出会いと再会
その魔法が発動すると同時に、銀色の光を放つ円陣がナインの前に現れた。
立ち上る光の眩しさに、思わず目を覆うナイン。オークの動きも止まる。
そして。
[召還魔法]は成功した。
「初めまして、マスター。私はAI、artificial intelligence、人工知能を持った、完璧なアンドロイドです。この身が朽ち果てるまで、あなたに忠誠を誓いましょう」
白銀の光に包まれ、黒衣に身を包んだ少女が現れた。
肩には届かない程度の長さの銀髪が、風もないのに揺れた。少女が身を包む漆黒のマントと対照的な、白磁のように滑らかな白い肌。
人形のように完成された顔立ちで、形の整った薄桃色の唇がどことなく幼さを感じさせた。
戦闘中だという事を忘れ、ナインは少女に見蕩れてしまった。
未だにわずかばかりの銀の光を放つ円陣が、少女を輝かせ、その神秘性を高める。
少女の容姿に魅せられ、彼女の言葉を聞いていなかったナインは思う。
彼女は本当に人間なのだろうか。だとすれば、それは天使か妖精の生まれ変わりなのではないか、と。
「ブァアアアア!」
その思考を停止させるように、唸り声を上げオークが突っ込んで来た。
その様子を静観し、少女は尋ねた。
「あれを倒せばいいのですね」
「あ、ああ」
頷くナイン。それを確認した後、少女はオークと対峙した。
その時点で既にナインは、オークが少女に決して敵わないと本能で悟っていた。
言うならば、格が違いすぎると。
少女の手に、巨大な鎌が現れる。
鎌。
鋭い銀色の光を放つ刃を持った、少女が持つには大きすぎる、人を刈り取らんばかりの巨大な鎌だ。見る者に死と畏怖を覚えさせる、凶刃な凶器。
ナインの脳裏に、一瞬であるイメージが植え付けられる。
巨大な鎌に、幽霊のような黒マント。
少女はまるで、死神のようだった。
それからは、一瞬だった。
不意に、オークが崩れ落ちた。
いつ、少女が攻撃したのか、ナインには捉える事が出来なかった。
「っ……」
自分で召還しておいて、少女のあまりの強さにナインは冷や汗を流していた。
オークが動かなくなるのを見届け、少女はナインへと振り返った。
ナインがアイテムボックスに道具を格納するように、鎌は音も無く消えていた。
「どうかなさいましたか、マスター」
小首を傾げ、その銀髪をかきあげる少女に、どきりとしてしまうナイン。
けれどそれと同時に、ナインは気付く。一度高揚したためだろうか、酷く冷静に頭が働いた。
気付きたくなかった、とでも言いたげに、ナインは唇を噛み締めた。
少女は、機械仕掛けであるかのように、人形のように無表情であった。
「改めて。私はAI、人工知能を持った完璧なアンドロイドです。あなたの召還獣です」
「なら……アイって呼ばせてもらおう。よろしく」
そう言って手を差し出すナイン。その手を無表情で見つめるアイ。
何をしているのか解らない、といった雰囲気であった。
「ほら、握手。これから二人で協力し合って、この世界を生き抜くんだ」
「……私とマスターは主従関係です。協力ではなく、マスターが私を一方的に利用する関係です。握手は対等な立場の物が行う行為ですが」
「だから、対等な立場でやろうと言ってるんだ」
にこりと笑うナイン。その顔をじっと見つめるアイ。
「……嫌です」
「何故に!?」
普通にへこむナインに、アイは意図的に追い討ちをかけた。
「あなたの土で汚れた手に、触れたくありません」
その瞬間、ナインはニヤリと笑みを浮かべた。だが、何も語らない。
「……なんですか?」
その気味の悪い笑みに、アイは無表情ながら尋ねる。
なんでもないぞ、とナインは誤摩化し、答えない。
軽口を言ってくれる仲にはなれそうだと思っただけ、なんてとても言えなかった。
そして、とある人物に似ているな、とナインは感じていた。
このアイの存在が、ナインの洞窟攻略を異様に速めた。
この二人の存在は、《Garden》の完璧なイレギュラーであった。
そして、わずか一週間後、他の冒険者達がいよいよ外に出ようと言うとき、ナインは洞窟最深部へと到達した。
「一週間……ですか。驚きました。まさかこんなに早く、ここまで来る人がいるとは思いませんでした」
無表情に近い微笑を浮かべ、その人物はナインの前に立っていた。
「……どうしてかな。こうなる気はしていた」
「でしょうね。私もです」
白い肌に、幼さを帯びた顔立ちは変わらない。
けれど、それ以外は大きく変わった。
「この場合、俺は再会を喜べば良いのか? それとも、嘆けば良いのかな……」
「私は嬉しいですよ。私の決断があっていた事をあなたは証明してくれました」
セミショートの蒼い髪、黒衣の外套。
アイと良く似た……いや、この場合、アイが良く似ているのだろう。
ナインには何故だか、彼女にはこの異質な姿の方が似合って見えた。
「そっか。なら、久し振り、ミーナ」
そしてナインは、真実を知った。