7
午前十時。
駅前の広場、通称エリアなかのいちの与一郎石造前。
「なんでなんだあああああああ」
私は普段は目立つゆえに絶対しない、公衆の前での感情の爆発というものをしていた。
なにやら今日の私は珍しくテンションが高いらしい。
叫んだ原因は目の前にいるまことにある。
さて、原因について究明をするとしますか。
私の不可解な言動に不思議そうな顔をしているまことに問う。
「なんで制服なの?」
「えっ、うーんと。なんでだと思う?」
笑顔で質問を質問で返された。
そう、待ち合わせ場所に先に来て待っていたまことはなぜか制服姿だった。
休日に制服ということは何か理由があるのだろう。
たとえば。
「これから学校に行くとか」
「惜しい!正解は学校の図書館に本を返しに行ってきた、でした」
「私の時間を返してくれ。そして読書させろおおお」
まことはここに来る前に借りていた本を返しに学校に行ったらしい。
昨日服のことであれだけ悩んだ努力が無駄になった。
それどころか制服の隣に並んでいたらちょこっと目立つ。
「本返すだけなら外に返却ボックスあったでしょ」
「彩季男っぽくてかっこいいね」
「無視ですか。そして嬉しくないほめ言葉をありがとう」
まことの言葉にちょっとだけ照れる。
私は黒いジーパンに洒落た柄(?)がプリントされている白地の半袖Tシャツの上に黒いベストという格好。
ちなみにこれが兄の服だってことは内緒。
似合うのが尽く男ものだというのも年頃の女の子として心境が複雑だ。
「そんなにわたしの私服見たかったの?」
私のじと目をなんのその、にこにこと笑うまことは余程機嫌が良いらしい。
問いに答えるとしたらyes。
昨日私が散々な妄想劇を繰り広げてしまうほど見たかったといえる。
しかしここで素直に返すは非常に癪だ。
持ち前の仏頂面を披露することにしよう。
「別に」
「素直じゃないなー。ほらほら、行くよ」
まことに強引に腕を組まれ引っ張られた。
私とは違い豊かな胸(おそらくDカップ)が腕に当たる。
「まこと、恥ずかしいから」
「いいから、いいから」
腕を振りほどこうとするとさらに締め付けが強くなる。
諦めて並んで歩くと今度はまことからする女の子特有のいい匂いが脳を刺激した。
心拍数は上がっているのに、息はできない。
私は呼吸困難を患ったまま、まことに引っ張られ本屋に向かった。
店内に入ると早速カゴを持たされ奥にある小説のコーナーへ。
背の高い本棚に囲まれると自然に幸せな気分になる。
ああ、私はここに住みたい。
「とりあえずエラリークイーンにカーでしょー、それから小栗虫太郎全集と」
早速まことは私のカゴにどんどん本を入れていく。
まことは私をミステリマニアにするつもりだろうか。
初心者にはハードルが高そうな本ばかりなのだが。
「何やってるんですか、まこと」
「彩季の本を選んでるのー。彩季も私の分選んできてよ」
どうやらお互いのおすすめの本を買うという寸法らしい。
それもそれでいつもと違ったものが読めて面白いかもしれない。
私はまことから離れ別の本棚に向かう。
せっかくまことが読むんだからおもしろい本を選びたい。
どれにしようか、とぐるぐる本棚を回る。
「うん、決めた」
散々悩んだ挙句に選んだ本は三冊。
一冊ハードカバーが入っているが仕方がない。
まぁ、三冊だけだしいいよな。
それよりもまことが気になった。
まことが本をちゃんと絞って選べているか心配だ。
「今日は何人出て行ってしまうのか」
お財布の中にいる日本の偉人たちに思いをはせる。
戻るとさっき熱心に見ていた幻創推理文庫の棚にまことはいなかった。
見渡すとまことはレジの脇にある機械で何か調べているようだ。
静かに近づいて背後から不意に声をかける。
「何調べているの、まこと」
「さ、彩季?」
覗きこむと画面には類は友を呼ぶというタイトルがあった。
一体何の本なのだろう。
「これもミステリなの?」
「んー、ちょっと違うかな」
心なしかまことは焦っているようにみえる。
あやしい。
「彩季は本選び終わったの?」
返事の代わりに持っていた本を差し出す。
そしてまことの持っていたカゴを受け取った。
「会計済ませて喫茶店にでも行こうか」
「うん」
さっきの本が気になってはいたが、それよりもまことが選んでくれた本を早く見たいという欲求が勝る。
私たちは会計を済ませ駅前の喫茶店へと向かったのだった。
小説内に出てくる固有名詞は微妙にもじってあります。
ただし、デカルト、エラリー・クイーン、カーなど文学史上有名な方のみそのまま記述しています。