ショータイム……?
さぁ~て、早速雲行きが怪しくなって参りましたよ……?
走り始めてから10分以上経っただろうか、一向に最寄りの駅に着く気配がない。
信号もほとんどない、ほとんど一本道に近いはずだから、10㎞は走ってると思うんだが……周りには建物がほとんど見えない。
それもそうだ、今はついに山道を通ってるんだから。
舗装されてんだかされてないんだか分からないような道を走ってるおかげで、車内がさっきから揺れること揺れること。
シートベルトしてなかったら身体をどっかにぶつけて怪我するレベル。
ここ獣道ってやつじゃねぇのか?
運転席の人もさっきからだんまりだし、これはもう只今犯罪の真っ最中なのだろう。
幽霊に追われた挙句誘拐されるとは、泣きっ面に蜂過ぎる、愉快なほど運がない。
自業自得と言われればそれまでなんだけどね。
とりあえず、この男の目的地に着く前にアクションを起こさなければ。
キューを出すのも自分、演じるのも自分。
どうにかエンドロールとかカーテンフォールまで踊らなければ、命はない。
アンコールは勘弁してくれ。
走り始めてから間もなく、車内の雰囲気も今の剣呑なものとは程遠い時にここはどこかと聞いた時、『ひな』と教えてくれた。
ひな……雛……日向……?
漢字が分からないのを察したのか、すぐに、比例の比に神奈川の奈とかいて比奈だと言われた。
いくら懇切丁寧に教えてくれたって知らないものは知らなかった。
その後、きさらぎ駅を知っているかとも聞いたが、それは知らないらしい。
最初はてっきり最寄り駅とはきさらぎ駅のことだと思ったのだが、違った。
途中で全力ダッシュを挟んだとはいえ、あのトンネルからそうは離れていないはずなのに、地元の人間でも知らないとは。
それもそのはず、この男は地元の人間ではなく、ターゲットを求めて車で流していた通りすがりの犯罪者なのだから、多分だけど。
さっきから続く油断すればいつ襲われるか分からない、肌にピリピリと感じるほどの殺伐とした空気のせいでスマホで比奈とやらを調べ損なっている。
いや、この男が誘拐犯だとしたらその地名も本当かどうか怪しいものだ。
すべての言葉を、行動を疑わなければならない。
それを最初っからしてればこんなことにはならなかったのに……。
家出といい今回といい、大した考えもなく思いきった行動に出るからこうなるんだ。
悔やんでも悔やみ切れないが、そんな余裕はない。
反省会は後でゆっくりとしようじゃないか、一人で。
しかし、この現状からの脱却もなかなか困難だ。
信号もなく、止まることのない車の中から逃げるとするなら、ドアを開けて無理矢理飛び降りるしかない。
山道を走っているからか速度はあまり出てないにしろ、スタントマンでもあるまいし、スタンドを使える訳でもないのに、そんなことをしたらどうなることやら。
それこそ幽霊になっても不思議じゃないな。
だが、運転している男の不意は突けるだろうし、運が良ければ逃げられるかもしれない。
不意を突くなら、今すぐにシートベルトを外して男の顔面をぶん殴るのはどうだろうか。
上手く気絶してくれれば御の字だし、そうでなくとも鼻の骨が折れればまともに動けなくなるだろう。
だがこれも問題はある。
一撃目で決められなければ、この狭い車内では揉み合いになったら距離もとれない、袋の鼠になる。
また気絶なりなんなりさせても、この車が暴走して事故ろうものなら本末転倒だ。
エアバックが作動して運転手が助かり俺はフロントガラスから飛び出して死ぬとか、閻魔大王も抱腹絶倒の死に様だろう。
どちらを選んでもただでは済まない……、か。
この後の事を考えると、無傷で、なおかつ運転手が追ってこれない状態で逃げたいが、そう都合の良い展開は降って湧いてこないだろう。
車を止めて、誘拐犯(仮)をぶん殴って、逃げる方法……。
……あ。
あった、しかも以外と成功率高いかも。
なんでこんな簡単な作戦の前に危険な二つが出てきたのか分からなくなるが、これはいけるだろう。
大きく息を吸い、吐く。
よし、まずは『すいません、ちょっとトイレに行きたいんですが、その辺で済ませて良いですかね?』だ。
車が止まった瞬間にシートベルトを外して、全力で殴りかかる。
逃げ場がないのはお互い様だ、もみくちゃになってでもダウンを奪ってやる。
比較的、わずかだが他の作戦よりかは安全だろう。
というか思い付くのこれしかない、時間はどれくらいあるか分からないが、善は急げ、悪は裁けだ。
……おし、今だ!
「すいません、ちょっ――」
「ラノタメダ、ラノタメ……。ムラノメ、ムラタメ、ノタメ、ムラノタメ、ラノタメ、ムラノタメ、ラノタメ」
「…………?」
何だ?急にぶつぶつ言い出しやがった。
そんなの脳内シミュレーションの中になかったんだけど。
困るよー、新人が唐突アドリブ入れちゃあ、現場の空気が壊れちゃうでしょ?
ムラノメ?ラノタメ?呪文か?
村野たん……ためむら……。いや、だから誰だって。
神経を研ぎ澄ませ聞いてみる……、聖徳太子の気持ちになって……。
うーん、村のため、とかか?
何が?
自分の世界に入り込んでしまっている、俺の声なんざ聞く耳持たずだ。
こんな状態なら不意の突き放題だ、もち米が美味しい餅になるぐらい突けるだろう。
だがしかし!どうしてもこいつには俺の言葉に耳を傾けさせなければならない。
でかい声で、強引にこのクソッタレな現実にカムバックしてもらおう。
「あの!すいませ――」
「う――あぁぁぁぁっ!?」
運転手が絹の裂けるような絶叫を上げ、車は断末魔のような悲鳴を上げながら急激に停車した。
当然ながら慣性の法則は容赦なく俺達に牙をむく。
不意を突かれた俺は思いっきりつんの
めって前の席に額を強打した。
次は反動で背もたれに背中を打ち付けられた。
頭がぐわんぐわんする、脳みそをシェイクされたようだ。
息も上手く出来ない……、。
そんな悲鳴上げて急ブレーキ踏ませるほど大声だしたっけか……?
痛ってぇ……おでこが、すごく、いたいです……。
っ!まずい、突然大声を出され、驚いた次は間違いなく感情は怒りに染まるはずだ!
最悪の事態を予測しながら誘拐犯(未確定)を見たが――、
「あ、あぁぁう、うう、ううううっ」
最早悲鳴にすらならないあえぎを漏らしながら、ガタガタと震えていた。
後ろに俺がいることも忘れて、これ以上なく取り乱している。
俺の大声に対してじゃないのか?一体何にこんなに怯えているんだ。
今が最大のチャンスであることを忘れ、男の視線の先に目をやる、と。
いた。
あいつだ、あいつにこの男は恐怖し、錯乱し、戦慄しているんだ。
無理もない、さっきの俺も似たような反応をしたのだから。
長い髪に白装束、表情は髪に隠れて見えず、車のライトに照らされながらも実体感がない。
ぼうっと、白く浮かび上がるように、ゆらゆらと光と闇の狭間に存在している。
そして、そして……。
右足が、無い。
「くそ……またかよ……」
動けない、今度は動けない。
身体の芯から凍えたかのように、感覚がなくなっていく。
二度目にして、俺は絶望にうちひしがれてしまった。
逃げられない、のか。
車は止まってしまった。
これから逃げたとしても、その先には必ずこの女がいるのだ。
そう思わせるような二度目の遭遇だ。
いずれ、体力と気力が尽きたときに現れ、連れていかれる。
この世ではない、どこかに。
なんで、なんで俺なんだよ。
こんな理不尽な話があるか、こんな報いを受けるような悪行はしていないはずだ。
死人に対して不謹慎なことも不遜なことも神に誓ってしていないのに、どうして幽霊なんぞにつきまとわられなければならない。
「う、ぐ、あぁぁぁぁぁっ!!」
ようやく冷静さをわずかに取り戻したのであろう、誘拐犯(他称)は運転席のドアを開け、もたつきながらも逃げ出した。
どこに向かったかは見えなかった、見れなかった。
目の前の死神から目を離せば、その瞬間に命を刈り取られる確信があった。
俺には厳しく、冷たい確信に他ならなかった訳だ。
やがて、あの時と同じように、ゆっくりと近づいてきた。
逃げなきゃ、あの男と同じように。
視線を逸らさないまま手探りでシートベルトを外し、ドアに手を掛けて……。
……いや、もういい。
分かった、もう逃げない。
逃げるから追ってくるんだ、それは当たり前だ。
こうなったら直談判だ、打って出てやろうじゃねぇか、ええ?
恐怖が閾値を超えたのか、怒りによって勇気が沸いてきた。
幽霊がなんだ、死んだ人間に何が出来る。
そりゃ怨みや憎しみは巡りめぐって本人に届くかもしれない、それが報いであり、因果だ。
でも俺は人を死に追いやるほどのことはしていない、だけど事実奴は俺の前に二度現れて、あの誘拐犯を追うことなく、俺に迫ってきている。
これが八つ当たりでなくてなんなのか。
いいだろう、相手が誘拐犯から幽霊に変わっただけのことだ。
言葉で、力で、気合いでぶっ潰してやる。
震えも消え、身体の感覚が戻り、むしろ熱くなってくるのを感じる。
やれるものならやってみろ、俺はいるかいないかも分からないモノには負けない。
逃走劇は闘争劇と変わり、いよいよ大詰めのラストバトル。
妄想上の観客は熱狂しながら、それでも静かにこの劇の行く末を手に汗握りながらじっと見つめている。
さぁ、戦いの火蓋を切って落とすため、前口上でも述べてやろうではないか。
車のフロントガラスを、当然のように、魔法のようにすり抜け、ついに目と鼻の先に女は止まった。
下半身が車の床に埋まっていて、頭頂部がが屋根すれすれにある。
あのまま直進すれば肩から上は屋根を突き抜けていただろうから、俺の目線に合わせてきたのか。
わざわざご苦労さん、これで顔を見て話せる。
女はそこから動きを見せない。
あるいは俺の台詞を待っているのか。
そうでなくては、こいつはよく分かっているじゃないか。
主役が輝いてこその大舞台だからな。
さぁ、最大の見せ場だ、噛むなよ?俺。
「さぁ、とり憑いてみろ、とり殺してみろ、出来るものならな。女とはいえ容赦しない、全力の拳を叩き込むことをここに誓う」
最後のシメは、特に息を大きく吸い込んで――。
「さぁ、来い!貴様に、最高の引導を渡してやる!」
……。
…………。
……………………ん?
なんだ、一切合切反応がないぞ?
もしかして言葉が届いてないのか?
あんなに啖呵切ったのにそりゃないぜ、何かしら動いてくれよ。
もうアッパーカットの準備はしてるんやで。
しばし睨み合いのような状態が続いていたが、徐に状況が変わった。
それというのも。
「あ、の……。それは、何なの?」
「ぅ、え?」
喋った……、喋った!?
いや、元人間だから喋れることは喋れるだろうけど。
「何なのって、そりゃ……。あんた、俺をとり殺すか何かする気なんだろ?」
「……何でそう思ったの」
「幽霊が人前に姿を現して追ってくるといったら、それぐらいしか理由がないかなって思ったんだが……」
「……はぁ」
溜め息つかれた、なんか凹む。
何だよその俺が悪いみたいな言い方は。
ん?てことは……。
「何?あんた俺になんか別の用があったのかよ」
「そうだけど……。まぁ私の見た目がこんなだから怖がるのはしょうがないにしても、喧嘩を売られるのは初めてよ」
「あぁそう……。何だ、俺一人で盛り上がってたのか?」
「そうなるわね」
……。
…………。
………………。
早く俺に引導を渡してくれ……。