出会い、始まり
登場人物
阿久根 雄太:本編主人公。バイトに明け暮れる、将来不安な23歳。
園部:雄太が高校時代に片想いだった少女。
森枝 綾子:雄太が住むアパートの大家の娘。アラサー。若い頃結婚したが出戻ってきたらしい。
マロン:綾子の飼い猫。
謎の少女:雄太が高校生の時、コクって振られた相手に激似の少女。
真っ白な空間。
その真ん中に座ってうつむいた少女が見える。
雄太はゆっくりと少女に近づく。
「なぜ、私を助けてくれなかったの?」
目の前の少女はうつむいたままふいに雄太に問いかけてきた。
少女は雄太が高校時代、想いを寄せた彼女。
その恋は、雄太の一方的な片想いだった。
「園部、どうしたんだ?お前らしくも無い」
雄太は戸惑いながらも、彼女に近づく。
「・・・雄太の馬鹿」
雄太の方を向いた彼女の目は涙で一杯だった。
雄太が、はっと思った瞬間、目が覚めた。
「夢か・・・」
(こんな妄想するなんて、まだあいつの事を忘れられてないのかな?)
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コンコン
朝早く、誰かが窓を叩く音がする。
「雄太くん、起きてるー?」
雄太が眠い目を擦りながら窓を開けると、外に女の人が立っていた。
「あ、綾子さん。おはようございます」
綾子は雄太が住んでいるアパートの大家さんの娘で、出戻りのアラサー。
美人で明るいが、雄太にはお色気攻撃を仕掛けて来る手強い相手だ。
「あれ?雄太くん目が真っ赤だよ。夕べ何かあったのかな?
ひょっとして夕べは涙で枕を濡らしたとかかな?」
「いえ、そんなんじゃありません」
「うふっ、若いね、青春してるね〜。
良かったら、お姉さんが慰めてあげよっか?」
「いえ、結構です」
「え〜、雄太くん、つれない〜」
「もう、朝っぱらから何を言ってるんですか」
「ああそうだ。
雄太く〜ん、今日ヒマ?。お姉さん、頼みが有るんだけど」
「変な頼みじゃ無いですよね?」
一応、雄太は警戒してみる。
「何よ、その変な頼みって?
まあいいわ。
うちのマロンがね、昨日から居なくなっちゃったの。
雄太くん、探してくれないかな?」
マロンというのは、このお姉さんが飼っている猫の名前。
「また、ですか?」
(この猫、最近一週間に一度は家出して探しに行かされてる気がするなあ)
雄太も、お世話になっている大家さん家の娘さんの頼みとあっては断れない。
「了解〜っす」
「見つけてくれたら、今夜、たっぷりお礼しちゃうから♡」
「それは、結構です」
今日は午後からバイトなので、午前中は空いている。
阿久根 雄太 23歳。
就職して半年で勤めていた会社が潰れる。
再就職しようとして受けた会社にはことごとく断られる。
それ以来バイトで食いつなぐ毎日。
何をやっても上手く行かない。
不運を一身に背負った人生。
やっとバイト先で仲良くなった彼女に告白するも、
見事に断られたのが昨日。
(猫探しも気晴らしには丁度いいかもな)
「マロンー」
雄太は散歩がてら近所を探す。
ニャー
少し歩くと近くでマロンの鳴き声がする。
「見つけた。マロンちゃんじっとしててよ」
雄太が近づくと、マロンは小高い丘の方に逃げて行く。
「頼むから動かないで」
願いも虚しく、近づけばまた逃げて行く。
(至福の猫缶が無いとダメなのか?
綾子さん、マロンを甘やかせ過ぎなんだよな)
ニャー
鳴き声はする。
その声を頼りに、雄太はどんどん草むらの中の丘を登っていく。
どれだけ登っただろう。
草むらを抜けて開けた場所に出た。
そこには古びた大きな洋館が建っていた。
「こんな場所があったなんて」
そこは雄太自身、初めて来る場所だった。
洋館は四方をフェンスで囲まれている。
フェンスの手前で雄太はやっとマロンを捕まえる事が出来た。
「マロン、面倒かけさせやがって」
ニャー
ふと建物の方を見ると金網のフェンスの中のすぐ近くに少女が一人立っていた。
少女の足は何故か裸足、着ている無地のグレーの服はまるで囚人のようだった。
ちょっと見ただけでも異様な雰囲気。
少女の虚ろな目は遠くの空を見ている。
雄太は、その少女を見て思わず息を飲んだ。
なぜなら、その少女の顔に見覚えが有ったからだ。
「園部、なのか?」
雄太は口からとっさに言葉が出たが、すぐに口をつぐんだ。
(いや違う、ちょっと若過ぎるな)
目の前の少女は見るからに中学生くらいの雰囲気。
雄太の知っている少女は彼の同級生、今、目の前に居る少女とは年齢が合わない。
資産家のお嬢様で、雄太が昔、コクって小っ酷く振られた事がある。
(人違いか)
背もあの時の彼女より少し低いようだ。
(でも、顔は学生時代の彼女にそっくりだな。
あいつの僕への口癖は『身の程を知りなさい!』だったな。
何度言われた事か。
でも、あの時のあいつは、何かある度に僕の事頼りするんだもんな。
こっちが勘違いするのも無理ないよな)
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園部玲子・・・
雄太が彼女と初めて話したのは、高校の入学式の後の下校の時だった。
帰り道、橋の途中で河原で独りたたずむ少女が見えた。
「あっ、あの子」
すらりとした容姿、風になびく長い黒髪。
一度見たら忘れられなくなるような相当な美少女。
雄太は足を止め思わず見入っていた。
雄太はその少女の顔を知っていた。
数時間前、入学生代表で壇上で挨拶した女子高生。
代表になるくらいだから中学生の時は相当の優等生だったのだろう。
橋の上から見た彼女は今見たフェンスの中の少女と同じように、虚ろな目で遠くの空を見ていた。
その時、少女の頬を涙が伝うのを見た雄太は、不用意にも堤防を駆け下り彼女に声を掛けていた。
「さっきの代表挨拶、かっこ良かったよ」
急に横に現れた見知らぬ男に、彼女は戸惑った様子だった。
「え、あなた何?」
我に返った彼女は涙を隠そうとしたいのか、袖で頬を拭う動作をした。
「僕は君と同じ高校の入学生だよ。たしかクラスも同じだったね」
「僕は西中出身で阿久根雄太って言うんだ、君は?」
そう言うと彼女は、急に不機嫌な表情になり、
「私、あなたの事なんて覚えていないわ」
「ひょっとして、あなた何?、今の私の事見てたの?」
彼女は雄太をジロリと睨む。
「ああ怖い。入学式当日からストーカーかしら」
「僕はただ通りかかっただけで」
「苦しい言い訳ね。身の程を知りなさい!」
そのまま彼女は、プイッと行ってしまった。
(『身の程を知りなさい!』?。なんなんだ。可愛いからって、なんて自意識過剰な女だろう)
園部との出会いは最悪だった。
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(あいつ、今、どうして居るんだろう?)
声をかけたのに、フェンスの中の少女は雄太の事にまったく気付かない様子だった。
雄太は何かモヤモヤとした感じがしたが、マロンを抱いてその場を後にした。
(あの女の子、何者なんだろう?)