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Show time!!!

ここに来てから奇々怪々な魑魅魍魎が急転直下に紆余曲折していたからか、こんな街の明かりが一切ない中で星空を見上げる事を忘れていた。

空はいい、特に空気が澄んでいる時の夜空は日々の苦労から俺を解放してくれる。

どうしてもミクロになりがちな俺の視点を、優しく一歩引いた場所に引き戻してくれる。

深呼吸をして落ち着こうとするよりも、よっぽど効果覿面だ。

いつもより狭い視界から、いつもより高い場所で見える星空は、今にも星に手が届きそうに思えた。

眼下で繰り広げられている――いや、繰り広げた――人々の混乱が聞こえてきて、感傷に浸る余裕がないのが惜しい。

それに加え、足下にいつもある地面がないという本能的な恐怖と不安や、不自然、超自然な浮遊感、そして身体にまとわりついて今にも喰らい尽くされそうな刺すような冷気が、嫌が応にも俺を非現実に引き戻す。

「どうだ?村の人間の反応は」

万が一にも他の人間には聞こえないように、慎重に朱音に尋ねる。

尤も、相当の大声でなければ彼らに声は届かないだろうけど。

目測で10メートルは距離がある。

「今のところ台本通りね、みんな貴方を見上げて大騒ぎよ。 歌も踊りも、お面もかなぐり捨てて、てんやわんやね」

「そうか、台本もないのに期待通りの演技をするとは、こいつらは全員名役者だな。つかみはOKだ」

「……ねぇ、貴方は大丈夫なの?身体が震えてるわよ。まぁ緊張するのは当たり前だし、幽霊の私とこんな密着してたらダイレクトに寒気がくるからしょうがないんだけど……。どうする?予定地よりまだ手前だけど、下りちゃう?」

「いや、大丈夫だ。いける、気にせず降下地点までこのペースで頼む」

「……あともう少しよ、頑張ってね」

実際は歯を食いしばって我慢に忍耐を重ねていないと叫び出しそうだ。

もし今の状態で暴れようものなら命はない、どうにか耐えるんだ。

まさか、家出したら幽霊に抱き抱えられながら空を飛ぶことになるなんて……。

人生、何があるか分からないな。







「神様を演じるのに、そんな服じゃ全く神聖さが出ないでしょう?」

俺が世紀の大飛行をする数十分前、俺の服装を咎めた朱音は、こっそり村に潜入し、儀式に出ている連中や朱音が着ているものと同じ白い着物、そして般若らしき仮面を盗んできた。

村人が被っているのは能面に近いものなので、これはまた別のグッズだろう。

精巧な造りで、かなり値が張るに違いない。

「ていうか、これ被れるのか?」

「えぇ、紐ついてるでしょ」

「あ、ほんとだ。観賞用じゃなかったのか」

「儀式に関係あるものを片っ端から壊してまわった時に見つけたのよ。結構埃被ってたからほとんど使われてないみたいね。村の人達を怖がらせようとする時に使おうとしてたんだけど……」

「その機会がないまま時は流れて、か。まぁいい、今こうしてここで絶好の機会が巡ってきたんだ、使わない手はない」

試しに被ってみると、サイズが少しきついが、おかげで首を振ってもずり落ちない。

視界はというと、思ったより狭くならない。一回り見える範囲が小さくなるだけで、それほど支障もない。

あとはこの着物だが……着方がさっぱり分からん。

女性が着る本格的な着物と比べると多少はよう分からん小物が少ないが……。

「あとね、足袋と草履も持ってきたわよ。これで格好だけなら150年前に戻ったって恥ずかしくないわよ」

「こんな真っ白じゃいつの時代でも恥ずかしいだろ」

「それより、本気なの?『ヒナタリ様』になりきって、村人達に儀式をやめさせるなんて……」

「無茶だと思うか?」

「……うう、ん。確かに村の人達を服従させる方法としては悪くないけど、貴方が私の力を過大評価していないか心配で」

「過大評価ぐらいがちょうどいいのさ。もちろんお前に天変地異を起こす力がないのは知ってる。だけどな、正体不明の見えない力が襲ってくるっていうのは、お前が思っている以上に怖いぞ」

それより大事なのは、たとえ人一人を持ち上げて動かすのが精一杯の力であっても、相手に限界を見せないことだ。

それぐらいで腰を抜かされては困る、こっちはもっとお前達を蹂躙できる力を持っているぞ――、と見せかけることだ。

的確に、ここぞという時に最大限の力を振るうことが、この茶番の鍵だ。

そしてそのここぞという時、それの一つには初対面の時だと、俺は思う。

ファーストコンタクトで植え付けたイメージは、そう簡単には崩れない。

最初の一手にこそ、全力をかける。

「それでだな、まずは手始めに――」

「何をするの?」

「――空を飛ぶぞ」








白装束を朱音の手を借りながら着付け、般若のお面を被ってから――俺は、こうして飛んでいる。

朱音は俺の後ろから腰のあたりに抱き付くようにして、俺を浮かせている。

俺が少しでも重心を前に寄らせようものなら、彼女の腕力では俺を支えきれず俺は真っ逆さまに墜落するだろう。

気持ち背中に重心を預け、朱音の腕力にかかる負担を減らさなければ。

「この辺り、ね。ちょうど儀式の中心部

に着いたわよ……。降下を開始するわ」

「ラジャー」

ゆっくりと、今度は地面に向かって着陸していく。

すると、着陸地点にいる人間が、我先にと俺達を避けて、場所が開けた。

朱音の言う通り、彼らの逃げ方から見ても多少の恐怖を与えられているようだ。

墜落することも、草履やお面を取り落とすこともなかった。まずは成功だ。

やがて、恋しかった地面に着地する。

そうそう、やはり人間は重力のしもべでなくては。

地に足の着いた生活に戻るために空を飛んだが……爽快感は皆無だった。

さて……ここで彼らはどうでてくる?

俺を丸く囲むようにしている周りの白装束から、こそこそと話し声が聞こえる。

「…………あれはなんだ…………」

「……今空を飛んできたよな?……」

「……俺達と同じ格好をしているぞ……」

「…………顔が分からない…………」

うむうむ、予想通りのリアクションだ。

自分達の抱いた疑問を口に出すだけで、誰も俺との接触を図ろうとしない。

俺が何かなんて、俺しか知らないというのに。

しかし、全員が全員烏合の衆というわけではない。

大体の組織には、勇気と決断力、そして行動力に優れた人材がいて然るべきで――果たして。

右の方から、若い男の威勢のいい声で

「貴様は、何だ!」

と問われた。

その声からは間違いなく俺に向けられている、不可解な存在に対する苛立ちが感じられた。

いやいや、確かに最初に声をかけたのは偉い。

だが――未知の存在に問いかけるには、彼には慎重さが足りなかった。

そして俺に初めに声をかけること、それは俺達の合図でもあった。

最初に俺に何か言った人間に仕掛ける……これはもう、打ち合わせてある!

「無礼なッ……!」

俺はなるだけドスを効かせた声で怒りを露にしながら、その若い男に掌を向けた。

すると、明らかに男の表情が打って変わった。

よし、カタパルトは準備完了ってところだな……。

俺は男に向けた掌を、そのまま壁を撫でるように上へスライドさせた……すると。

男の身体が、みるみる浮かんでいった。

おお……これは興奮する。

本当に俺が不可思議な力を操っているようだ……クリリン爆殺したフリーザの気持ちがよくわかるぜ。

いや殺す気はないよ?ちょっとビビらせるってだけで。

突然自分の身に降りかかった超常現象が理解できないのだろう。男はさっきまでとは真逆な、心底怯えた声をあげて見えない手に抵抗している。

何も知らない人間からしてみれば、大きな神の手に握られているように思えるんだろう。

実際は美少女に後ろから抱きつかれて持ち上げられてるんだけど。

周りのオーディエンスも目の前の怪奇現象に呆気にとられ、悲鳴のコーラスを惜しみなく歌い上げている。

2メートルは持ち上がっただろうか、そろそろいいだろう。

次は、さっきよりもより大きい声で。

「我……この村の守り神であるヒナタリに対して、侮辱の言葉をかけるとは……口を慎めッ!」

そうして俺は、掌をその男から離した。

同時に、重力に従って男が落下した。

腰をしこたま地面にぶつけたのだろう、腰を抜かしながら悶絶し、這いつくばりながら俺から距離をとった。

何人か彼に駆け寄ったが、すぐに全員の視線は俺に集まる。

やがて、彼らは口々に絶望を吐き出していく。

「…………何じゃ今のは…………」

「お、お怒りだぁ……『ヒナタリ様』がお怒りになられたのだぁ……」

「こっ、殺される……」

……それにしても、反応が予想通り過ぎて怖いほどだ。

俺一言でも殺すとか言ったか?

しかし、普段ならともかく、今は二年に一度の他ならぬ『ヒナタリ様』に対して生贄を捧げる儀式の真っ最中だ。

村に一定数いる信仰の薄い人間ですら、何となく狂信へと流されてしまいかねない、重苦しく異様な雰囲気の中で起こった『ヒナタリ様』の降臨。

確かに、腰抜けになってもおかしくないだろう。

「……待て……待てッ。落ち着けぃッ……」

今にも腰を抜かしてパニックに陥りそうな村人達を一喝したのは、もう70になろうかと思われる老人だった。

唯一村人の中でお面を外していないことからも、この老人の只者ではない事が分かる。

この異常事態にも関わらず、この態度、物腰は老成した老練の戦士のようだ。

「この人が古郡さん……村長よ」

朱音が耳元でこっそり呟いた、鳥肌がスタンディングオベーションするからやめてくれ。

なるほど、この人が。

出来れば別の機会に、この人の人生経験を聞かせてもらいたいものだ。

もしかしたら本一冊書けるほどの生涯を送ってきたのではなかろうか。

「……お主が、この村の長、古郡で相違ないな?」

心理的に優位な立場に立つためにも、古郡の存在、そして登場は予期していたかのような言葉で先手を打った。

「ごもっともでございます。この比奈村の村長は私、古郡礼二でございます……」

俺のハッタリの効果があったかは分からないが、とにもかくにも期せずしてこの人を俺の前に引き摺り出すことが出来た。

こいつを攻略しなければ、裏返せば他はどうあれこいつさえ信じ込ませられれば、作戦は八割成功したとみていい。

「……我はヒナタリ。遥か悠久の昔から、この土地をあらゆる魔から守ってきた。いや、知っていたかな?」

「はい、日頃、私たちと、その子供。そしてこの村をお守りいただき、深く感謝申し上げております」

「お主らが我の力を、我の存在を深く信じているのは既に承知している……しかし、この150年にわたり、お主らは我の望まぬ捧げ物をしてきた……。それも、さらに近頃は、この村になんら関わりのない人間の足を捧げているな……?」

「………………」

饒舌だった古郡が、初めて黙った。

どういう意味の沈黙なのか分からない、言い逃れようとしているのか。洗いざらい自白するつもりか。

そこまで知っているのかと驚いているだけとも思わない、最悪今の俺の発言に何か穴があって、しめしめとほくそ笑んでいるのか。

あのお面の下の表情が、何よりも気になる、朱音にひッぺがさせようか。

もちろんそんな葛藤はおくびにもださない、ただ無言の内に威圧をかけているように堂々と振る舞うだけだ。

他の人間のざわめきも今やなく、炎がごうごうと酸素を喰らう音と、風の音、そして自分の息遣いと爆発しそうな心臓の動悸だけが聞こえる。

どれほど経っただろうか、俺には長い長い拷問のような沈黙だったが、ついに。

「……ヒナタリ様は……我々の捧げ物に対してお怒りになり、この世においでになられたのですか?」

不意を突かれたが、答えの用意してある問いだったので助かった。

「……うむ、そうだ。我が一言でも、おぬしらに対して人間の足を捧げよ、と命じておらぬにも関わらず供物を捧げ、その上命まで奪うというその諸行があまりにも目に余るのでな」

流石は村長、飲み込みが早い。

出来ればそのまま一気に飲み下してほしい、悪いもんではないし。

しかし、俺の言葉が彼の耳に届いたと同時に、彼の態度がみるみる豹変していった。

相変わらず表情は窺えないが、今までの威風堂々とした物腰から、まるで死刑宣告を受けた囚人のように姿勢が崩れていく。

足下は今にも倒れそうなほどふらふらとして、酷く頼りない。

酷い苦痛に耐えるようにして握られていた拳が、やがて開いて何かに助けを求めるかのように虚空を泳ぎ始めた。

ただ事ではない激変に、慌てて周りの人間が肩を貸した時、仮面が外れた。

初めてみる古郡の顔は、目は虚ろで、唇は震え、口はだらしなく開き、頬はひきつって、汗をびっしょりかいてしわくちゃになっていた。

目の前にあるのはもはや一つの村を束ねてきた人間の尊厳ある姿ではなく、信仰を失った狂信者の哀れな末路だった。

ぱくぱくと、口が動いた。

「…………なんと……。そんな……代々、受け継いできた、この儀式が……おぉ……。まさか……無為であった、とは……あぁぁ……」

息も絶え絶えに、悔恨の念を呟く古郡。

それを見て、大芝居の成功を確信すると同時に、いたたまれない気持ちにさえなった。

彼らだって、人を殺したくて殺し続けた訳ではない。

『ヒナタリ様』という、村を致命的な打撃から守ってくれる存在への供物、という免罪符を掲げて儀式を責任を持って継承してきた。

しかし残酷にも、彼には俺が突き付けたのは、崇拝していた存在からの否定であり、断罪ですらあった。

その結果、彼の支えてきた伝統、彼の支えにもなっていた風習は今音を立てて崩れた。

――もし、もし彼が狂いながら狂った信仰をしていたなら、自己弁護をし、俺の存在を否定し、もてる権力と物理的な圧力でもって俺を揉み消そうとしただろうことは間違いない。

それを封じる為の先制攻撃だった、俺にとっては。

しかし、彼は狂信者でもあったが、同時に立派な人格者でもあった。

俺の使った超自然的な力と、俺の言葉から全てを悟ってしまった。

ただ一つ、俺が真っ赤な偽物であることを除いて。

俺のような例外の固まりがいる事まで考えを巡らすことなんて、するだけ無駄と断じて構わない、その点において古郡を責めることは誰にもできない。

それ以上に彼は今、自責の念が地獄の釜を開けたように襲いかかっているだろうから。

だからこその――あっけない幕切れ。

激闘というにはあまりに静かで。

死闘というにはあまりに誰も死なず。

熱闘というにはあまりに一方的。

それでも、語られることのない主役達の心中で繰り広げられた壮絶な葛藤は確かにあったけれど。

それももう、閉幕だ。

後に続くのは、決闘に破れた悪意なき悪役の、懺悔の言葉だけだった。


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