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泣かれたこっちが泣きそうだ

「すいませんでした、すいませんでした、すいませんでした、すいませんでした……」

「だーかーら、もういいって言ってるでしょ?別に全力の拳を叩き込まれた訳でも最高の引導を渡された訳でもあるまいし」

「うぅ……やめてくれ、許してくれぇー……」

車から出て、落ち葉の絨毯に掌と、脚を膝から折り畳んで沈ませながら、頭を垂れて謝罪の意を溢れんばかりに表現する日本伝統の構え。

場所、時は関係なく、たとえ真っ昼間の往来の中でも会社の会議中でも高熱の鉄板の上でも山の中であろうと構わない。

ただし使用上の注意をよく理解していないと逆効果になるぞ!

まぁいわゆる一つの土下座だった。

「ねぇ、いいから頭を上げてよ。恥ずかしいのは分かるけど私にも用件があるんだから」

「へぇ、なんなりとお申し付けくだせぇ」

彼女にはとても失礼な事をしてしまったので、この言葉は結構本気だったのだが、彼女はやや怒気を孕んだ声で、

「……あのさ、これは本当に真面目なお願いで、そんな軽々しい気持ちでいてもらっちゃ困るの。これは命懸け……といっても私はもう死んじゃってるけど。貴方だけじゃなくて、他の罪もない人達の命がかかってるんだから」

と衝撃の事実を言い放った。

「はぁ、命……?」

どうやらこんな姿勢で聞く話でもなさそうだ、仕方ない。

頭を上げ、長丁場に備え胡座をかく。

一層冷え込んできたのか、身体が意図せずに寒さに震えてきた。

「……寒い?ごめんなさい、私が近くにいると、生きている人は寒くなるみたいなの。特に今は冬だし、風邪引いちゃうかもしれないけど……大丈夫?」

「あぁ……。上に着込めばこの程度なんとかなると思うがな」

いかん、鼻水が出てきた。

背負っていたリュックからダウンジャケットを取りだし、カーディガンの上に着た。

多分肩幅とか凄いことになってそうだが、気にしてられない。

あ、というかあの誘拐犯(行方不明)はエンジンつけっぱで逃げたんだし、暖房の効いた車内で話を聞けばいいじゃないか。我ながらナイスアイデア。

「なぁ、ゆっくり話を聞きたいから車ン中にでも入って――」

「それは駄目っ!あ、えっと……」

怒られた、コワイ。

もしかしてこの車、アクション映画みたいに爆発するのか?

「とりあえず、ここからは早く離れた方がいいの。出来ればもう少し鬱蒼とした山の中に潜んで移動したくて……」

「え、何その潜入作戦。何でそんな隠密行動をしなきゃならんのだ」

「それは、その……。あー、もう!どっから説明すればいいのか分からないのよ」

「準備不足をこちらの責任にされましても……。分かった分かった、行くよ、こっから離れればいいんだろ?」

立ち上がり、彼女の噛みに覆われた顔を見る。

声から判断するに、そんなに年齢は離れてないような気はしていたが、話し方も考慮すればあながちその推測も当たってそうだ。

あーもう!だってよ。

「あ、ありがとう。それじゃ、こっち」

彼女の先導に従い、車で通ってきた道――やはりほとんど車一台分の幅しかなかった――を左に外れ、森の中に入っていく。

かと思うと、元の道から10メートルほど離れた所で左に直角に曲がり、直進していった。

道に沿う形だ、そっちに行くと誘拐犯(消息不明)のアジトがあるのでは?

「いい?私が合図したらすぐにしゃがんで木の影に隠れて。万が一この道を辿ってきたとしてもこの暗さとこの距離ならそうそう見つからないはず」

「……ならもう少し離れればいいのでは……」

「私もこの辺は詳しいつもりだけど、それでも山の中だから。真っ直ぐ進む為にもあの道は目印にしたいのよ。見つかったりしたらそうも言ってられないけど……」

「見つかるって、あの男にか?」

そもそもあの怖がりようじゃあ再び現場に戻ってくるかも怪しいだろ。

戻ってくるにしても明るくなってから……じゃないのかなぁ。

彼女は振り向き、俺を見たまま後ろ向き歩きならぬ後ろ向き浮遊移動をしていた。

器用な幽霊だ、さっきから木にぶつかってはすり抜けてるけど。

「違うわ、いえ、あの男もその中の一人ではあるのだけれど……。えぇっと、分かった。最初っから一つ一つ説明するから、歩きながら聞いて。質問とかもしていいから」

「あいよ、了解」

話を聞くのは得意だ、聞き流すのはもっと得意だ。

特に校長とか学年主任の話にそのスキルは存分に発揮される。

もし今発揮したら冗談でなく死んでしまうので封印せねばなるまい、この力を。

「まず、貴方は私が見えてるのよね?」

「おぅ?まぁ、そりゃあバッチリ」

むしろ見えてなかったら一度目の遭遇といい二度目の遭遇の時といいあんな反応はしないだろう。

「なら良かった。もし声だけしか聞こえてなかったとしたら目と目を合わせて話せないし、今後色々やりづらいのよね」

「あ、そう……」

声だけを頼りに今の今まで彼女に追従していたとしたら、俺に視覚は必要ないだろう。

最初っから説明すると言われ、その最初の部分から話の流れが分からず途方に暮れそうになっている俺を尻目に、彼女は唐突に自分の前髪を払いのけ、素顔を俺に晒してきた。

目と目が合う。

……今まで視覚を有していて良かった。

俺のこの二つの眼球及び視神経は彼女の顔を見るこの時の為に存在してきたのではないかと思った。

美しい、なんとも最高に美しい。

手や脚と同じく、真っ青というより真っ白な、雪のような肌。

刃物か何かで刺されたように窪んだ目元……ではなく、見ていると吸い込まれそうな神秘的とも言える瞳、官能的なまでに長く整った睫毛。

くっきりとした鼻の形、細いながらも弾力のありそうな唇。

頬にはまったく生気がないが、それがむしろ彼女の儚げな雰囲気を醸し出している。

奇跡的と言わなくとも、将来は傾国の美女ともなりうるほどに思える均整の取れた顔。

人間は神様が作り出した最高の芸術品だと常々思っていたが、その中でも傑作の一つであることは間違いない。

思わず歩を止め、見とれてしまった。

すごいな……、こんな美少女はテレビでしかそうそうお目にかかれない。

実物はテレビで見るより何倍も綺麗だった。

「ふぅ、これでようやく話しやすくなったわ。最初からこうしてれば良かったのに、どうしても緊張しちゃうのよね……。あら、どうして止まったの?」

「あ?いや、急に顔を見せてきたからどうしたのかと」

「だから、話しやすいように…………あ、もしかして、見とれちゃってたのかしらね?」

「そりゃお前の自意識過剰だ、ほらさっさと話を続けろ」

図星を突かれたのでどうにか誤魔化しにかかったが、いけたかな?

美少女は好きだし、自尊に値するだけの素晴らしいものを持っているので自意識はむしろ普通だと思ったが、こうでも言っとかないと認めるのが悔しい。

変に謙虚であるより、むしろそれなりの振る舞いをする方が好きだけど。

「またまた~、本当はくらっと来たんじゃないかしら?知ってる?落語じゃ美しい女が死んで祟りとかで出てきたのを幽霊っていって、そうでもない人はお化けって言うんだって。そういう意味でも私は幽霊って名称がふさわしいわよね?」

「はっ、何言ってやがるこの亡霊は。お前なんざ妖怪変化だよ」

「酷っ!?」

妖怪はないでしょ妖怪は、とかぶつぶつ言いながら幽霊はそっぽを向いてしまった。

落語とか時そば位しか知らないし、やっぱりこいつは自分を美少女だと思い込んでいたのか。

語るに落ちたな……ちょっと違うか。

それにしたって暗いな、かろうじて彼女の後ろは追えても、足元が見えないので木の根っことかに――危なっ!

思ってるそばから何かにひっかかって転びそうになった。

「大丈夫?月明かりも届かないから真っ暗よね。もう少し移動速読落とす?」

「いや……危険度はそう変わらないから今のままでいいんだが、あの、懐中電灯……」

「そういえば持ってたわね、駄目だけど」

「もっと光を!」

「ゲーテの真似したって駄目なものは駄目。見つかったらただじゃ済まない……いえ、済まなかったのよ」

ただでは済まなかった、つまり彼女はその何かに見つかって命を落としたのか。

命に比べたら擦り傷の一つや二つ構いやしない、辛抱しよう。

「話、続けてもいい?」

機嫌が戻った……といっても上機嫌ではないだろう。

再び後ろ向き浮遊を始めながら、彼女は真剣そのものの表情で話し始める。

「私の名前は、後藤朱音。生きていたら17歳、死んだのは二年前になるわ」

「17歳、同い年か。まだ若いのに」

「若いというか、幼かったというべきかしら。全ての始まりと終わりはちょうど二年前の今日、私は色々あって家出をしちゃったの」

「家出、ね。俺も似たようなもんだ」

俺の場合色々あったのかは疑問だけど。

気まぐれとか言える雰囲気ではない。

「進路の事で、親と揉めてしまってね……カッとなって家を飛び出して電車に乗ったら、いつの間にか『きさらぎ駅』 っていう無人駅に着いたの」

「!……『きさらぎ駅』って、あの周りは草っぱらしかなくて、時刻表もなくて、なんか色々おかしい不気味なあそこか!」

「なんか色々って、貴方ね……。確かに、例を挙げればキリがないほどあの駅は異様だったけど。それから私は――」

「線路を辿って電車とは逆方向にひたすらのし歩いた、だろ」

「そうだけど、あれ?私同じこと二回言ってた?いつの間に……」

「いやいや、あの状況で行動を起こすとして、家とか警察に連絡したくないとしたら、線路を逆戻りするのが大多数の人が取る行動だと思うぞ?」

実際に統計をとってみないと何とも言えないが、あの目印となる建物も明かりもない自然の中に踏み込んでいく人はそうそういないだろう。

いたら無謀な馬鹿か勇敢すぎる馬鹿だ。

「それもそうね。私も貴方と同じく線路の上を休み休み歩いて、途中でお化けに会って、トンネルを抜けたら……」

「カット!カァァット!何をさらっと流してんの!?お化けってなんだよ、誰だよ!?」

「五月蝿いわね、あれはあんまり重要……かも」

「かもって、お前……」

「お前お前って、耳障りね。朱音様と呼びなさい」

「論点のずらし方が雑だ!」

朱音様って、お陰様みたいなイントネーションで言われても。

もしかして、様をつけて呼ばれるのが普通の家庭で育ってきたのかこいつは。

「はぁ、えっとね……。左足が付け根からない男の人だったかしら。線路の上は危ないとか何とか言ってたわ。怖くて逃げたからよく覚えてないけど」

「そんな恐怖体験をよく忘れかけてたな、図太い神経してるよ全く」

「太い!?なんて失礼な!私はむしろ細身でスレンダーで脂肪とは無縁なボディよ?」

「スライダー?それなら伊藤智仁のは超一級品だが、外角に逃げるような身体ってなんだよ」

「スレンダーだって言ってるでしょ?誰よ伊藤智仁って」

こいつスライダーとか言っといてあの伊藤を知らんのか、そういうことではいかんな。

神経が図太いというのも失礼といえば失礼なことには変わりないけど。

なんで幽霊と漫才しなきゃいけないんだ、俺は相方探しの為に家出したわけじゃないぞ。

じゃあ何のためとツッコまれたらボケで返すしかないのも事実に相違ない。

「とにかく!私はこの細い美脚を懸命に動かしてお化けから逃げたの!」

「あー、そう」

鼻くそをほじりながら聞き流す。

いい加減この自慢も面倒くさくなってきた、正直。

「それで、トンネルを通ったらまた違う男の人がいて、車で送ってくれるなんて言ってくれたからありがたく乗ったという訳なのよ」

「何で?」

「は?」

「何でこんな危ない時間に年頃の女の子が警戒もせずホイホイ見知らぬ男の人の車に乗ってんの?」

「そ、それは……」

「お前な……。そんだけ自意識高い癖になんで警戒心はガバガバな訳?そんで結果こうなってるじゃねぇか」

「う、うぅ。お、お前、じゃ……」

「あ、待てよ?お前ここで俺達の事待ち伏せしてたんじゃねぇか?お前の時もトンネル抜けた後この道通ったから今回もそうだろうと踏んでさ」

「そ、そうだけど……。それが、どうかしたのかしら?」

「二年前にこの道を車で通った時おかしいと思わなかったか?何もお前、最寄りの駅行くっていうのに線路から逸れた挙句山の中入った時点でよぉ?」

「あう、そ、そう――」

「そこで逃げようとは?しただろ流石に後藤さんよ?」

「…………」

「…………お前、なーん!もう!」

怒りのあまり言葉にならない。

こいつは本当……人を無防備に信頼し過ぎた。

俺だって馬鹿みたいにあの誘拐犯(前科の疑いあり)の言葉を信じてここまで来ちゃったけど、流石におかしいと思って逃げようとはしたのに、こいつときたら。

結果、家出したままどことも分からない場所で命を落とした、もしくは奪われてしまった。

俺と違って、絶対に取り返しがつかないから、死んでしまった者は生き返れず、訳の分からない何かとしてさまようことしか出来なくなっているから。

俺は、今更なんの意味もなくても怒ってしまった。

命の恩人かもしれない人に恩知らずな言葉を浴びせるのは気が引けるが、ついついカッとなってしまった。

「まぁ、いいや。いや良くないけど。今どうした所でどうにもならないし。せめてお前の頼みは聞いてやるから」

「……………………」

「おーい、後藤さーん?そろそろ本題に……あと、足?止まってんぞ」

「…………ぐすっ、うぅ……」

「……………!」

な、泣いていらっしゃる……。

え、えぇー。何これ、俺が悪いの?いや、そりゃそうだけどさぁ……。

泣ーかした、泣ーかしたぁ、せーんせいにいっちゃぁおー。という声すら聞こかねない状況だ。うるせぇクソガキ。

うわ、うわうわうわ、どうしよう、頭が真っ白になってしまった。

女を泣かしたのって、それこそ幼稚園以来か……?覚えてないけど。

またもや深く考えず行動したおかげでえらい目に遭ってしまった。

あれだ、俺の言ってる事が仮に正論だとしても、向こうからしたらそんな後悔はこの二年間してきているのだから、いらんこと言うなや、という気持ちなのだろう、多分。

女の心の中はこの山以上に複雑で、安易な考えで踏み込んではいけない領域だということは、人生経験でいやというほど知っていたはずなのに……!

俺がパニックになってる間も、彼女のすすり泣く声は絶えず聞こえてくる。

謝ればいいのか?俺がとりあえず謝ればいいと思っていると後藤に思われたらさらに泥沼化しそうだが。

ええい、ままよ!

「ご、ごめん!悪かった、俺が言い過ぎたよ、いらんこと言っちゃってすまなかった!この通りだ!」

姿勢を正し、深々と頭を下げた。

再び土下座をしようとしたが、あまり多用は控えた方が良いだろう。謝罪の意を心から示すためにも。

望まれたとしたら話は別だけど。

いつまでそうしていたか、長いように感じて実際は1分ちょっとだったのだろうが、頭を下げたままでいると。

「……はぁ。その、もう大丈夫だから、頭を上げて?急に泣き出しちゃってごめんなさい」

「そうか、いや何だ。ほんとごめんな」

ほっとして頭を上げる。

泣いていたのが原因なのか、後藤のまた前髪が垂れてなんとも鳥肌が立つ見た目になっていたが、それを振り払ってから、

「でもね、そりゃ私の不注意で私がこうなったのは事実だけど、貴方にとやかく言われる理由はないのよ?だって貴方だってここまでホイホイ連れ去られて来たんだから」

「はい、その通りでごさいます」

「私がいなかったら、貴方も私と同じ目に遭ってるかもしれないっていうのに、あの言い草はないでしょ」

「誠に仰る通りです」

言わせておけばこのアマと思ったが、またぞろ泣き出されても敵わない。

間違ったことは言ってないしな。

「あと!」

「はい!なんでせう!」

「私の事はお前じゃなくて朱音って呼びなさい!いちいちお前お前って、なんだかカチッとくるのよ!」

「わ、分かったよ……、朱音」

「よろしい」

なんで知り合って間もない美少女を下の名前で呼ばなければならんのだ、恥ずかしいったらありゃしない。

まぁ、しょうがない、か……。

「朱音、続きを話してくれるか?」

「はいはい、えっとね、私がウトウトしてる間に車はどんどん走って……」

「…………」

突っ込まない、突っ込まないぞ。

「だんだん、太鼓の音が聞こえてきたのよ。リズムのいまいち乗ってない、聞いてて不安になるような音色が……ね」

「おい、それって」

口をはさみかけた俺の耳に、聞き覚えのある音がぬるりと這いずり混んできた。

夜の砂漠に放り込まれたような寂しさが、不安が押し寄せてくる。

それも、二回目だ。

彼女の表情が陰鬱なそれに変わっていく、水が砂の表面にじんわりと馴染むように。

彼女の美しい横顔に、憂鬱はよく馴染んでしまう。

「ちょうど、こんな音だったわ」

「俺も、聞いたことがある……。朱音に出会うその前まで、ずっと聞いてた」

「そう、私も線路を歩いていた時に聞こえたな、って思ったの。なんで逆戻りしてるのかって疑問に思ったけど、『きさらぎ駅』の近くにもう一つちゃんと電車が通ってる駅があるんだ、と勝手に納得して、またウトウトしてたのよ」

どんだけ眠かったんだよこいつは。

不安になりそうな音色とか言っておきながら、全く朱音には効果が無いように思えるのだが。

「いつの間にか村みたいな所に着いて車が止まって、着いたよって言われて車を降ろされた瞬間、後ろから首の辺りに電気が走ったみたいな激痛を感じて、そのまま意識を失ったの。多分スタンガンでも使われたのね」

「ち、ちょっと待て。村みたいな所?なんだそりゃ?」

「私にもその時は分からなかったけど、周りに民家があったし、太鼓と鈴の音とか、人の声とかが聞こえてきたから安心したのよ。そこをバチバチっとね」

「いや、バチバチって……」

そんなオノマトペは求めていない。

しかし、村に太鼓と鈴の音といえば、やはり祭りでもやっているのだろう。

毎年恒例の村を挙げての一大行事。

だというのに、何故か俺はそこに賑々しさや、心が踊る楽しさを感じられなかった。

それは、目の前にいる朱音の存在が、それらとは無縁の何かおぞましい何かを物語っているように、ようやく感じてきたからだろう。

朱音は、何かを察しつつある俺を見ながら、何やら迷っていた。

が、ついに決心したのか、俺の目を真っ直ぐに見つめて。

「次に私が目覚めた……いえ、目覚められなかったのかしら。気がついた時には、真っ暗な中で、この身体になってたわ」

村、祭り、車で朱音を連れてきた男、スタンガン、朱音の死、太鼓と鈴、途中で会ったお化け……。

ここまでピースが揃っていても、俺は結論を出すのが怖かった。

そんな、そんなの……あるわけない。

けれど、もう、もう……。詰み、だ。

朱音は、皮肉と、自嘲と、後悔と、自責と、悲愴と、ありとあらゆる負の感情のこもった、何より悲痛な声で、吐き出すように、端的に事実だけを述べた。


「私は、生贄にされたの」


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