第7話 空を舞うドラゴン(4歳)
魔術の訓練が始まり、月日が冬、春へと移っていった。
サミュエルは4歳になり、姉のミシェルも10歳を迎える年になっていた。
この世界の誕生日は、各家庭でいつもより豪華な食事で祝うぐらいだが、10歳だけは違う。
その年に10歳を迎える子どもたちが、領主の住まう町に一堂に会し、神に感謝と祈りを捧げるという『十歳式』という行事が慣例となっていた。お祈りと司祭による祝福が終わると、お祭りが始まる。
この世界は治癒魔術があるとはいえ、使えるものは多くなく、貴族でもなければ受けることできない。また病気には効果がないことや細菌の概念がないことから、現代に比べ死産や病死が多い。
今年は領主の娘であるミシェルが、来年は嫡男のマイケルが参加するということでヴァロワール男爵領は大いに盛り上がっていた。
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ミシェルの十歳式当日、10歳になる子どもとその保護者が集まっていた。
ヴァロワール男爵家は本来当主かその代理が参加するだけだったが、身内が式に出るということで全員見学にきていた。
保護者と子どもで一列になり、保護者が礼拝堂まで引率をする。
そして礼拝堂に着くと子どもたちだけで中に入り、祈りと祝福を授かるという流れだ。
子どもたちが全員礼拝堂に入ったあとならば、保護者や見学者も礼拝堂に入ることが許される。
当然というかエドワードとミシェルが列の先頭を歩くことになった。
そしてミシェルは領主の娘らしく、簡素ながら白く美しいドレスに身を包んでいた。赤い髪が白のドレスでよく映えていた。
しかし、それとは別の方へ視線を向ける者もいた。
領主の傍らにいる少年。赤みがかった銀髪と碧眼を持つサミュエルである。
領主の隣にいる見慣れない子ども。だがその髪色と瞳の色を見れば、男爵家の子どもであることは容易に想像がついた。
当のサミュエルは周囲から注目されていることなど知らず、慣れない人混みに落ち着かない様子で辺りを見回していた。
普段はサミュエルをあからさまに可愛がったりはしないが、優しさを持った少し口下手な女の子というのがサミュエルの印象だった。
初めて歩いてみせたときも、わざわざ近くにきて無理なく到達できるようにする配慮や、できたときに優しく褒めてくれた。それが彼女の本質なのだろうとサミュエルは思った。
魔術の訓練を始めてからも、姉が少し離れた場所でいつも見守ってくれていたことをサミュエルは知っている。なにかあったとき駆けつけられるように、誰かを呼びにいけるように弟の様子を窺っていたのだろう。
そんな姉をサミュエルは心から祝福していた。
そして礼拝堂での祈りも捧げ終わり、司祭から祝福の言葉を頂戴したところで十歳式はつつが無く終了した。
式が終わるとこのあとは広場で祭りが始まる。
子どもたちは保護者と一緒に一度家族の元に帰っていった。
そして見学していたサミュエルたちの元にミシェルもやってくる。
「姉上、おめでとうございます。立派なお姿でした。」
マイケルがそう言った。
「お姉様、おめでとうございます。」
サミュエルが続いて祝福の言葉を送った。
「ありがとう、マイク、サム。来年はマイクも立派に務めを果たしてね。」
「はい、姉上に負けないよう頑張ります。」
そんなマイケルに、ミシェルは来年に向けて発破をかけた。
「ミシェル、可愛かったわよ。」
「そうだな、ミシェルが一番可愛かったな。」
「貴方……それはこの場で言うことではないでしょう。家に帰ってからにしてください。」
「す、すまない。」
セドリックにとって最初の孫であり女の子であるミシェルが特に可愛いのだろう。領主の人間が領民が集まる中で一番可愛いなどと言うのはどうかと妻のルーシーに諌められる。
「しかしこれで十歳式も無事終わったな。」
「ええ。あとは祭りを楽しむだけですね。」
すでに広場からは楽器の音や歓声が聞こえてきていた。
十歳式が終われば、あとは子どもたちが主役の祭りである。
「では我々も行こうか。他の子ども達と混ざって楽しむことはできないが、見て楽しむこともできる。」
いくら祭りとはいえ、貴族の人間が平民と一緒に遊ぶのは許されない。そのため用意された来賓席からその姿を眺めたり、運ばれる料理を楽しむだけになってしまう。
案内された席で料理を食べていると、やはりマイケルは子どもたちに混ざって遊びたそうにしている。遊び盛りでありマイケル自身が活発な男の子だ。そうなっても仕方がないが領主の息子として恥ずかしくないように振る舞おうとしている。
そんなとき大きなドラのような音とともに大きな声が聞こえる。
音と声は前方にある舞台から聞こえてきた。
「お集まりの皆様、十歳式おめでとうございます。これよりピエール劇団による演劇を始めます。よろしければ楽しんで見ていってください。」
どうやら目の前の舞台で劇が始まるようだ。
劇の題材はこの国で最も有名な騎士物語。勇敢な騎士がドラゴンを討伐する話だ。
「昔、昔この国には悪いドラゴンが現れてました。街を壊し、人を食べ、宝物をかき集める悪しきドラゴンが好き勝手暴れていました。」
いかにもありがちな導入だった。純粋な子どもではないサミュエルは他の子供達に比べそれほど興味を惹かれていなかった。
しかしそれも終盤、ドラゴンが登場したときにサミュエルの興味はすべて持っていかれた。
人間より大きく作られたドラゴンの作り物が空中に浮き、飛び回っていた。
周囲の子どもたちはドラゴンに歓声を上げていた。
だがサミュエルが見ていたのはドラゴンそのものではない。
(どうやって飛んでいるんだ?)
サミュエルは隣にいた祖父に尋ねる。
「お祖父様、ドラゴンはなんで空を飛んでいるんですか?そういう魔術があるんですか?」
「ああ、あれか……あれは魔術具だな。儂も詳しいことまではわからんが、魔術具にそういうのがあるらしい。」
「魔術具……。」
「魔術具は魔術が使える人間なら誰でも扱える道具のことをいう。世界にはいろんな魔術具があるぞ。」
魔術具……術式が刻まれた道具。術式次第では詠唱魔術では実現できない現象を起こすことができる。また魔力の操作ができる人間なら適性に関係なく、魔力さえ足りていれば発動することができる。
サミュエルの反応からセドリックは簡単に魔術具のことを教えてくれる。サミュエルは魔術の入門書で存在だけは知っていた。
しかし実際に目の当たりにして、その光景に目を奪われた。
ずっと燻っていた欲望。
前世で叶えられなかった、なにかを創りたいという願い。
それは空を舞うドラゴンの魔術具を見た瞬間、確かな熱を帯びて燃え始めていた。




