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群雄守城  作者: tori
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1/1

終わりと始まり

はじめまして、小説を書くのが初めてなので、至らない点も多いかと思いますが、楽しんで頂ければ幸いです。 


・人物紹介

夏目雄久なつめ かつひさ

16歳。羽箭館の生徒であり、成績は普通だが求心力と賢さ、志の高さは誰にも負けない。武術は人並みだが、弓と刀を扱える。短所は優柔不断。かなり東方に実家があり、地侍の生。


富樫義藤とがし よしふじ

夏目の親友で同郷の出身、羽箭館の同級生。武士の生まれで槍や刀など武術に長ける。


本田秀人ほんだ ひでひと

夏目の同級生。羽箭家重臣の名家の血筋であり、羽箭館での成績はトップクラス、武術も引けを取らない。


岩井初いわい はつ

夏目の親友で羽箭館の同級生。豪商の生まれで、両親はかなり厳しい。その甲斐あってか成績はかなり優秀で賢いが武術はからっきし。


羽箭道真うせん みちざね

羽箭家13代当主。広大な領土を治めている。


羽箭景道うせん みちかげ

羽箭道真の嫡男であり。羽箭家14代当主。


大山楓おおやま かえで

貧しい農民の娘。夏目より少し年上。


赤星愛あかほし あい

羽箭館周辺を治めている武家の娘で頭が良くリーダーシップもあり、武術や戦いを好む。


新田千瀬にった ちとせ

夏目の羽箭館の同級生。武家の生であり、夏目を慕っている。成績は普通だが、コミュニケーション能力と運動神経に優れている。


生駒優子いこま ゆうこ

羽箭館の生徒であり、夏目の後輩。とても賢く、夏目を慕っている。

「彼を知り己を知れば百戦危うからず……」

 夏目雄久は講義室の畳に正座しながら、教師の声に耳を傾けていた。

「彼を知らずして己を知れば一勝一敗。彼を知らずして己を知らざれば戦うごとに必ず危うし」

 教師が書物を閉じる。


 羽箭館。


 羽箭家十三代当主・羽箭道真が創設した教育機関であり、およそ200人の若者たちが学問と武芸を学んでいる。

 縁側から吹き込む初夏の風は心地よく、遠くで鳥の鳴き声が聞こえていた。

「遠くから地響きが聞こえる……!」

 突然、本田秀人が立ち上がった。

 教室中の視線が集まる。

 秀人は耳を澄ませながら窓の外を見ていた。

「数はおよそ20万!」

 その言葉にざわめきが広がる。

「何言ってるんだよ」

「そんなの分かるわけ……」

 だが次の瞬間。

ドドドドドドドド……

 確かに地面が震えていた。

 雄久は立ち上がる。

「外だ!」

 生徒たちは一斉に飛び出して街道まで走り、丘の上から遠方を見る。

 土煙、そして無数の旗。

「あれは……!」

 雄久は息を呑んだ。

 羽箭家の軍旗が風になびいている。

 武者たちが整然と進軍していた。

 数は見渡す限りのまさに大軍だった。

「すげぇ……」

 義藤が目を輝かせる。

 やがて軍列の中央に現れた一騎の武将へと視線が集まった。

 豪華な旗印に黒馬、それに跨る堂々たる姿。

 羽箭道真その人だった。

 羽箭家十三代当主、弓の名手として知られる男である。

 道真は馬を止め若者たちを見渡した。

「諸君、達者であるか」

 低く力強い声が響く。

 全員が頭を下げた。

「我らはこれより因地家との国境、西に70里のランフォール城へ向かう」

 周囲が静まり返る。

「因地晴清の軍勢が迫っておる。城を守るための出陣だ」

 兵たちの鎧が陽光を反射する。

「しばらく帰れぬやもしれん」

 道真は穏やかに続けた。

「何かあれば景道を頼れ。家督は既に譲ってある」

 そして微笑んだ。

「学は武を上回る。諸君らが未来を支えるのだ」

 そう言い残し、軍勢は再び進み始めた。

 土煙の向こうへ消えていく20万の軍勢を誰もが見送った。


 6日後の放課後、木刀の音が響き渡る。

カン!

コン!

カン!

 いつものように、雄久と義藤は剣術の稽古をしており、その姿を初は木陰から見守っていた。

「そこだ!」

 義藤の鋭い踏み込み。

 雄久の木刀が弾き飛ばされる。

「あっ!」

 木刀が宙を舞い、そのまま尻もちをつく。

 義藤は笑った。

「また俺の勝ちだな」

「強すぎるだろ、お前」

 雄久は苦笑する。

 義藤は武家の出、羽箭館でも屈指の腕前だった。

「夏目も良かったと思うよ」

 初がそう言った。

「道真様は今頃ランフォール城かな」

 ふと義藤が空を見上げて言った。

「たぶん着いてるだろうな」

「もう戦になってるかもね」

 初が言った。

 彼女は汗を拭きながら微笑む。

「さ、もう暗いし帰ろうよ」

 三人は荷物をまとめた。

 

 いつもの帰り道、いつもの会話、いつもの夕暮れ。だが、その平穏は唐突に終わった。

ゴゴゴゴゴゴゴ……

 地面の奥から低いうなり声が響く。

「なんだ?」

 雄久が立ち止まった次の瞬間。

ドン!

 地面が跳ね上がった。

「うわっ!」

 立っていられないほど木々が激しく揺れる。

ドドドドドドドド!!

「伏せろ!」

 雄久は叫んだ。

 三人は必死に地面へ身を伏せる。それでも揺れは止まらない。遠くで建物が崩れる音、木が倒れる音、全てが混ざり合う。


 数分、いや永遠にも思える時間だった。やがて揺れが止まり、にわかに静寂が訪れた。

「生きてるか……?」

 義藤が震える声で言った。

「なんとか……」

 雄久は立ち上がる。

 周囲の景色が変わっていた。道はひび割れ、木は倒れ、土煙が立ち込めている。

「この辺だけじゃない」

 雄久は険しい顔をした。

「国中、いや周辺国中かもしれない」

 初は青ざめていた。

「家……大丈夫かな」

 その一言で三人は顔を見合わせた。

「羽箭館へ行こう」

 雄久は言った。

「みんなもいるかもしれない」

 三人は必死に走った。

 しかし、到着した彼らの前に広がっていたのは瓦礫だった。

 羽箭館は完全に崩壊していた。柱は折れ、屋根は潰れかつて学び舎だった場所は見る影もない。

 初が膝をつく。

「そんな……私たちの学舎が……」

 雄久も言葉を失った。

「おーい!」

 松明の光が揺れる。

 駆け寄ってきたのは本田秀人だった。

「無事だったか!」

「秀人!」

 秀人は息を切らしながら言う。

「寺も潰れた。村も街道も壊滅だ」

 表情は暗かった。

「火事も起きてる」

 誰も言葉を発せない。秀人は続ける。

「下敷きになった人間も数え切れない」

 義藤が拳を握る。

「どうするんだよ……」

 初の声も震えていた。

「家もない。食べ物もない……」

 誰も答えられなかった。

 その時、雄久は瓦礫の向こうを見つめた。

 燃え上がる炎、泣き叫ぶ人々、助けを求める声。

そして思った。誰かが立ち上がらなければならない。道真様が出陣した今、男手も羽箭家の人間も居ない。

「ならば、俺たちでやるしかない」

 雄久は静かに言った。義藤が顔を上げる。初も秀人も見る。

「生き残った人を助ける」

 雄久は拳を握った。

「この国を立て直すんだ……」

 しかし、既に日は沈み、辺りは暗闇。倒れた木や建物が雄久達を阻む。

「ダメだ、前に進むことすらままならない」

雄久達は諦めの表情をして、羽箭館跡で一夜を明かすことにした。


 地震から一夜が明けた。朝日が昇っても、羽箭館の惨状は変わらなかった。かつて200人もの生徒が学び、笑い、剣を交えた学舎は、今や瓦礫の山となっている。

 夏目雄久は倒壊した講堂の跡に立ち尽くしていた。昨夜はほとんど眠れなかった。助けを求める声、燃え盛る炎、崩れ落ちる建物、目を閉じるたびに思い出される。

「いつまでそうしてる」

 背後から声がした。振り返ると本田秀人が立っていた。

「考えるのは後だ」

 秀人は周囲を見渡した。

「生き残った人間を探さなければならない」

 義藤もやって来る。

「秀人の言う通りだな」

 初も頷いた。

「まだ助けを待っている人がいるかもしれない」

 雄久は瓦礫を見つめた。そして拳を握る。

「行こう」

 四人は捜索を始めた。最初に向かったのは町の武家屋敷街だった。

 倒壊した屋敷が並んでいる。

 その時だった。

「……誰か!」

 かすかな声に初が反応する。

「今の声!」

 四人は走った。

 声は半壊した屋敷の奥から聞こえる。

 義藤が瓦礫をどかし始めた。

「こっちだ!」

 秀人も加わる。

 しばらくして崩れた柱の下から少女が姿を現した。彼女の名は赤星愛。夏目と同い年だが羽箭館には通っていない。

 顔は煤だらけ、肩から血が流れている。それでもどこか気丈な目をしていた。

「遅かったな」

 開口一番だった。

 義藤が思わず笑う。

「助けてもらってその態度かよ」

 愛は立ち上がろうとしてふらついた。

 雄久が支える。

「無理するな」

 愛は顔をしかめた。

「平気だ」

「全然平気じゃない」

 初が傷を確認する。

「お久しぶりですね」

「夏目こそ元気にしていたか、まさかこんな時に会えるとはやっぱり夏目は気が利くな」

 その様子を見て雄久は少しだけ安心した。少なくとも一人は生きている人がいて良かったと。

 赤星は崩れた屋敷を振り返った。その顔が少し曇る。

「父上も母上も見つからない」

 誰も何も言えなかった。

 雄久は静かに言う。

「一緒に探そう」

 赤星はしばらく黙っていたが、やがて頷いた。

「……ああ、私には夏目がいるからな」

 こうして五人になった。


 その日の昼過ぎ、井戸の近くで元気な声が響く。

「おーい!」

 皆が振り返る。そこには泥だらけの少女がいた。

「千瀬!」

 雄久が叫ぶ。

 新田千瀬は大きく手を振った。

「良かった! みんな無事だったんだ!」

「お前こそな」

 義藤が笑う。

 千瀬は胸を張った。

「避難してる人を探して回ってたんだ」

「一人で?」

 秀人が呆れる。

「だって誰かやらなきゃいけないでしょ」

 相変わらずだった。その明るさに皆の表情が少し和らぐ。


 夕方になる頃、川辺で一人の少女を見つけた。膝を抱えて座り込んでいる。

「優子?」

 雄久が声を掛ける。

 少女は顔を上げた。

「雄久様……」

 生駒優子だった。

 安心した瞬間だったのだろう。涙が溢れ出した。

「やっと誰かに会えた……」

 雄久はしゃがみ込む。

「もう大丈夫だ」

 優子は何度も頷いた。

 こうして羽箭館の生存者は七人になった。


 翌日、雄久と初は食料を探しに近隣の農村へ向かった。

 村は壊滅していた。家は潰れ、畑は荒れ、生きている人影もほとんどない。

 その時だった。

「夏目」

 初が指差す。

 街道脇の木陰。一人の女性が座り込んでいた。右足から血が流れている。

「大丈夫ですか」

 雄久は駆け寄った。

 女性は鋭い目で睨む。

「来るな」

「怪我していますよ」

「放っておいてくれ」

 初はしゃがみ込む。

「傷が化膿しかけています」

 女性は苦笑した。

「どうせもう長くない」

「そんなことない」

 雄久は真っ直ぐ言った。

「助かる」

 女性は少し驚いた顔をした。

「なんでそう言い切れる」

「俺たちが助けるからだ」

 しばらく沈黙が続く。

「名は?」

 夏目が聞く。

 やがて女性は小さく言った。

「……大山楓」

 それが彼女との出会いだった。


 羽箭館跡地へ戻ると、皆が集まっていた。 初が治療を始める。 楓は最初こそ警戒していたが、抵抗はしなかった。 その夜、 焚火を囲みながら食事を取る。 楓は握り飯を見つめていた。

「久しぶりに米を食べた」

 秀人が聞く。

「そんなに米を食べれていなかったのか」

 楓は笑った。 だがその目は笑っていない。

「”そんなに”じゃない”ずっと”だ」

 静まり返る。

「父は何度も徴兵され、その度に畑は荒れる、だから母は働き詰めだった」

 楓は拳を握った。

「税も重い、私たち農民は生きるだけで精一杯だった」

  秀人が口を開く。

「それでも兵は必要だ」

 楓が顔を上げた。

「でも...」

「国を守るためだ」

  秀人は迷わない。

「羽箭家が戦うから因地家が攻めてこない」

「そうかも知れないが」

 楓が立ち上がる。

「でも父も母も苦しんでいた」

 秀人も立ち上がった。

「戦がなければもっと多くの人間が死ぬ!」

「でも...!」

「それが今の世の中だ!夏目!何でこんなやつ助けたんだ!」

「助けてなんて言った覚えはない!」

 張り詰めた空気にすかさず義藤が間に入る。

「そこまでだ」

 しかし二人とも睨み合ったままだ。

 その時。

「やめて!」

 初が声を上げた。その声に全員が驚く。

「どちらも間違ってない」

 初は二人を見る。

「楓さんの苦しみも本当、秀人の言うことも本当、だから今は争わないで」

 静寂が訪れ、やがて楓が座り、秀人も黙って腰を下ろした。だがこの夜を境に生まれた二人の考え方の違いが一致する日は来なかった。


 数日後には羽箭館跡地に小屋が建ち始め、各地から少しずつ人が集まり始める。食料集め、薪集め、怪我人の看病、皆が役割を持って動いていた。そしてその中心にはいつも夏目雄久がいた。


 地震から三週間が過ぎた頃には、かつて瓦礫しかなかった羽箭館跡地には、少しずつ人の営みが戻り始めていた。

 倒れた木材を利用して建てた小屋、雨水を溜める桶、炊き出し用の竈、生き残った者たちは力を合わせて暮らしていた。

 しかし現実は厳しい、食料は不足している、医薬品もない。 周辺の村々も被害を受けており、助けを期待できる状況ではなかった。 ある日の朝、雄久は集まった仲間たちを見渡した。

「今のままじゃ駄目だ」

 皆の視線が集まる。

「俺たちは生き延びただけだ、でもこれからは違う」

 秀人が腕を組む。

「復興だな」

 雄久は頷いた。

「人が安心して暮らせる場所を作る」

  義藤が笑った。

「ようやくお前らしいこと言ったな」

 赤星も頷く。

「ならまずは防御だ」

「防御?」

 優子が首を傾げた。

 赤星は周囲を指差した。

「今の羽箭館は無防備だ、もし賊が来たら終わりだぞ」

 その言葉に皆が黙った。実際、この辺りの治安は急速に悪化していた。領主を失った村、家族を失った人々、食料不足、飢えた者の中には盗みに走る者もいる。

 秀人も同意した。

「柵を作るべきだ」

「見張り台も必要だな」

 義藤が言う。

 こうして羽箭館再建計画が始まり、そこからの日々は忙しかった。

 義藤と赤星は周囲の森から木材を切り出した。秀人は地形を調べ、防御設備の配置を考える。優子は食料や資材を記録する。千瀬は周辺地域を走り回り、生存者を集めた。初は怪我人や病人の世話をする。楓は常に雄久の側にいた。最初は怪我の療養だったが、回復すると真っ先に働き始めた。力仕事も嫌がらない、薪割りも木材運びも率先して行った。

「少し休んだらどうだ」

 ある日、雄久が言った。

 楓は首を振る。

「働いている方が落ち着く」

「無理するなよ」

「心配性だな」

 そう言って笑った。

 以前より表情が柔らかくなっていた。


 夕暮れ、雄久と楓が木材を運んでいると、遠くで怒鳴り声が聞こえた。

「だから危ないと言ってるだろ!」

赤星だった。秀人と言い争っている。

 近づくと案の定だった。

「柵をもっと外に作るべきだ」

 赤星が言う。

「広く守れた方がいい」

 秀人は首を振った。

「戦力不足だ」

「守りきれない」

「臆病だな」

「無謀なだけだ」

 二人は睨み合う。

 義藤が呆れた顔をしていた。

「また始まった」

 千瀬が苦笑する。

「でも少し似てるよね」

「どこがだ」

 義藤が聞く。

「負けず嫌いなところ」

 確かにそうだった。二人とも優秀で、自分の考えに自信を持っている。だからぶつかる。

 雄久は間に入った。

「両方採用しよう」

皆が振り向く。

「内側は秀人案」

「外側は簡易柵だけ設置する」

 赤星が腕を組み、秀人も考え込む。やがて。

「「それでいい」」

 二人が同時に言った。

 義藤が吹き出す。

「やっぱ似てるな」


 羽箭館には徐々に人が集まり始めていた。老人、子供、怪我人、家を失った農民、人数は三十人を超えた。


 ある夜、優子が帳面を持ってやって来た。

「夏目様」

「どうした?」

「食料です」

 優子は真剣な顔だった。

「あと二十日ほどしか持ちません」

 空気が重くなる。秀人も表情を変えた。

「思ったより早いな」

「避難民が増えていますから」

 優子は答える。

 雄久は考え込んだ。

 その時だった。千瀬が息を切らしながら走ってきた。

「大変!」

 皆が立ち上がる。

「どうした!」

「東の街道!」

 千瀬は叫んだ。

「盗賊の集団を見た!」

 空気が凍った。

「何人だ」

 義藤が聞く。

「二十人以上、刀も弓も持ってた」

 赤星の目が鋭くなる。

「やっとか」

 雄久は俯いた。

 全員が分かっていた、食料が不足する世の中だ、人を襲う者は必ず現れる。

 義藤が立ち上がる。その目には闘志が宿っていた。

「なら追い返すだけだ」

 赤星も笑う。

「久しぶりに腕が鳴るな」

 秀人は見取り図を広げる。

「戦うなら準備が必要だ」

 皆が動き始める。それぞれが出来ることをしていた。

 雄久はただ一人、完成しつつある羽箭館を見渡した。必ずや守らなければならない。ここには仲間がいる、家族を失った人々がいる、新しい希望がある。だから絶対に失うわけにはいかなかった。


 そして翌朝、羽箭館の見張り台から狼煙が上がる。

「敵だ!」

 見張り台の上から叫び声が響き羽箭館跡地にいた全員が顔を上げる。

 朝靄の向こう、街道を進んでくる集団が見えた。その数二十数人、刀や槍を持ち、統一された旗もない盗賊だった。

「思ったより早かったな」

 秀人が呟く。

 義藤は槍を握り締める。

「ちょうどいい」

 赤星も刀を抜いた。

「追い返してやる」

 雄久は周囲を見渡した。避難民たちは怯えた表情を浮かべている。子供たちは母親にしがみついていた。

 ここで負ければ全てを失う、そう全て。

「秀人!」

「分かっている」

 秀人は見取り図を広げ指差した。

「周囲は二重の柵で囲まれている、奴らは数に任せて正門から突っ込んでくる」

「そこで義藤と赤星が受け止める」

 二人が頷く。

「千瀬」

「はい!」

「避難民を集めて後方へ」

「任せて!」

「優子」

「はい」

「食料庫の管理を頼む」

「分かりました」

 最後に雄久は楓を見る。

「楓」

 楓は静かに立ち上がった。

「お前は俺と一緒に来てくれ」

「分かった」

「初陣だな、無茶はするなよ」

楓は少しだけ笑った。

「任せろ」

 盗賊たちは昼前には羽箭館へ到着し、先頭に立つ大男が叫ぶ。

「おい!聞こえてるか!」

 正門の木戸の前に立つ。

「食料を寄越せ!逆らうなら皆殺しだ!」

「断る」

 雄久が物見櫓の上から叫ぶ。

 盗賊たちがざわめく中で雄久は続ける。

「ここには子供もいる、老人もいる、故に渡せる食料はない」

 大男は笑った。

「なら力ずくで奪い取るまでだな」

 刀を抜く、それを合図に盗賊たちも武器を構えた。

 秀人が静かに言う。

「来るぞ構え」

 次の瞬間。 盗賊たちが突撃した。

「行けぇ!」

 怒号が響く。急ごしらえの木戸は一瞬にして破られる。だが、門をくぐった瞬間だった。

「今だ!」

 秀人が叫び、待ち構えていた義藤が飛び出す。

 槍が唸り最前列の盗賊が吹き飛んだ。

「ぐあっ!」

 さらにもう一人、続けて三人目。圧倒的だった。

「どけぇ!」

 義藤は雄叫びを上げ、盗賊たちが怯む。

「えい!押入れ!中で広がれ!」

 頭目とおぼしき男が叫び、盗賊たちが雪崩れ込んでくる。

 そこへ赤星が飛び込んだ。刀が閃き、盗賊の足が止まる。

「甘い!」

 赤星は笑った。武家の娘として鍛えた技が冴えている。盗賊たちは次々と後退した。

「馬鹿な!」

 盗賊の頭目が叫ぶ。数では勝っている、それなのに押し返されている。

 その時だった。

「回り込め!」

 頭目が命令する。 数人の盗賊が横へ走った。搦手から侵入するつもりだ。だが、そこには楓がいた。

「悪いな亅

 刀を抜く。盗賊が突っ込む。 楓は一歩踏み込んだ。 義藤から教わり始めたばかりだったが、その動きには才能があった。

 木陰から飛び出した盗賊を斬り払う。

「うわぁ!」

 盗賊が転がる。

 続く二人目、楓は少し押されていた。

「この場所は渡さない」

 だが、その瞳は真っ直ぐ前を見ていた。 かつて死にかけていた少女とは思えなかった。

「ゔ...」

 一本の矢が盗賊に刺さり、地面に倒れる。

 楓が矢の飛んできた方を見ると、秀人が小屋の屋根の上で弓を構えていた。お互い特に言葉を発することもなく黙々と戦いは続いた。

「逃げろ!」

誰かが叫ぶ。盗賊たちの士気は完全に崩れた。それをきっかけに全員が逃げ始める。

 義藤が追おうとした。

「待て!もうよい!」

 雄久が止める。義藤が振り返る。

「なぜだ」

「無駄に血を流す必要は無い」

 秀人も頷いた。

「深追いは危険だ」

  義藤は不満そうだったが従った。そして盗賊たちは山へ消えていった。

 戦いが終わり、避難民たちから歓声が上がった。

「勝った!」

「助かった!」

「ありがとう!」

 子供たちが駆け寄ってくる。義藤は照れ臭そうに頭を掻いた。赤星も笑顔だった。

 楓は刀を収め、そして雄久を見る。

「守れたな」

 雄久は頷いた。

「ああ」

 羽箭道真の行方も羽箭景道の居城も何もわからない。ただ一つ確かなことは暗闇の中でそれぞれの運命が再び動き始めていたのである。そして羽箭館の若者たちは、まだ知らない、これから待ち受ける本当の戦乱を。


 盗賊襲来から1か月が経ち、羽箭館には100人以上の生存者が集まっていた。畑は再び耕され、倒壊した建物も少しずつ建て直されている。

 しかし、その平穏の裏で1人だけ秘密を抱える者がいた。

 本田秀人である。


 ある夜、見張りから戻った秀人のもとへ1人の武者が現れる。鎧は傷だらけ。馬も疲弊していた。その武者は秀人を見るなり片膝をついた。

「本田殿」

 秀人は目を見開く。羽箭家の使者だった。

「道真様は」

 武者は答える。

「御無事です」

 秀人は安堵した。しかし続く言葉に顔が曇る。

「ランフォール城は半壊」

「兵力も激減」

「因地家は攻勢を強めています」

「何? この災害時にもなお戦いを続けているのか?」

 武者はさらに続ける。

「そして十四代当主景道様は居城復旧のため動かれています」

 秀人は静かに頷く。

「承知した」

「このことは」

 武者が周囲を見る。

「限られた者だけに」

 秀人も理解していた。現在の状況が広まれば混乱を招く。


 翌日も羽箭館ではいつも通り復興作業が行われていた。雄久は子供たちと薪を運び、初は怪我人を診ている。楓は畑を耕し、義藤と赤星は訓練を行う。

 そんな光景を見ながら秀人は考えていた。

(俺たちは何者なのだろう)

 羽箭家は存在している。景道も生きている。本来ならば自分たちは従うべき立場だ。

 しかし、今ここで人々を支えているのは羽箭家ではない。夏目雄久だった。それが秀人の中に複雑な感情を生み始める。


 その夜、焚火を囲んでいた時だった。

「最近の雄久は村長みたいだな」

 楓が言い、皆が笑う。義藤も頷いた。

「確かに」

 赤星も言う。

「やめてくれ」

 雄久は苦笑する。

 しかし秀人だけは黙っていた。その視線は焚火の向こうを見つめている。まだ誰も気付いていない。秀人だけが知る事実。羽箭家は生きている。景道もいる。

 そしていつか必ず"羽箭家に従うべきか""今の共同体を守るべきか"という選択の日が来ることを。


 真夏が近づいていた。

 羽箭館の再建は順調に進み、生存者の数は150人を超えていた。

 倒壊した校舎の代わりとなる集会所、共同の炊事場、新しく開墾された畑。

 地震直後の絶望を思えば、誰もが奇跡のような復興だと思っていた。

 しかし、人が増えれば問題も増える。


 ある日の夕方、集会所で言い争う声が響いていた。

「うちの畑の水が減ったんだ!」

「こっちだって足りねえ!」

 農民同士の口論だった。

 用水路の水を巡る争いである。

 以前なら村役人が仲裁していた。

 だが今は違う。役人も領主もいない。

 皆が雄久を見る。

 自然とそうなっていた。

 雄久は2人の話を最後まで聞いた。

 そして静かに言った。

「明日、一緒に見に行こう」

「だがな……」

「決めつけるのはその後だ」

 2人は不満そうだったが従った。

 その様子を遠くから見ていた秀人が呟く。

「またか」

 隣にいた初が首を傾げた。

「何が?」

「夏目は人の話を最後まで聞く」

 秀人は焚火を見つめる。

「だから人がついてくる」

 初は少し笑った。

「いいことじゃない」

 秀人は答えなかった。


 その夜、見張り台の上で秀人は1人で夜空を見上げていた。

 地震から数か月の間、羽箭家からの密使は何度か訪れている。羽箭道真は生存。景道も健在。羽箭家は弱体化しながらも存続していた。その事実を知るのは秀人だけだった。

「眠れないのか」

 声がした。

 振り返ると楓がいた。

「お前こそ」

 秀人が答える。

 楓は柵にもたれかかった。

 しばらく沈黙が続く。

 やがて楓が口を開いた。

「私はお前が嫌いだった」

 秀人は苦笑した。

「知っている」

「今も考え方は違う」

 楓は続ける。

「でも」

 夜風が吹く。

「お前が真面目なのは分かった」

 秀人は少し驚いた。

 楓がこんなことを言うとは思わなかった。

 2人は少しだけ笑いあった。

 だが、その笑いの裏で秀人は考えていた。

(もし景道様がここへ来たら皆は従うのだろうか)

 答えは分からなかった。


 数日後、羽箭館へ避難民の一行がやって来た。

 30人ほどで皆疲れ切っていてその中には負傷者もいた。

 初はすぐに治療へ向かい、優子も食料を配り始める。

 しかし、話を聞くうちに空気が変わった。

「村が焼かれたんだ」

 老人が言う。

「焼かれた?」

 雄久が聞き返す。

「誰に」

 老人は震える声で答えた。

「因地の兵だ」

 その場が静まり返った。

 義藤が顔を上げる。

「因地家がここまで?」

 老人は頷く。

「兵が来て食料を出せと言われた」

「断った者は斬られた」

 赤星の顔が険しくなる。

「そんな……」

 楓は拳を握り締め、悔しそうな顔をした。

 雄久は老人に頭を下げた。

「もう大丈夫です。ここでは守ります」

 老人は涙を流した。

 その夜、仲間たちは集会所に集まっていた。

 秀人が地図を広げる。

「因地家は西から勢力を広げている」

 赤星が聞く。

「どこまで来ている?」

「ここから10里ほどの距離だ」

 義藤が眉をひそめた。

「近いな」

 秀人は頷く。

「思ったより早い」

 皆の表情が暗くなる。

 今までは復興だけを考えていれば良かった。

 しかし、敵は存在している。

 戦乱は終わっていない。

 いつまでも待ってはくれないのだ。



【次回予告】

 地震から復興は順調に進む一方で、因地家と羽箭家との戦いは続いていた。そんななかで夏目達と羽箭家の思惑は分かれていく。

 板挟みになっていく、秀人の取った行動とその結末とは...!

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