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第3話 契約

 鉄二は文部科学防衛局の入口の前に来ていた。


 赤い封筒に入っていた書類には、『文部科学防衛局 スクールゲーム課へ、以下の日時にお越し下さい』という非常に簡潔な文章と共に、指定日時が書かれていた。

 鉄二が赤い封筒を受け取ったのが月曜日。指定された日は土曜日だったので、その間 鉄二はごく普通に学校に通った。


 鉄二にとって幸いだったのは、自分がプレイヤーに選ばれた事が、まだ誰にも知られていない事だった。


 同級生達の好奇の目に晒される事も、質問責めにあうことも、今は勘弁してして欲しいと思っていた。


 それに、もしかしたら鉄二がプレイヤーに選ばれた事を不満に思う連中もいるかもしれない。それは生徒に限らず、教員もだ。


 運動神経が良いわけでもなく、日和見的な鉄二の性格は、決してプレイヤーに向いているものではなかった。


 そういった面倒な事は、いつかは直面する問題だとしても、今は避けて通りたいと、鉄二は考えていた。もっとも、その問題に直面するまで鉄二が生きていればの話だが。



 そして学校に通いながら鉄二は、色々な事を考えていた。


 どうして自分は選ばれたのか。どうして自分が選ばれたのか。


 自分は人を殺せるのか。それ以前に、まともに戦えるのだろうか。


 自分と同じような子供が、他にあと何人いるのだろうか。


 その子達はどんな心境なのだろうか。

 怯えているのだろうか。不安に思っているのだろうか。それとも参加を喜んでいるのだろうか。ゲームを楽しむのだろうか。


 男の子も女の子もいるのだろう。もしかしたら障害を持った者もいるかもしれない。


 そして彼等は皆、自分と同じ中学3年生だ。


 それでも自分は、戦えるのだろうか。


 そんな考えが鉄二の頭の中で渦巻いていた。


 そして今鉄二は、ここにいる。

 目の前には文部科学防衛局への入口の自動扉があった。


 足を一歩前へ進めると自動扉が、ウィンと静かに音をたてて軽快に開いた。



 一年近く前、矢崎遥もこの扉を開けたのだろう。



 数々のプレイヤーの中でも圧倒的な戦闘力を誇り、氷雨の魔女と呼ばれた矢崎。



 その彼女は、一体どんな気持ちでこの扉を開けたのだろうか、と鉄二は考えた。



 建物内へ進んで行くと、人気は無く、余分な飾り付けも一切無い 一面真っ白な内部の様子が、妙に無機質な印象を鉄二に与えた。


 真っ白な空間に一つだけ電子パネルが置かれており、鉄二がそれに近づくと『スクールゲーム課はこちら』という文字と矢印が一緒に浮かび上がった。


 鉄二が示された方向に進むと、奥に一つだけ真っ黒な扉があった。


 ここがスクールゲーム課なのだろうか、と鉄二は疑問に思った。表札らしきものが何も無い。

 

 鉄二が困っていると、『カードを取り出して下さい』という白い文字が扉の中央に浮かび上がったので、彼は赤い封筒に同封されていた、文字らしい文字が何も記載されていない真っ黒なカードを取り出した。


 これをどうすれば良いのだろうかと鉄二が考えていると、黒い扉が音も無く開いた。


 扉自体がカードの中の何かを読み取ったのか。それともどこかで監視されているのか。そもそも先ほどの電子パネルだって、どこで自分をスクールゲーム課に用のある人間だと判断したのだろうか。


 鉄二のそんな様々な疑問は、彼が扉の奥に広がる光景を目にした途端、どこかへ追いやられてしまった。


 そこには一面真っ白な、ただただ白くどこまでも広がる部屋があった。

 

 床と壁と天井の境目が、よく分からない部屋。内装の白さが鉄二には少し眩しい、そして広い。

 照明器具がどこにも見当たらないが、部屋は明るかった。もしかすると部屋の内部自体が発光しているのかもしれないが、何であれ鉄二にはその仕組みを理解する事が難しかった。


 そんな異様な白さが広がる部屋に、黒色のテーブルが1つ、椅子が2つ置かれていた。

 

 そしてその隣には、黒いスーツを上品に着こなした男が立っていた。

 

 年齢はおそらく40代後半から50代前半。少しだけ出た腹と、少し白髪の混ざったオールバックの髪、それから切れ長の目が印象的な彼は「初めまして、大条(だいじょう)です」と芯の通った低めの声で自己紹介を始めた。


 「私はスクールゲームの運営全般の管理を任されている。君は小林くんだね?」


 「はい。小林 鉄二です。中央第二中学校の、です」


 質問に答えながら鉄二は、大条の綺麗に整えられた髭も印象的だと感じた。


 座りたまえ、と大条が鉄二を促し、2人は着席した。


 「まず始めに、おめでとう小林君。君は見事 中央第二中学校のプレイヤーに選出された。まずはそのことを光栄に思って頂きたい」


 大条は鉄二の反応をうかがったが、特に反応が無かったので話を進めた。


 「それにあたって、本日は小林君に その手続き及び説明、それから簡単な検査を受けてもらう。心理検査、知能検査、身体検査、プリスパダス式能力検査、他にも色々あるが まぁ形式だけのものも多い。気軽に構えてくれ」


 鉄二は大条を睨みつけたまま、なおも沈黙を貫いた。自分を殺人ゲームというとんでもない舞台に立たせた奴等の一味がここにいる。そんな怒りが彼の中で沸き起こっていた。


 そんな鉄二の様子を察して、大条は言った。


 「やはり不満のようだな。たいていのプレイヤーは皆、最初に私をそうして睨みつける。だが1つ、分かってほしい事がある。私たちは君たちプレイヤーの敵では無い、という事だ」


 「敵では無い?よくそんな事が言えますね。この数日間、僕のことをずっと尾行・監視していた者がいます。あれは、そちら側の人間でしょう?しかも僕のような素人でも気が付くようなやり方。いや、わざとバレるようにやっていたのでしょうか?その上、僕の家族まで監視するような真似をして。あれじゃ脅迫と一緒だ。もし今日僕がここへ来なかったら、僕たちに何をするつもりでした?」


 「あれは一般人を危険から守るための規則なのだよ。理解して頂きたい」


 「危険?僕と何の関係が?」


 「追い詰められた人間は、何をするか分からない、という事だ」


 小林は自分の中で更に怒りが蓄積されていくのを感じた。

 

 望んでもいないのにプレイヤーに選ばれ、その上 危険人物扱いなんて理不尽だと思った。


 それでは、と言いながら大条は机の引き出しの中から、紙ほどの薄さの板と、銀色の液体の入ったコップを取り出した。


 「今からスクールゲームの契約書の、作成手続きを行う。なに、簡単だ。このコップの中身を飲み、その板に手を触れるだけで良い」


 「……嫌です」


 「その理由は?」


 「僕は望んでプレイヤーになったわけじゃない。それに僕にだって人権はある。ゲーム参加を拒否することだって可能なはずだ。選択権があるはずだ」


 なるほど、と呟いた大条は、立ち上がり鉄二の背後に回った。


 「まず、私は君に“私たちは君たちプレイヤーの敵では無い”と言ったね。そして君は、その言葉を“私たちは君たちの敵では無く、味方だ”という意味で解釈したようだ。だが、残念ながらそれは間違いだ、小林君」


 大条は、椅子に座っている鉄二の肩に、自身の左手を置き、続けた。


 「私たちは君たちプレイヤーの敵では無く、支配者だ」


 鉄二は、大条の全く感情が込められていないその声に、背筋が凍るような思いをした。

 そしてそれは更に、逃れようの無い現実を鉄二に押し付けるようで、鉄二の体に恐怖感と絶望感が一気に広がった。



 「それともう1つ。小林くん、君は私に“もし自分がここへ来なかったら、自分たちに何をするつもりだったか?”と質問したね。答えは至って簡単だ」


 鉄二の肩を掴む大条の左手に、更に力が入った。


 「どんな手段を用いても、君を必ずゲームに参加させる」


 大条は上着の内ポケットにしまっておいた注射器を取り出し、すばやくそれを鉄二の首に注射した。中身は、あのコップと同じ銀色の液体だ。


 鉄二は途端に全身の力が抜け、頭を机にゴンッとぶつけた。声も出ない。


 大条は、脱力状態の鉄二の右手を取り、それを例の紙ほどの薄さの板に乗せ、言った。

 

 「君に選択権は無い」


 鉄二の指先が銀色に発光し、その光が板に文字を描き始めた。


 その文字は“私、小林 鉄二はスクールゲームへの参加をここに同意します”という書き出しで始まっていた。






 そんな鉄二と大条のやり取りを一部始終モニターで見ていた鷲見(すみ)は、ふぅっとため息をついて隣にいる女を見た。


 「全く狂ってるなぁ、この国は」


 鷲見の隣にいる日下部(くさかべ)は、モニターから目線を外す事なく尋ねた。


 「狂っている?何がですか?中学生に殺し合いをさせる事が、ですか?」


 「あぁ。この国は一体いつからこんな狂ってしまったのかね」


 日下部はモニターから目線を外さない。そんな彼女を鷲見はどこか機械的な人間だと感じた。


 「別に今に始まった事ではないじゃないですか」


 「と、いうと?」


 「この国で、車がまだガソリンで走っていた時代。その頃からもう、おかしかったんだと思います。親を殺す子。子を殺す親。ゲーム感覚で罪を犯す者。罪の意識の無い犯罪者。広がる心の病。増え続ける自殺者。年端もいかない児童に対して淫らな行為を働く大人。選挙に行かない若者。政治家の汚職。それを見ないフリする警察、検察。真実よりも営利を求めるマスコミ。それに踊らされる世間。――とっくの昔から、この国はもう狂っていたんですよ」


 日下部の言葉を受けて、鷲見は苦笑いした。


 「あー。あー、そうかもなぁ。確かにそうかもなぁ。一気に狂ったのではなく、とっくの昔から狂っていて、だんだんとその歪みが蓄積されて、その結果が今なのかもなぁ」


 鷲見がモニターに視線を戻すと、脱力している鉄二の指先から放たれた光が文字を書き終えた所だった。


 鉄二のスクールゲームの契約が、終わった。


 



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