マスター
登場人物
阿久根 雄太:本編主人公。バイトに明け暮れる、将来不安な23歳。
謎の少女(304号):雄太が高校生の時、コクって振られた相手に激似の少女。
あと少しでも遅かったら、二人は建物の倒壊に巻き込まれていただろう。
雄太は少女に聞いてみた。
「何故君は、あの状況で逃げなかったんだ」
少女は小さく震えている。
まるで人の手の中に居る小動物のように。
(この子、おびえているのか?)
「ごめん。今、怖い目に合ったばかりなのに。
とりあえず、ここはまだ危ない。
下まで降りるよ」
雄太は少女を連れてアパートの近くまで降りて来た。
電灯の明かりの下で見ると、二人共ひどい格好だった。
「僕の家がすぐ側にあるんだ。行ってもいいかな?」
少女は始めから全く雄太と目を合わそうとしないし、
問いには肯定も否定もしてくれない。
あまりの恐怖に自我を失っているのだろうか?
部屋に上げた少女は突っ立ったままだった。
「身体を拭くから、そこに適当に座って」
雄太がお湯を含ませたタオルを持って来ても少女に動きは無い。
洋館の庭で空を見つめてた時と同じだ。
「まさか、言葉がわからないの?」
「僕は、雄太っていうんだけど君の名は?」
「304号」
少女がしゃべった。
「さんまるよんごう?変わった名前だね」
少女は初めて雄太の方を向いた。
「私の名を呼ぶ、あなたは私のマスターか?」
少女はおかしな事を言い始めた。
(きっと記憶が混乱しているだけなんだろう)
雄太は今はとりあえず少女の言うとおりにしようと思って
「解ったよ。僕の言う事を聞いてくれるならマスターでも何でもなるよ。
だから君の足の裏を見せて」
「解りました。マスター」
ここまで裸足で歩いてきた少女の足の裏は血まみれだった。
雄太がタオルで足の裏を拭くと、さすがに痛むのか少女の顔は
苦痛に歪んだ。
「良かった。君にも感情は有るんだね。
何が合っても無表情なのかと思って心配したよ」
「感情は理解出来る。だが意識して実践した事は無い」
(どうもこの娘とは会話が噛み合ないな)
「君のご家族に連絡したいから、電話番号とか教えてくれないかな?」
「私には兄弟は居たが家族は居ない。博士からは最も優秀な者だけに
家族が与えられると聞いていた」
そう言い終わると、突然少女の表情は強張った。
「私は落伍者。廃棄される物。
何故生きている。あそこで死ぬべきだった」
そして頭を抱えてガタガタと震え出した。
そんな少女を見て雄太には、もうどうしていいのか解らなくなっていた。
その時、ふいに携帯が鳴り出した。