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NO TITLE  作者: 六花
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[01]

私には、悩みなんてなかった。悩む必要なんてなかった。いつも適当にへらへら笑って過ごして、何かに心を傾けることもなく、ふわふわと生きていた。適当に、投げやりに、何に対しても真剣にならずに生活してるから、正直ストレスなんて感じたことない。


一言で言えば、最近はやりの『真面目系クズ』ってやつだと思う。一見すると真面目そうに見えて、主体性ゼロ。言われたことだけやって、言われたこと以外はほぼやらない。


それに加えて私は、基本的に人の話なんて聞いちゃいないし協調性のかけらもない。仕事もプライベートも手抜きをさせたら天下一品。嫌いな言葉は「努力」「忍耐」「根性」。


そんな真面目系クズの私だから、友達は数人。片手で足りる。家族とは数年連絡を取っていない。彼氏はもう、三年半いない。


でも別にいい。割りとどうでもいい。面倒なことをするくらいなら、一人で適当に生活したい。一人、最高。




-




その日は何ら特別な日ではなかった。特別な日ではなかったが、特別なことが起きた。それは決していい意味での『特別』ではなく、正直困ったことになっている。


目の前には、まるで中世ヨーロッパのような装いをした男性が三人。その中の一人は随分重そうな鎧を着た騎士のような人だ。残りの二人は、私の勝手な偏見からすると王子と文官と言った装いで、きっと仮装か何かだと思う。


仮装は別にいいと思う。個人の趣味に口を出す気はさらさらないし、私の知らないところで勝手にやって勝手に楽しめばいいと思う。問題があるとすれば、私がなぜそんな個人の趣味の場に迷い込んでしまったのか分からないことと、その仮装している方々が総じて日本人ではない、と言うことだ。更に言うなら、この人たちが随分流暢な日本語をしゃべっていることも、問題の一つだろう。


そんないくつかの疑問や問題点は、すぐに解決された。私は全く納得行っていないが、どうやらそれが答えらしい。簡単に言えば、ここは異世界であり、私は彼らによってこの世界へと喚ばれたそうだ。


異世界から召喚。本当にそんなことが可能だというなら、私は仕事中に盛大にくしゃみをかました瞬間にこの世界に喚ばれたことになる。私がくしゃみをした原因であろう噂の出処は彼らであり、私はくしゃみをした瞬間に会社の自席から姿を消したということだろうか。


アホかと。もうアホかと。そんなアホなことが現代日本で起きてたまるか。私はどうやらクズすぎて仕事中に眠りにつくという境地へと達してしまったようだ。清々しいほどのクズだ。人生楽しい。


彼らの答えが召喚。私の答えが夢。それでいい。白黒つけるのは面倒だし、さすがに仕事中の居眠りはまずいので、誰かが注意して起こしてくれるはずだ。それまで適当にやりすごそう。彼らがああでもないこうでもないと話しているのを右から左状態で聞き流し、あたりを見回す。


どうやらここは神殿のような場所らしく、すべてが大理石のような白くつややかな石で作られており、そこに座り込む私のお尻はひんやりと冷えている。こんなところ来たことも見たこともないのに夢に出るなんて、私の妄想力もたいしたものだ。


ぼんやりとそう思いながら視線を巡らせていると、妙に不機嫌そうな王子風の男と目があった。


「まさか、言葉が通じないのか?」いえ、通じております。と言おうと口を開いたら、また盛大にくしゃみがでた。「ぶぇくしゅ」ここは寒すぎる。


ずずーっと鼻水をすすりながら二の腕をさすると、騎士風の男が無言で歩み寄って自身のマントを私の肩にそっと掛けた。暖かい。冷たいから暖かいまで随分とリアルな夢だ。随分上等な生地のそれを抱き寄せるように体に巻き付けため息をつくと、今度は文官風の男が私に歩み寄り、未だ床にぺたりと座る私の目の前に膝をついた。


そして頭を下げながら言う。「どうかこの国をお救い下さい、女神」


はあ、救う。この国を。はあ、そうですか。なんとも壮大な話だ。さすが夢。なんて思いながらも、私は分かってないのに分かりましたと答える真面目系クズの特性と本領を発揮して、無責任にも頷いた。この先のことなど、考えもせずに。




-




話を要約すると、王子風の男はまさかの皇帝陛下、文官風の男はなんとこの国の宰相閣下、騎士風の男は驚きの騎士団長で、私はこの国(名前は長かったから忘れた)の危機を救うべく異世界から喚ばれた女神。ここは城の東にある神殿の奥の『白の離宮』と呼ばれる建物で、歴代の女神専用ハウスらしい。


そしてこの国の危機というのは簡単に言えば異常気象。約200年に一度の周期で必ず来る災害のようなものらしい。この国ではその度に異世界から女神を喚ぶそうだ。異常気象ごときでとんでもねぇ話だぜ。


そこで本題。女神は一体何をすればいいのか。どうすれば異常気象から国を救えるのか。それについては私も本当に驚いたんだけど、なんと、いるだけでいいらしい。存在するだけで、女神パワー炸裂。召喚で現れた女神なら、別に狸の置物だっていいってことだ。人型の女性以外が現れたことはないらしいけど。


女神はこの『白の離宮』で大事に大事に囲われて、生涯を終える。たかが異常気象ごときに、とんでもねぇ話だぜ。自分の妄想力に震え上がりそう。恐らく私の楽して適当に生きたいという自堕落的なニート願望によるものだろう。


そんなこんなで、私は今随分ときらびやかな一室でくつろいでいる。


その部屋の入口の扉の前には、先ほどの騎士風の男改め、騎士団長さん。名前は聞いたけど忘れた。ひどく無口無表情で何も言わないけど、多分この人は私のことが嫌いだ。面倒なことは全力で避けたい真面目系クズだから、何となくそういうのは分かるんだ。理由は知らん。出会ったばかりだから。


けれど残念なことにこの騎士団長さんは私の専属護衛らしく、どこに行くにもひっついてくる。皇帝陛下も宰相閣下も彼以外適任はいないと突っぱねるし、私は危険回避のために単独行動は許されていないらしく、この『白の離宮』で侍女さん数名と騎士団長との殺伐とした共同生活を強いられている。


まさかの男性一名女性数名のハーレム状態。何か間違いがあったらどうすんだよ、とか、女性騎士とかいないのか、とか思ったが、よく考えたらこの無口無表情の堅物。間違いが起きようがない。侍女さんも皆彼に怯えてる。それを思うと、この騎士団長さんは間違いなく『適任』だ。


けれど騎士団長には他にも仕事があるのでは、と思っていたら、そんな私の疑問に気付いたらしい宰相閣下が教えてくれた。騎士団長さんはもう騎士団長ではなく、女神付きの白騎士(笑)にジョブチェンジしたらしく、すでに他に騎士団長さんがいるそうだ。


と言うことは、私はもう彼のことを騎士団長さんとは呼べない。名前は教えてもらって三歩歩いたら忘れたクズなので、なんと呼べばいいのか分からない。呼ばなくてもいるから、まず呼ばないけど。




-




なんて過ごしてるうちに、一週間が経った。そんな長い夢のなかで、私は頭を抱えていた。


生まれてこの方悩みなんてなかった。ストレスなんて感じたことなかった。何事も適当に、手を抜いて、楽観的に生きていた。その私が。この私が、夜眠れず、食事も喉を通らず、常にいらいらと神経質になり、精神的にも肉体的にも弱っている。もうへろへろのボロボロだ。


今は夜。部屋の中は真っ暗で、防音室に打ち込まれたんじゃないかってくらい、静か。この世界には、月がない。星はちらほら見えるが、残念ながら暗闇を照らすほどの明るさはない。暗すぎて、静かすぎて、頭がおかしくなりそう。


何度も何度も寝返りを打って、何度も何度もため息を付いて、そうして朝を迎える。今日もまた、眠れなかった。


地球の、日本の、東京は、夜でも明るかった。音に満ちていた。そりゃ眠るとき、遮光カーテンを閉めて電気を消していたけど、真っ暗ではなかった。真っ暗だと思っていたけど、この世界の夜に比べたら全然真っ暗じゃなかった。音だって、この世界では虫の鳴き声ひとつしない。昼間はするのに。


最初の夜、あまりの暗さと静かさに自分の視力と聴力が馬鹿になったのかと思って、思わず声を上げた。自分の控えめな悲鳴が聞こえた。私の声を聞いて飛び込んできた騎士団長……白騎士さんが扉を開けた音も彼の足音も聞こえた。もう何がなんだか分からなくて、結局その夜からずっと眠れていない。


眠れていないから、食欲が無い。まともに睡眠も食事も取れてないから、いらいらする。私の図太かったはずの神経は、どこへ行ってしまったんだろう。

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