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洞窟の死闘

 エデンの大通りは、前日までのにぎわいも人も無く、閑散としたものであった。

 そんな大通りにある道具屋に、ナインは顔を覗かせていた。

 カウンターには顔見知りになった人物がおり、ナインは自然と声をかけた。


「道具屋で働いてるってのは本当だったんだな、サラ」

「あっ、こんにちは……な、ナイン君」


 少しばかり照れながら、営業スマイルを浮かべる黒髪の少女、サラ。

 ブランの娘と言う彼女だが、ブランとは似ても似つかぬ可愛い少女であった。もっとも、そんな話も仮想現実であるここでは、当たり前なのかもしれなかったが。


「昨日は悪かったな。せっかくの家族水入らずの食卓だったのに」


 先日、無事に帰って来た事の祝いとして、ブランに夕食を誘われたナインは、エデンの街の地下にある住民の住居に招かれ、ブランの家族と食事をしたのだった。


「ううん、そんな事無いよ! むしろ、来てくれて助かったくらい! ……家族だけだと、暗い気分になっちゃいそうだったから」


 この世界の死が、現実の死であると知らされた初めての日。

 ナインがエデンに戻って来た頃には喧騒は静まっていたが、逆に重苦しく暗い雰囲気が漂っていた。必死に無事にログアウトする方法を探す者達がいたが、それも日暮れと共に散り、最終的には、『という夢を見た』、なんて結末を願って眠りについてたのだった。


「あっ、ごめんね! 暗い話なんかして。ただ、気にしないでって言いたかっただけだから」

「ありがとう。サラは優しいな」


 そう言って笑うナインに、ぼっと顔を真っ赤にするサラ。

 それには気付かず、ナインは販売している道具のリストを見る。



 薬草 10pt

 毒消し草 8pt

 聖水 20pt

 ポーション 60pt

 エーテル 150pt

 不死鳥の尾羽 10000pt


 

 蘇生アイテムと思しき、不死鳥の尾羽だけが桁違いであった。

 だが、そのようなアイテムが売っている、というだけでも効果はあるだろう。二ヶ月この街に滞在しているだけで、購入出来るのだ。

 ptの受け渡しも可能であり、戦いに出ない人間がptを譲ればもっと早くに購入出来るだろう。早期攻略を目指すのであれば、そちらの方が効率もいいのではないかと考えるナイン。

 けれどナインは、そんな事をするつもりは無かった。

 今日も今日とて、洞窟攻略へと行くのであった。


「ポーション五つ。あと、エーテル三つ」

「えっと、薬草の方がお買い得だけど、ポーションで良いの?」


 商売と言うよりは友達で話している感覚のサラ。

 それにナインは苦笑を浮かべつつカードを渡し、ミーナに聞かされた事を説明してみせる。


「薬草はまずいらしいから。昨日飲んだポーションは、栄養ドリンクみたいな味でごくごく飲めたから。肉体的には疲れない以上、精神的疲労はなるべく抑えたいからさ」

「ナイン君、本当に外の世界に行ったんだね……。すごいな」

「別に凄くはない。俺にしてみれば、サラの方が凄いと思うけど」

「へ?」


 思わぬ言葉に惚けるサラ。何も凄いと思われるような事はしてないと思うけど、と呟く。

 そんなサラに、ナインはぶっきらぼうに言った。


「一日ずっとここで商売やってるんだろ? 知らない相手とか、色目使って来る奴にも営業スマイル浮かべるとか、俺には無理だから。外で剣を振り回してる方がよっぽど楽だ」

「あははは、何それ!」


 笑うサラからポーションとエーテル、そしてカードを受け取ると、ナインはそれをアイテムボックスに格納。その行為は、周囲からは物体が瞬時に消えたように見えた。


「それすごいね! まさに魔法使いって感じ」

「魔法使いは魔法使いでも、これじゃあマジシャンだろ」


 サラの言葉は、魔法使いを見下す冒険者の皮肉めいた物言いとは違い、本心から感心しているようであった。

 それに対し、手品師では威厳が無い、と肩をすくめるナイン。

 回復アイテムを購入する用事が済み、ナインはカウンターから離れる。


「じゃ、俺は行ってくる。まだ事件から二日目だ。変な因縁つけて来る奴とかもいるかもしれないから、気をつけろよ」

「うん。じゃあ、気をつけてね、ナイン君。良かったら、また今夜も家に来て」


 手を振るサラに、ナインは少し照れたように、小さく手を振り返し、エデンの街を出た。




「やっと見つけた……」


 間もなく昼になるという時刻に、遂にナインは洞窟の入り口を発見した。

 エデンの街から延びる道を辿れば三十分程で簡単に付く場所だが、森の中を無意味に彷徨ったナインは二時間程で到着した。

 いや、無意味ではなかった。

 ナインのレベルは、飛躍的に上がっていた。

 全てのステータスが上昇しており、更に新しい魔法も使えるようになっていた。

 ブランからもらった最高傑作、深緑の長剣、《ジェイダイト》も驚く程手になじみ、今日は一切ダメージを受けずにここまで来ていた。

 そっと洞窟の中を覗くと、微妙に明かりがあるようだが、全体には行き届いておらず薄暗い。見上げられる程の高さのある天井から、水滴が滴り落ち、その音だけが響いてた。


「行くか」


 ナインは不敵な笑みを浮かべ、わざわざ剣を担いで洞窟へと入って行った。

 魔法使いの特殊能力の一つに、アイテムの召還があるのにも関わらず。




「いつかは出会うと思っていた。けど、早かったな」

「ブァアアアア!」


 フロアのボスと思しき存在に出会ったナインだが、それでも、不敵な笑みは崩さない。

 洞窟攻略から三十分、巨大なコウモリや巨大な蜘蛛などと戦闘し、精神的に来ていたナイン。そこに追い討ちをかけるように現れたのが、人間型の魔物。

 オークと呼ばれる、猪の頭を持った二足歩行する魔物だ。

 二メートル近い体躯に、同程度のサイズの三つ又の槍を構えている。

 オークの頭上で槍が縦横無尽に振り回され、空気を切り裂く音が響いていた。

 ナインは長剣を構え、間合いを計る。素人同然の足運びで。


「ブア!」

「っ!」


 動いた。そう認識したその時には、もう遅い。

 槍は、剣に直撃した。ビリビリとその衝撃が身体を伝い、手の触覚が麻痺を起こし、剣を強く握れなくなる。だが、それだけでは終わらない。

 剣では一切の衝撃を受け止められず、その衝撃はナインにまで襲った。HPが衝撃を緩和するが、あくまで緩和。ナインはその衝撃に吹っ飛ばされ、剣も弾き飛び地面に突き刺さった。


「冗談きついぞ……」


 ビリビリと震える手を見つめ、残りのHPを確認するナイン。



 [name] ナイン

 [level] 20

 [HP] 800/1200[MP]39/80



 戦闘中では少ししか見えないステータスだが、十分現状は把握出来た。


「一撃400とか、巫山戯るなよ!」


 叫ぶナインだが、オークは時間を与えない。

 槍を構え、大きな足音をたてて突進してくる。なんとかしようと昨日買った剣を瞬時に取り出し、なんとか防御するナイン。


「っ!」


 槍と接触した瞬間、剣は粉々に砕け、槍がナインを貫こうとした。

 が、HPがその攻撃を緩和する。

 ナインの細身の身体を貫くはずだった槍は、見えない壁にぶつかる。これまでの敵であればその攻撃を弾いてくれたHPだが、今回は違い、逆にナインが吹き飛ばされる結果となった。

 ナインの[防御]よりオークの[攻撃]が高かった、ただそれだけだ。

 だが、それだけの事がナインには痛い。

 HPが痛みを生む事象を緩和してくれたから、痛覚は感じていなかったが。

 だが、痛い。



 [HP] 40/1200[MP]39/80



 一撃で760ダメージ。ほとんどの冒険者が、一撃で死ぬような威力であった。


「……くそ」


 《ジェイダイト》は吹き飛ばされた。以前使った剣は砕け散った。代わりの武器は無い。

 状況の悪さに、ナインは苦笑いを浮かべるしか無かった。


「ブァアアアア!」


 雄叫びを上げ、オークはいよいよナインに止めを刺すべく槍を構えた。

 後が無くなる。


「本当、きつい」


 握る武器も無く、ナインは俯き地面に手をついた。

 回復アイテムはある。だが、たかだかHPを40しか回復しないアイテム、使おうが使うまいが変わりはしない。

 絶体絶命のこの状況、諦めたようにナインは動かない。


 

 そう見えた。


 

「だけどさ、これで死ねるかよ」



 見えただけで、ナインは決して諦めていなかった。



 顔を上げたナインが浮かべていたのは、不敵な笑み。

 ナインは指に魔力を流し、奥の手、最終手段の魔法を発動させる。

 消費MP、36。

 その魔法の存在が、ナインが一人で活動する事を勇気づけていた。

 今の今まで、魔法使いであるにもかかわらず、魔法を使用してこなかったのは、この魔法を使うため。



「悪いな豚野郎、俺はまだ死ねないんだ」



 ナインだけに、と彼は言わなかった。


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