後編
リリーが前足をひらひらさせる。
「からかって悪かったよ。まさかこんなに長く騙せるとは思わなかったもんでな。でもな、エアメールじゃない上に自分のと同じ封筒と便箋、おまけに消印が町内って時点で気づけよな。バカにも程があるぞ。よく大学入れたよな」
く、悔しい……。でも何も言い返せない。
「お前も女の顔を選ぶ顔じゃないんだし、かわいい子がいいとか言うのもよせよな。不細工でも気立てのいい女はいるぞ」
飼い猫に説教されるおれの図を思い浮かべて再度絶望した。
「正体ばらしたし、もう文通は終わりな。さ、猫じゃらしで遊ぼうぜ」
リリーはうきうきした様子で腰を上げて部屋の隅に転がっていた使い込んだピンクの猫じゃらしをくわえて来た。猫、だな。受け取って毛の部分を揺らすと、いかにも猫らしく前足で叩いたり左に右に移動して楽しんでいる。と、そこに階下からの母の声が割り込んできた。
「リリー、太郎に説明終わった?」
何だと……。
「終わったよ」
当たり前のように答えるリリー。
「じゃあご飯だから太郎と一緒に降りてきて」
「ああ」
リリーはおれの顔を見て、顎を振った。ね、猫に顎で指示された……。屈辱的だが不思議とおれたちの関係に合っている気がする。おれはリリーに従ってドアを開き、リリーの後を歩いた。階段を一段一段降りながらリリーは訊いた。
「大学ではちゃんと勉強してるか?」
「う……」
言葉に詰まるおれ。
「留年すんなよ」
「わかってるよ」
「友達はオタクばっかりか? まさかうちに来る連中だけが友達なんじゃないだろうな」
「いや、うちに来るオタクのみがおれの友達……」
「イケメンの友達も作らないと彼女はできんぞ」
余計なお世話だ。リリーは一段一段降りるごとにおれに説教をする。
「お前、何でこんなにおれに構うんだよ。馬鹿にしやがって」
おれがふと怒りを漏らすと、リリーはきょとんとした顔で立ち止まって振り返り、潰れたみたいな顔を真顔にして答えた。
「お前のことが好きだからに決まってるだろ」
おれは黙った。リリー、お前って奴は……。何か感動的な台詞を言おうと頭を捻るおれを置いて一階に着いたリリーは、一目散に駆けて自分の餌の前に行く。そして、叫んだ。
「でもお前より飯のほうが好きだけどな!」
そのまま餌にかぶりつく。子猫のリリーを拾った小学生のころを思い出していたおれはずっこけて、そうですか、とつぶやいたのだった。
《了》
眠れぬ夜に急に思いついたので書いてみた。
2013.7.2.酒田青枝