、めでたしめでたしと言ってもいいかもしれない。






あの後俺は、朱音に言われた通りの道程で山を下りることが出来た。

どれだけ俺達が村から離れても朱音の言う壁とやらは朱音を阻まなかった、その時の朱音の喜びようといったらない。

泣き笑いしながら、およそ清純派美少女には不似合い極まりない歓喜の雄叫びを上げながら、俺の周りを飛び回っていた。

その時に、どうやら俺から半径3メートル以上離れる事が出来ないというのも明らかになった。

離れようとすると見えざる手に引き戻されるように朱音は俺のすぐ側まで戻ってくる。

朱音が俺に最後のお願いを聞いてもらおうとした時の「身体が勝手に」というのもあながち心理的要因からだけではなかったようだ。

どうして朱音は村から出れたのか、そして俺から離れられなくなってしまったのか。

その時は何がなんだか分からなかった――今でも真実は分からないが――それでも、俺達は意気揚々と帰宅の途を進んでいったのだが。

スマホの電波も復活し、Googleマップも起動できるようになったのだが。

それと同時に最寄りの駅の終電が既に出発してしまっていたという衝撃の事実が発覚した。

時間を考えると、当然といえば当然。

それまでの喜びようもどこへやら、途方に暮れてしまったところで、初めてまともな民家を発見した。

それと同時にその民家から猟銃を構えた人間も出て来た、それに気付いたときの恐怖といったらない。

暗かったのでその事に気づけるような時にはもう遅い、俺はとっくに射程距離内に入っていて、竦み上がってしまった。

声も出せず、何故かもう撃たれるしかない、何だよここまできてゲームオーバーかよと勝手に絶望していたのだが。

何のことはない、山から下りてきた俺達を人里に来た熊かと勘違いした農家の人だった。

色々あって家出したがいつのまにかこんなところに来てさまよい歩いている内に終電を逃してしまったと、本当のようで肝心の所を隠した事情を説明すると、実に快く一泊を許可してくれた。

思い出してみればあの時一言も泊めてくれと言っていないのに……、世の中には本当に純粋な優しさを持っている人がいるのだなぁとしみじみ思う。

親からのとんでもない数の着信とメールに辟易しながらも、再び親の声が聞けることに幸せを感じながら返信し。

親からの怒髪天を衝くかのような返答でその幸せが雲散夢消していくの感じたことを朱音に言ったら怒られたりしながら夜は更けていき。

俺は翌日、家に帰ることが出来た。

帰ってから、当然きさらぎ駅や比奈村について調べたが、何を使ってもあの地域に関する情報は出なかった。

帰りの時に車で送ってもらった駅から周辺を探しても、後々お礼の手紙を書く為と言って教えてもらった住所から探しても、山はあれど村らしきものもなかった。

結局、全てが謎のままだ。

結果として、俺の家出はたった半日で終わった。

終わってみればあっという間というのは生死を懸けた戦いでも同じのようで。

呆気にとられた始まりから、あっけない終わり方だったけれど。

俺はかけがえのない時間を経験した、かけがえのない存在に出逢った。

理由はどうあれ、家を飛び出してみてよかったと思う。

親に心配をかけたし、綱渡りのような修羅場もこの歳で潜ることになったけれど。

あの時、あの瞬間にしか出来なかった青春の一幕だろう。

と、思ってしまうのは俺がまだまだ子供だからなのだろうか。

……唯一の誤算と言えば、とんだ一生もののお土産を連れてきてしまったことに尽きる。










あの日から、今日で二年が経つ。

それが何を意味しているのか。

それは、俺達が何より知っていて。

だからこそ俺達は、再び行かねばならない。

家を出るときに、また家出とかするんじゃないでしょうね、やめてよ大学生にもなってと母親からの痛烈な皮肉を背中に浴びた。

夜のバイトに行ってくると事前に伝えたんだけどな……まぁ嘘なんだけど。

今回はバイト以上の使命を持って家を出るのだ。

家を出て、携帯を取りだし、そのまま電源すら入れずに耳に当てる。

別に『機関』への報告とかエル・プサイ・コングルゥだのラ・ヨダソウ・スティアーナとか言うためではない。

こうしないと、人がいるところで朱音と話しづらいからだ。


「で、本当にいいのね?二年前と全く同じ状況を作り出すってことで」

「あぁ、駄目だったら仕方ない。帰った時と同じ路線を使って行くしかないんだけど……。あの辺駅にタクシーとか停まってなさそうなんだよな」

「またあのおじさんにお世話になれば?」

「出来ねぇって、流石に。と言っても歩いていける距離じゃないし、そもそもどこにあるかも分からんからな」

大学の夏休みの間に免許は取れたが、肝心の車がない。

よってあの村に行くには、情けないことだがもう一度あの駅に導かれるしか方法がなかった。

この二年間、俺の背後霊となったままの朱音と何度も話し合ってきた。

だからこれは、ただの確認だ。

もう一度、あの村に、あの駅に行かなければならない。

そして、全てを見届けなければいけない。

俺達のやったことは、演じた茶番は、あの村の人間の心に届いたのか。

風習を、終わらせることが出来たのか。


「もし風習が終わってたら、私も成仏したりするのかしらね?」

「さぁな、それはそれで寂しいけど。このまま俺の背後霊でいるよりはいいんじゃないか?」

「良い訳ないじゃない、そんなの。そもそも道弥の奥歯が二度と生えてこなくて、この年から差し歯になっちゃった時点で私の後悔は道弥が骨になるまでなくならないわよ」

「……気持ちだけ受け取っときます」

「身体まで受け取った癖に、今更なに他人行儀なこと言ってるのよ」

「か、身体とかそういう表現やめてもらえませんかね……?」


二年間、四六時中ずっと互いに嫌い合ってる訳でもなく、むしろ好意を持った男女が離れることなく側にいたら。

しかも幽霊とはいえ互いに互いに触れられ、感じ合える状況が続いたら。

まぁどういう関係になるかは誰だって想像がつくだろう。

爛れた恋愛にならなかっただけマシというか、だからといって健全なだけではないと言いましょうか。

まぁその、ごちそうさまでした。


「今回は二年前みたいに殴られたりしないでよ?私だって次は相手殺しちゃうかもしれないし。私は道弥の伴侶であって怨霊ではないし、ましてやスタンドでもないんだから」

「伴侶……。うんまぁ、そうだな……」

「不満?」

「全然。ただ理由が自分のせいで歯がへし折られたからっていうのは珍しいなと思ってな」


結局殴られた時に歯が抜け飛んでいたようで、高い治療費払って差し歯にした。

これがなかなか曲者で、たまにフランスパンとか食べたらとれる。

その度に歯医者いってつけ直してもらい、その度に朱音の顔色が曇る。

俺も自責の念に駆られる朱音は見たくないのだが、どう気を付けてもとれる時はとれる。

これはもう、若さゆえの過ちの代償として俺が一生背負うべき十字架だと思って付き合っていくしかない。

朱音と出逢えて、一生付き合えることになった事を考えれば歯の一本や二本安いものだ。


「ところで、時間は大丈夫なの?さっきから随分のんびり歩いてるけど」

「……やっべぇ」


慌てて走り出す。

二年前の今日には、確か19時台の最後の電車に飛び乗った筈だ。

二年前からダイヤはほとんど変わっていない、遅延がなければ二年前とかなり同じ状況が再現出来るだろう。

それで行けるかどうかは全く分からないのだが。


「でもねぇ……。今日に至るまで何回もこの時間に電車に乗ってわざと寝過ごしたりしたけど、一回もきさらぎ駅に着かなかった訳だし。今年の夏休みだって……」

「だぁぁっ、うるさい!もうっ、これはっ、本当にっ、間に合わんかもっ」

「ホバー移動でもする?」

「馬鹿言うなっ」


あぁ、何も駅まで全力疾走するところまで二年前とそっくりな状況にしなくてもいいのに。

息を切らせながら、俺はあの日のように駅に向かった。




「つ、着いた……」

「なんだ、結構余裕じゃない」


今回は懐中電灯を上着のポケットに突っ込んでおいた以外は荷物をほとんど持ってきていなかったのが幸いしたのか。

電車が到着する3分前にはホームに立つことが出来た。


「肩で息なんかしちゃって、運動不足なんじゃないの?」

「くそ……二年前は、この程度、大したことなかったのに……」


周りの人達から、息を切らせながらもスマホで通話している大学生に対しての奇異な視線が送られています!

これは集団暴力ですよ、訴えますよ!

俺だってぜぇぜぇいいながら電話する人なんて見たことないけど!


「丸二年運動から離れるだけでそうなるものかしらね……。私なんかほら、汗一つかいてないもの」

「お前は四年近く重力から離れてるだろうが……」

「森羅万象を超越した私に万有引力なんて通用しないのよ」

「運動不足気味の大学生の引力に負けてる時点で大したことねぇよ」

「道弥には好き好んで惹き付けられてるんだからいいの」


というか好き好んで森羅万象を超越した訳でもないのに、二年前と比べて自分の死に対して随分開き直ったもんだ。

恐らく、最愛の娘を亡くした朱音の遺族が未だ立ち直れていないだろうことを思うと、本人とはいえ朱音のこの態度は不謹慎極まりないのではないだろうか。

……月一で朱音に会わせる為に朱音の御両親には挨拶に行っているけども。

それが、朱音に背後霊として憑かれている俺が果たすべき責任だろうから。

それにしても、あれほど会いたがっていた両親に幽霊となった身になっても感動の再会を果たしたにも関わらず、それでもまだ成仏しないとは思わなかった。

そこまで来たら俺の歯のことなんてどうでもいいと思うだろうに、というか思え。


「そういえば今月はまだお母さんとお父さんに会いに行ってないわよね」


俺の思考をトレースしたようなタイミングで朱音が話題を変えてきた。

確かに今月はそのイベントを消化していないが……。

ギャルゲーではヒロインとHappy endを迎えるだけで終わりだが、人生はその後もイベントが続く。

例えば、今日のように。


「そうだな……。年内にもう一回ぐらい行っておくべきだな」

「もういっそのこと私の存在を道弥の御両親にも明かして、家族ぐるみのお付き合いを始めるっていうのはどう?」

「どう?じゃなくてだな……。それは俺が独り立ちしてからだって言ってるだろ?凄い面倒なことになることは火を見るより明らかなんだから」

「案外小火ですむかも知れないわよ?」

「火を見るより明らかの意味を勘違いしているようだが、火力の問題じゃないからな?」

「……え」


おかしいな、生粋の文系である俺に二年間憑いていながらこの程度の慣用句すら正確に理解していないとは。

それに、朱音のことはまだ秘密にしておきたい。

たとえ姿を見せたって家族が幽霊なんて非科学的な存在を信じるとは思えない。

力づくで信じ込ませるような手立てもあるが、朱音がそれを許してくれそうもなさそうだし。

その事はじっくり二人で話し合うべきだろう、これまでと同じように。

人生は、まだ長いのだ。


『間もなく電車が参ります、黄色い線の内側でお待ちください』


お、電車が来るようだ。

二年前は心臓でロックを奏でながら飛び乗ったものだ……。

あの時は、たった一人で。

今日は、二人で。

二年前のような不安はない、俺には頼りになる仲間がいる。

かつての修羅場を共に潜り抜けた戦友と、今再びあの時を繰り返そうとしている。

朱音が、そっと手を握ってきた。

この冷たさも、この二年間で温かく感じるようになった。


「この二年間、色々あったわね」

「そうだな……」

「高校の七不思議を解明しようとしたり、種のないマジックを披露してたらプロのマジシャンにスカウトもされたこともあったし……」

「肝試しのスタッフとしてのバイトの時に本物のお前を出したらえらいことになったな」

「あれ、結局バイト代もらってないんでしょ?」

「まぁお祓い代を持ってくれただけいいだろ、俺には損しかないけど」

「私あの時死ぬかと思ったわよ。結構ああいうお祓いって効くんだから、久々に痛みを感じたぐらいだし」

「あれはその……すまん」


『本物を出して客をビビらしちゃいましょうよ!』とかノリノリで提案してしたのは朱音の方なんだが……。

自業自得といえばそれまでだ。止めなかった俺も悪い……かもしれん。

まぁあんなので本当に朱音が除霊されなかっただけ良かったと思う。

悪ふざけの結果が永遠の別れになるなんて、あまりに洒落にならない。


やがて電車が来た。

目の前の空気の壁を打ち破りながら突き進む電車が生み出す風圧に、一瞬髪が流される。

完全に停車する寸前に、朱音の声が耳に届いた。


「これからも、道弥と一緒に色んな事をしたいの。だから、ね?この因縁に終止符を打って、無事に帰ってきましょう」


その言葉に、俺は朱音の手を強く握り返しながら。


「あぁ、もちろんだ。俺達の物語は、まだまだこれからなんだからな」


と、気取った主役みたいな台詞で返して。

俺達は、電車に乗り込んだ。





そこそこ空いている車内で、二人ならんで座れるシートに腰かける。

朱音の手を、握ったまま。

このまま誰も隣に座らなければいいなと思っていると、どっと眠くなってきた。

緊張とダッシュした疲れもあったのだろう、このまま終点についてもいいやと何かも投げ出すようで、朱音の手と自分の使命はしっかり握りながら。

俺は、目を瞑った。

これにて、この物語は終わりです。

後愛読してくださった方々には深い感謝を。

そして、これからもよろしくお願いします。

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