戦いが生む情報
※11/25 ポーションの値段100pt→60ptへ変更しました。
《Garden》の世界には、朝・昼・夕・夜しかない。
見上げれば、雲一つ動かない昼間の空が広がっていた。
日差しは程よく、風もない。ピクニック日和だろう。
この森に、魔物という存在がいなければ。
そんな森の中、ナインは顔色を悪くし、膝をついていた。
「うぁ、うぐっ……」
吐き気を催すナインだが、その口から漏れるのは息だけだ。
目の前に広がるのは、血溜まり。
弾け飛んだ肉片が、ナインの前に転がっている。
魔法で爆発させたオオカミに似た魔物、ウェアウルフ。その死骸。
「覚悟はしていた。予想もしていた。……けど、コレは厳しい」
粘り着く魔物の体液が、ナインの身体を赤く染めていた。
近距離にて[爆発魔法]を発動させたナインは、爆発で砕け散った魔物の血肉を浴びた。
手を開けば魔物の血が糸を引き、何もしなくてもどろどろと生暖かい液体が身体にこびりつく。血の鉄臭さも相俟って、顔を顰めずにはいられない。
「これをゲームだと思えと? こんなに完璧な世界を、仮想だと言えるかよ……」
最初に出会った魔物、ウェアウルフ。
素早い魔物であったが、倒せない敵ではなかった。ウェアウルフの噛み付き攻撃を何度か喰らいHPを減らされたが、それでもその消費は微々たるものだった。
だから、ナインはMPをケチり、剣でウェアウルフを斬りつけた。
その時の事を、ナインは忘れられない。
肉の筋を切り裂く感触が剣を伝い、吹き出る血しぶきに手を汚し、魔物の断末魔の叫びは耳にこびり付いた。
戦いは、やるかやられるか、命の駆け引きだった。
そんな戦闘を何度か繰り返し、遂に三匹のウェアウルフが現れ、追い込まれたナインは[爆発魔法]を使った。
光を放つ球体がウェアウルフ達の狭間に現れ、瞬間爆発した。
ウェアウルフは爆死し、その血肉の雨を周囲に降らせた。
そして、現在に至る。
頭から[水流魔法]を浴び、血を洗い流すナイン。とてもじゃないが、血まみれの状態でうろつこうとは思わなかった。
そして、気付く。
「何やってんだ俺は。貴重なMPを使って、血を洗い流すとか。やばい、気が動転してる」
ぶるぶると犬のように身体を震わせて水を弾きながら、ナインは必死に考える。
(20あったMPも、残りMPは8。《転移の羽》が一度しか使えない以上、帰りも自力だ。そう考えると、安全優先なら帰りのために12は取っておきたいんだけどな。血まみれじゃ集中力も続かないし、[水流魔法]は仕方が無かったとしても、あの[爆発魔法]はミスだ)
超能力者や魔術師ならばこんな計算は要らなかっただろうに、と考え、しかし首を振る。
逆に彼らは、その能力を完璧に習得するまで時間がかかるのだ。安全第一ならば、間違っても今は活動出来ない。
「協調性の無い、そして魔法使いの俺に付き合ってくれる冒険者はいまい。戦いに命がかかった今、MPが無くなったら足手まといの魔法使いを一体誰が使うってんだ」
そう言いながら、ナインは懐から小瓶を取り出し、一気に飲む。中身は緑色の液体、ポーションだ。HPを40回復してくれる、おなじみの回復アイテム。
「……まあ、今更気付いたが、MPって意外と簡単に回復するんだけどな」
そう言って、魔法使いの能力、『算出眼』を使い自分のステータスを確認するナイン。
より目で自分の手を見つめると、二重に見えるはずの手の代わりに文字と数字が見えた。
[name] ナイン
[level] 5
[HP] 340/400[MP]20/20
[pt] 1250
[攻撃] 18
[防御] 15
[敏捷] 12
[運] 8
先ほど8しか無かったMPが、完全に回復していた。
その数値の変動に満足そうに頷くナイン。
「最初はどうしてポーションでMPも回復するか解らなかったが、RPGの要素を無駄に突っ込まれてるだけはあるな。ポーションを飲み物として扱ってるから、某RPGの聖水だのに分類されて回復した訳か」
道具屋には何故か薬草とポーションが売っており、ナインはチュートリアル時にポーションを購入していた。
仮想現実であるがため、回復アイテムにも味覚が存在するのだ。苦い薬草、栄養ドリンクのような甘みのあるポーション、とミーナに教わっていたナインは、迷わずポーションを購入していた。
ちなみにこの《Garden》では、お金と言う概念は無く、売り買いは全てカードのポイントで済まされる。初期値として1000ptあり、一日に300pt追加され、魔物を倒すとその魔物の強さにより加算される仕組みだ。
ポーションが一つ60ptで、ナインはチュートリアル時に七つ買っており、まだ備えはある。その他に、武器や防具を購入しており、街を出た時には実質無一文に近かったナインだが、何匹か魔物を倒し、元は取れている現状であった。
「うじうじしていても仕方が無い。魔法使いは、殺さなければ強くなれないんだ」
魔法使い。
それは、RPGの要素を無駄に大量に詰め込まれた存在。
魔法使いが強くなるため、新たな魔法を覚えるためには、魔物を殺さなければならない。
ナインは砕け散った肉片に手を添える。
瞬間、肉片は粒子へと変わり、ナインの身体に吸い込まれて行った。
「……っ。何度やっても慣れない感覚だ」
妙に身体が軽く感じるようになり、強くなったというような感覚をナインは覚えた。
レベルが上がったのか、とナインは感じていた。
魔物を粒子に分解する。それは魔法使いにだけ許された、所謂経験値所得の方法だった。
「よし、行くか」
髪に付いた水を弾き、ナインは再び洞窟を探し歩き出した。
もう、道に迷って森の中を彷徨って二時間が経っていた。もっとも、ナインにはそんな自覚は無かったが。精々、不親切なフィールドだ、という程度であった。
不幸にも、ナインの身体は疲労と言うものを感じなくなっていた。
結局、ナインがエデンの街に帰って来たのは、日が暮れる寸前だった。
「ブラン、帰ったぞ!」
「ナイン! 無事だったか!」
「無事ではないが……さあ、武器を寄越せ!」
エデンに帰ると、早速ナインはブランに集りに行った。というと、笑顔で出迎えたブランが可哀想であるが。
「良かった。本当に良かった!」
「大げさだぞ。結局、俺が戦ったのは某RPGでいうスライムとか大ガラスみたいな最初の敵だぞ? それに立ち向かって行って、こう歓迎されるのは、少し複雑な気分だ」
釈然としないナインに、しかしブランは神妙そうな顔で言う。
「馬鹿野郎。お前、俺が知らずにいると思ってるのか?」
「な、何だ?」
好きな子を言い当てられそうな時に似た、妙な焦りを見せるナイン。
「お前の先にもエデンを出た奴がいたんだけどよ、そいつが……」
「わかった。もう言わなくて良い」
ナインは悟った。
そいつは見たのだと。感じたのだと。
このリアルすぎる世界を、存分に体感したのだと。
「そいつ、怪我は無かったが、血まみれだったんだぞ!? これでお前を心配せずにいられるか! その無事な凱旋を祝わずにいられるか!」
肩を叩くブラン。けれどナインは気になった。
「なあ、そいつと俺以外にエデンを出た奴はいないのか?」
「ああ。お前が出て行ってから、しばらく門を見ていたが、誰も出て行かなかったぞ」
「そ、そうか……」
どこか落胆した表情を浮かべるナイン。
その真意は、『俺ってやっぱり異端者? 協調性がない? もしかして仲間外れ? いや、そもそも仲間とすら思われてないのか……』というネガティブな心情だった。
「まあ、気にすんな! で、どうだった?」
「ん? ああ、外の世界か?」
無言で頷くブランに、ナインは笑って答えた。
真実を。
「……そりゃなんて言うか……嫌な話だな」
「ああ。正直、普通の奴ならしばらく食欲を無くすぞ。グロい、気持ち悪い、リアルすぎる。俺には、これがゲームだなんて思えなくなってる。少なくとも、生死は現実だと思ってる」
悲痛な笑みを浮かべ、ナインは語った。
「まあ、その話はおいておこう。どうだ、時間も時間だし、家で飯を食わないか?」
「ブラン、お前……このタイミングで食事に誘うのか」
「あっそか……。いや、悪いな。無理にとは言わないが、どうする?」
「頂きます」
はははと豪快に笑い肩を叩いてくるブランに、ナインは苦笑を浮かべた。
ナインは、自分が普通ではないことを、薄々と認めていた。