表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/9

真実

 それは、ナインが真実を知るその前日。


 その日、ナインは深夜にエデンへと戻って来た。


「……よお、ブラン」

「どうしたんだナイン。こんな夜更けに呼び出しやがって」

「悪い。今、帰って来たんだ」

「本当か!? どんだけ頑張ってるんだよ、お前。そんなに気にするなよ?」


 テレパシーでブランを呼び出したナインは、驚きと同時に呆れて苦笑を浮かべる彼に、疲れた笑みを浮かべる。


「で、どうした? 何があったんだ?」

「……解るか。解っちまうか?」


 疲れた顔のナインに、ブランは尋ねた。

 そして、胸を張るようにして言う。


「お前の下手な演技なら、誰にでも解るぞ」

「……演技っていうか、隠してたんだけどな」


 心配してくれるブランに心の中で感謝しつつ、ナインは小振りのナイフを取り出した。

 ナインは自らの左手人差し指に刃を押し付け、横に引いた。指から血がぷくりと出る。


「なっ、何やってんだ!」


 慌てて薬草を渡してくるブランに、ナインは静かに首を振る。

 気が狂った訳じゃない、と。


「この傷は薬草じゃ治らない。ポーションでもな。そいつで回復するのは、あくまでHPだ」


 溢れる血を舐め、ナインは顔をしかめる。

 口の中に広がるのは、鉄の味。


「この鉄臭い血の味も痛みも、現実と何も変わらない」

「あっ、ああ……」


 ナインは右手人差し指、左手小指に魔力を注ぎ、とある魔法を発動させた。

 瞬間、ナインの傷口が蛍火に似た光を纏う。数秒程経つとその光は蛍のように散って行った。

 ナインの左指の傷は、跡形も無く消えていた。


「俺は、魔法使いだ。お前にも秘密にしていたが、俺は[治癒魔法]が使える。こいつは、HPじゃなく、怪我を治す魔法だ」


 それはナインが今までブランに見せていた、手品と似たような技ではなく、奇跡の業——魔法のよう。


「俺はこの世界を、完璧なヴァーチャルリアルのゲームだと思っていた。だけど最近、それは違うんじゃないかと思って来た」

「ナイン……」


 ナインは焦ったように、困ったように、悩むように頭を掻きむしる。


「俺が今まで殺して来た魔物は、皆、確かに生きていた。刺せば血が流れ、殺される時に叫びを上げた。俺は生きるために仕方なく、奴らを殺して来たが、……俺はもう、この世界をゲームだとは思っていない」 

「ならここは、異世界か?」

「……かもしれないな。俺も、似たような事は考えた」


 俺はもっと酷い結末を考えたが、とナインは語らなかった。


「だがどちらにしろ、洞窟を攻略すれば、俺達は解放される。違うか? ここが仮想だろうと現実だろうと、異世界だろうとそれは変わらない。俺達は元の世界に帰る、そうだろ?」

「……ああ、そうだな」


 ナインは笑みを浮かべ、頷いた。

 だが、この事だけは、言っておきたかった。


「なあブラン。……もしも、だ」


 ナインは神妙な面持ちで、その言葉を口にした。



「もしも、この世界で子供が生まれたら——」



 そう口にしたナインだったが、けれど先が続かない。

 子供が生まれた時、人はどうするのか。これがよく出来たゲームだと言って、無下に扱うのか。これを現実だと捉えて、だとすればどうするのか。

 《Garden》から解放された時、その子は一体どうなるのか。

 唇を噛み締め、ナインは必死に何かを考えているようであった。


「……悪い。今の話は、忘れてくれ。こんな時間に呼び出して悪かった。おやすみ」


 結局、ナインは笑顔でその話を誤摩化し、踵を返す。

 去り行くナインに、ブランは呟いた。

 それくらい、わかっていると。


「わかってるぞ、ナイン。……そうなった時、俺達はこの世界をどう捉えるのか、それが問題だと言いたいんだな?」


 ナインは返事も振り返りもせず、一切の解答を見せなかった。

 ただ、ナインはさらに別の問題も抱えていたのを、ブランは気付けなかった。

 

 

☆☆☆



「マスター、どうしてですか? 私はあなたの召還獣、あなたの剣となり、盾となります。その私を庇うなど、何を考えているんです?」


 それは、洞窟の深層攻略中の出来事だった。

 体長三メートル程の赤いドラゴン、レッドドラゴンと戦う事になったナイン達。

 レベルが上がり、特に苦戦する事も無く戦っていたのだが、逆に油断し、アイが尾の攻撃を受けそうになった。

 その時だ。

 ナインがその攻撃を代わりに受けた。アイはその隙にレッドドラゴンを倒したのだが、ナインは見事に吹っ飛ばされ、危うく死にかけた。

 それをアイは批難していた。

 淡々と、しかし明確に批難するアイに、ナインは頬をかきながら、照れくさそうに答える。


「いや、だって、攻撃ってくらうと痛いんだぞ?」


 HPはあくまで緩衝剤。衝撃を完全に無くす事は出来ないのだ。

 特に打撃系の攻撃で、武器を伝った衝撃は全く緩和されない。


「ですが、私はアンドロイド。傷など関係ありま——ひゃっ」


 そういうアイに、うむとナインは考え込み、一瞬の早業でその耳たぶを掴んだ。

 瞬間、小さく悲鳴を上げるアイ。


「なにが関係ないだ。大有りじゃないか」

「み、耳は反則です」


 くくくと笑うナインに、アイは無言の抗議の視線を向けた。

 完璧なアンドロイドかと、ナインは思った。


「まあ、気にすんな。俺だって死ぬつもりは無い。俺の自己満足さ。なんなら、俺の事をドMとでも思ってれば良いさ」


 そう言って、ナインはアイより一足先に洞窟の奥へと進んだ。

 その最中、ぽつりと呟く。


「……やっぱり、な」


 ちらりとアイを一瞥したナインの目は、算出眼(ステータスアイ)

 彼には、視えていた。



☆☆☆




「……どうしているんだ」

「……私の勝手です」


 自分の部屋のベッドに横になったナインだが、慣れない感覚に遂に耐えきれなくなり、そう声を漏らした。

 アイがベッドに腰を下ろし、じっとナインを見つめていた。


「お前は俺の召還……獣、なんだよな?」

「はい」


 淡々と答えるアイ。ナインは起き上がり、アイを見つめた。

 白い肌と対照的な漆黒のマントに身を包んだ、ほっそりとした少女。

 自らをAI、完璧なアンドロイドだと語る少女。


 一日に一度召還すれば、勝手気ままに居残り続けたり、消えたりする召還獣。

 どこであろうと魔法を使えば、元々そこにいたかのように現れる、消えたと思えば消えていない、神出鬼没な一人の少女。


 ナインはアイの黒い瞳を見つめながら、そっと近づいた。


「…………」

「……なん、ですか?」


 肩と肩が触れ合う距離になる二人。

 ナインが近づいた事で、表情には出さないが、アイの言葉にわずかな戸惑いが混じる。

 ナインはその問いに、答えなかった。


 言葉で答えず、そっと抱きかかえる事で答えた。


「…………」

「…………な、なん、ですか」


 ぱちりと目を見開き、アイは少し振り返り、ナインの顔を覗き込んだ。

 今度は言葉だけでなく、わずかだが表情にも戸惑いを見せるアイに、ナインは答えた。


「あったかいな、お前の肌。それに柔らかい」

「…………。私は、完璧なアンドロイドですから」


 ふて腐れたように顔を戻すアイ。構わず、ナインは話す。


「俺はお前が温かい事が解る。お前は、俺の温かさを感じられるか?」

「……はい」


 そっか、とナインは頷き、もう一度その温もりを確かめ合うように抱きしめた。

 完璧な仮想現実、完璧なアンドロイドだからだろうか。

 アイの髪からは甘い香りがし、その白い肌は熱を帯びている。

 ナインの呼吸がくすぐったいのか、時折ぴくりと身体を震わせるアイ。


「俺には、この温もりが仮想だなんて思えない。俺に取って、この世界は現実なんだ」

「…………」


 何も答えないアイをぎゅっと抱擁し、ナインは語る。

 抱きしめられた事で、アイのボディーが更に熱を帯びて行くのに気付かず。


「俺に取っては、もうこの世界が仮想だろうが現実だろうが、異世界だろうとそんなのは関係ないんだ。ただ、皆が笑っていてくれれば、それでいい。……だけど、皆は違う。皆にとって、この世界は偽りに過ぎない。俺と違って、現実に大切な人がいるから、帰りたい場所があるからな」


 ナインは笑う。

 もしもナインが弱虫であれば、きっと彼は泣いていただろう。

 それくらい、自嘲気味な笑みだった。


「俺は、皆をこの世界から解放してやりたい。それが最良だと思っている。だから、協力してくれ、アイ」

「……私は、あなたの召還獣です。マスターの命令には、逆らいません」


 忠誠を誓うように頭を垂れるアイ。

 ナインはきつく、だけど痛くないよう優しさを持って、その少女を抱きしめた。

 とくとくと、二人は胸の辺りでお互いの鼓動を感じていた。


「ごめん、アイ。俺は、お前をアンドロイドとしても、召還獣としても見れない。……俺はダメなマスターだ」


 ナインの目に映るのは、アイの銀髪と、算出眼によって見えるようになった情報。

 


 [name] アイ

 [level] 56

 [HP] 6800/6800

 [攻撃] 900

 [防御] 760

 [敏捷] 1200


 [種族] 人間



 自らをAI、完璧なアンドロイドと語る、一人の少女。

 ナインは知らない。

 その少女が頬をほんのわずかだが、しかし確実に朱に染め、恥ずかしげに俯いていた事に。



☆☆☆



 何層からもなる洞窟、その最深部であった。

 そこは分かれ道がたくさんあり、その先は小部屋程度の空間がある。ミーナがいたのは、その小部屋とは違い、小さな体育館程の空間、いかにも最深部、ラスボス戦がありそうな場所であった。


「一週間……ですか。驚きました。まさかこんなに早く、ここまで来る人がいるとは思いませんでした」


 無表情に近い微笑を浮かべ、ミーナはナインの前に立っていた。

 首筋まである蒼色の髪をなびかせて。


「……どうしてかな。こうなる気はしていた」

「でしょうね。私もです」


 ほんの少しだけ恥ずかしげに頬をかくナイン。

 雪のような白い肌に、幼さを残した大人の顔立ちは変わらないが、ミーナの印象は、テスト前に会った時と驚く程変わっている。


「この場合、俺は再会を喜べば良いのか? それとも、嘆けば良いのかな……」


 ミーナの立ち位置はまるでラスボスだ、と呟くナイン。

 それは嫌だな、という雰囲気が駄々漏れであった。


「私は嬉しいですよ。私の決断が合っていた事をあなたは証明してくれました」


 どこかで見た事がある、黒いマントに身を包んだ、神秘的な雰囲気のミーナ。

 ナインには何故だか、彼女にはこの異質な姿の方が似合って見えた。


「そっか。なら、久し振り、ミーナ」


 にこりと笑ったナインに、ミーナも微笑みを返す。

 そして。


「では、再会の挨拶に」

「っと!」


 ミーナの言葉と共に、空を切り裂く音が聞こえた。

 バックステップでミーナと距離を取ったナイン。瞬間、金属が激しくぶつかり合う音が響いた。ナインの前にアイが現れ、鎌を振るっていたのだ。

 ぶつかり合ったのは、鎌。

 ミーナの手に握られていたのは、巨大な鎌であった。


「マスター、彼女……は……」


 一度ナインの安否を確認してからミーナの容姿を視界に捉え、アイは驚きを露にした。

 常に無表情の彼女に珍しく、目を見開き、口がぽかりと開いた。鎌を強く握っていた手からも、力が抜けている。

 今まで一度も見た事の無いアイの姿だが、それよりもナインが驚いたのは。


「あの男っ! まさか私まで!!」


 アイの姿を見たミーナが、その鎌を落とし、驚愕と同時に嫌悪の表情を浮かべた事だった。


「み、ミーナ?」

「ど、どういう事ですか、マスター。何故、私は……」


 アイの言葉は続かなかった。けれどナインは、アイの言いたい事を理解していた。

 ミーナとアイは、あまりにも似すぎていた。

 セミショートの髪の色は違えど、その長さは等しい。

 アイは、ミーナの生まれ変わりと言っても過言ではないくらい、その顔立ちやら雰囲気、何もかもが酷似していた。

 唯一の違いは、年齢とそれが纏う雰囲気だろう。

 一度息を吐き、頭を下げるミーナ。


「……すみません。少し、取り乱しました。少し、彼女と二人で話させてくれませんか?」


 ミーナの言葉に、ナインはアイを一瞥し、目だけで尋ねる。

 ほとんど突然攻撃されたので、すこしばかり警戒してだ。

 けれど。


「マスター。私からも、お願いしてもよろしいでしょうか?」


 普段は常にナインの意思に従うアイが、これまた珍しく、自分の意志を見せた。

 ナインは少し驚きつつも頷く。

 

「ああ。じゃ、俺は少しそこらをぶらついてくる」

「道に迷わないよう。あと、何かあれば大声で叫んでください。すぐにでも助けに行きます」

「子供扱いするなよ。俺だって結構強くなったんだ。そんな無様な真似はしない」


 ふん、と鼻息を荒くし、ナインは少しばかり周りを探索しに行った。




 探索を始めたナインが見つけたのは、洞窟とは思えない程、凹凸の無い壁の小部屋だった。アイロンでもかけられたかのように、綺麗に真四角となっている。小部屋にあったのは、見た事も無い計器類、そして大量のモニター。

 電源が切られているのか、そのどれもが光を失っていた。


「……なんだここ?」


 勝手に触っていいものかどうか迷うナインだが、ひとまず放置し、奥へと進む。

 どうやらこの階層には魔物は存在しないようで、ナインは気楽な気持ちで探索を続けた。

 ナインは知らない。

 自分が確実に、真実へと近づいているのに。


 一通り探索し、ナインはミーナと再会したフロアに戻って来た。そして、さらに先がある事に気付く。アイとミーナの姿が見えないので、ナインはその奥へと進んだ。

 頭の隅では、これで洞窟が攻略されたのかと疑問に思いながら。

 一度大きな曲がり角があり、そこを曲がると、明るい光が差し込んできていた。


「で、出口、なのか?」

 

 ナインは驚いたが、すぐに光の方へと進んだ。

 何も考えず、ただそこへ。

 洞窟を攻略したと言う興奮に身を任せて。それを喜んでくれるであろう人の笑顔を思い浮かべて。

 そして。





「……な、んだよ、これ」





 それを見て浮かべられたのは、引きつった笑いのみ。

 そこから見えた景色が、ナインに真実を語った。


「知りましたか。これが……真実です」


 後ろからミーナの声がするが、けれどナインは振り返れない。

 その真実が、あまりにも衝撃的で。

 ナインは何も言えず、知ってしまった真実の重さに耐えきれず崩れ落ちた。


「……マスター」


 アイがそっと手を差し出すが、けれどナインはその手を握れなかった。

 特に、真実を知った今となっては、その手は簡単に握れない。

 アイに対して、一つの疑念が生じていた。


「悪い……。ちょっと、一人にしてくれないか」

「……はい」


 アイは逡巡したが、マスターであるナインの意思を尊重し、頷き姿を消した。

 その場に残ったのは、項垂れたナインと静かに佇むミーナだけ。

 一人にしてくれとは言ったが、けれどまだミーナとちゃんと話をしていないとナインは気付く。

 そして、恐る恐る尋ねた。


「通信で、男は言った。『洞窟を攻略しろ。そうすれば、この《Garden》から解放される』と。……それは、こういう意味だったのか?」

「ええ。もっとも、彼はこの真実を自ら語るつもりは無かったようですが」

「…………」


 しばし沈黙し、ナインは地の底から言葉を絞り出す。


「……あんたは、知っていたのか? この《Garden》の真実を、最初から」

「はい」


 ミーナがそう答えた瞬間、ナインの身体が一瞬ぶるりと震えた。

 それは、怒りに身を震わせているようで、拳が握られていた。

 だが。


「……そっか。ありがとう」


 ナインの口から出たのは、感謝の言葉。

 その言葉に、ミーナは驚きを隠せずに思わず、神秘さを醸し出す水色の瞳を大きく見開き、口元を手で覆っていた。


「……驚きました。私はてっきり罵倒されるものだと。『知っていたのなら、どうして止めなかった』と。それは正論で、私は反論出来ませんから」


 そういうミーナに、ナインは笑ってみせる。


「本当は止めたかったんだろ? だけど出来なかった。違うか?」

「……お見通し、ですか」

「だから俺に、魔法を与えた」

「……ええ」


 最後に、ナインは尋ねた。





「ここは異世界か?」





 ミーナは答えなかった。

 答えられなかった。

 


ちょくちょくあらすじを変えてすみません。

これで一つの区切りでしょうか。次話は時系列が飛びます。


感想・指摘・批評などを頂けると嬉しいです。


忙しいため、次回更新予定12/3。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ