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お昼までまだ時間があるにも関わらず駅前は混雑していた。
どこもかしこも若い学生からお年寄りまでで賑わっている。
「なんかどこも混んでいるね」
人ごみが嫌いな私はそっとため息をつく。
休日のためかどの店も学生たちが占領していてガヤガヤとうるさい。
少し静かなところで話したいというのが本音だ。
しかし見渡す限りどこもそれに当てはまりそうにない。
「どこもうるさそうだね、やだなー」
まことも人ごみは嫌いなようだ。
私はこの周辺の店を思い浮かべてみる。
近場で静かな店。
と言っても引きこもりの私がこの辺に詳しいはずなどない。
残念ながら幾ら考えても一軒しか思いつかなかった。
でもあそこは……。
「ねー、どうする彩季」
まことが不安げに見つめてくる。
しょうがない、背に腹は代えられない。
「まこと、こっち」
まことの手をとり少し道を外れて歩きだす。
駅の裏手に回ったところにその店はあった。
中華料理屋『三龍亭』。
ちなみに聞くところによると店のランクは三流だとかなんとか。
窓から中を覗くと案の定客は殆どおらず閑散としている。
店に入ると威勢の良い声が飛び出してきた。
「いらっしゃいませ、どうぞー」
店の奥から出てきたのは茶髪銀縁眼鏡の若い男。
「いらっしゃいませ。三名様ですか、って彩季」
「どこをどう見たら三名に見えるんだよ……兄貴」
「あにき?」
実は私の残念な兄、梅宮優季はこの中華料理屋でバイトしている。
兄は私とまことを見て大きくうなずいた。
「ふむ、彩季が休日におしゃれをして外出なんておかしいと思ったが。デートだったか」
「どこをどう見たらデートにみえるんだよっ」
「見えるよ。目つきの悪い男とすごくきれいな御嬢さんカップル、ってぐふぅ」
兄のお腹にグーパンチをくらわす。
兄の言っていることは子供のたわごとだ、私より身長が一センチ低いからひがんでいるのだ、こいつは。
決してカップルになど見えるはずがない。
「えへへ、お義兄さん初めまして。黒澤まことと申します」
「まこと、嬉しそうに挨拶しないで。あとおにいさんって呼び方に不穏な影がかかっているよ」
「彩季、こんなかわいい彼女ができたなら報告してくれたっていいじゃないか」
兄は気味が悪いほど嬉しそうに自己紹介をした。
「彩季の兄の梅宮優季です。いつも妹がお世話になっております。本にしか興味がない奴ですが仲良くしてやってください」
「いえ、私も色々と彩季にはお世話になっています」
ぽっ、と顔を赤らめてまことが私のほうを見る。
いや、私何もしてないから。
兄貴も小声でどこまでやったのとか聞いてこないで。
この二人を前にして私のツッコミは追いつかなかった。
「まぁ、お遊びはこの辺にしておいて。お好きなお席へどうぞ」
こちらメニューになります、と兄がお冷とおしぼりと一緒にテーブルにおく。
「中華料理屋さんってなにを頼めばいいかわかんない」
「うーんととりあえず飲み物決めて」
「じゃぁ私はオレンジジュース。彩季はホワイトウォーターね」
「私のまで決めなくても。まぁいいや。あとはフライドポテト盛り合わせで」
「中華料理屋さんにフライドポテトおいてあるの?」
「御座います。以上でよろしいでしょうか」
ちなみにこの店にないものはない。
あったとしても兄が買いに行かされるのだとか。
注文を取ってからそれほど待たずして兄がテーブルに戻ってきた。
「おまたせいたしました。オレンジジュースに白濁液、フライドポテトの盛り合わせになります。」
「返品を要求する」
主に白濁液を。
思いっきり睨んでやると兄は引きつった笑みを浮かべながらごゆっくりどうぞと言い残し去って行った。
後で覚えていろよ。
本が汚れるのは困るので二人で箸を使ってポテトをつまむ。
「で、彩季は何を選んでくれたのかなーっと」
まことがにこにこして袋から本を取り出した。