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朝の温度  作者: ほととぎす
2.彼女と話す
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4

「おはよう、彩季さん」

「おはよう」


失礼だとは思いながらも、視線を本に戻しそっけなく挨拶を返す。

いきなり名前で呼んでくるとは大したチャレンジャーだ。

そもそも私の世界テリトリーに勝手に入られたのが気に入らなかった。


「今日は何を読んでいるの?」

「かっぱっぱ」


昨日の朝教室にいたのは私だと覚えていたらしい。

私はやはり本を見たままタイトルだけを簡潔に答える。

その様子から私が機嫌を損ねているのが伝わってしまったらしい。


「ごめんなさい。貴重な読書の邪魔をしちゃったかな」

「いや、別に」


彼女はすまなそうに声をあげた。

謝られると返答に困る。

誰もいない教室と言えどもそこは私の所有地ではないし、そこに入ってきたからと言って彼女を咎めるのは間違いだ。

勝手にへそを曲げている自分が子供っぽい。


そのまま黙ってうつむいていると彼女は私の隣に立ち校庭を眺め始めた。


「私の名前覚えている?」


彼女の視線は校庭に向いたままだ。

私は反対に教室の壁を見ながら言葉を返す。


「黒澤まこと、さん」


名前はすんなり口から出てくる。

忘れられるわけない。

昨日の一件ですっかり私の頭に刻みこまれていた。


「呼び捨てでいいよ。私も彩季って呼んでいい?」


ベタだ。非常にベタだ。

しかも最初から名前にさん付なのにさらに呼び捨てを要求してくるとはかなりずうずうしい気がする。

だが断る理由もないので「いいよ」と短く返した。

まことはちょっと嬉しそうな声で続けて話しかけてくる。


「彩季は本が好きなの?」

「好きだよ。本と平穏があればそれでいい」


即座に答えるとおかしそうにまことは笑った。

本当のことだからしょうがない。

本と平穏、これが私の愛するものだ。

ほかはいらない。


「どんな本読むの?」

「面白ければなんでも。まぁ、ファンタジー、SFが多いな。……まことは?」


一瞬躊躇したのち名前を呼び捨てにする。

ちらりと顔をうかがうと、まことはそれに満足したように微笑んでいた。


「ミステリがメインかな。最近は本格推理小説も頑張って読んでいるんだ」


難しいんだけどね、とまことが小声で付け足した。

くるりと振り返りまことと同じく校庭のほうを向く。

同じ本好きのよしみで少しだけ心を許してやろう、そう思った。


「本格推理小説って、人が死んで刑事さんが出てくるやつ?」

「定義するのは色々と難しいんだよね。でも殺人が起きて謎が提示され、あとは名探偵が華麗に解決してくれるのが多いかな」


続けてまことはミステリーとミステリの違いについて語り出す。

本の話をするまことはとても楽しそうだ。

しばらくまことのミステリ講義に耳を傾ける。

自分はただ本を読んでいるだけなので、こういうふうに考察したり定義について考えたりしているのを聞くのはとても新鮮だった。


「ミステリって奥が深いんだね」

「そう、定義について議論した日にはそれこそ死体が一体二体あがるだけじゃ済まされないよ、絶対」


まことが嬉しそうに力説する。

綺麗で近寄りがたいタイプだと思ったがそうでもないらしい。

それとも本には人と人の距離を縮める力があったのか。

いずれにしても本は偉大だ。


「読んでみようかな、ミステリ」

「ぜひぜひ、おすすめ紹介するよ。今度一緒に行こうよ、本屋さん」


本屋さん、という言葉に昨日の記憶がフラッシュバックし言葉に詰まる。

話を聞いている間にすっかり忘れていた。

ライトアダルトノベルスの棚の前に立つまことの姿が目に浮かぶ。


「彩季?」


気が付いたらまことが私を見ていた。


「ああ、ごめん。ぜひ一緒に行こう」


その後程なくしてちらほらとクラスに人が集まり始めた。

私は席に戻り読書を再開し、まことは今日も転校生としてみんなに囲まれたのだった。


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