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境界を視る子

結羽が学校に来た三日目だった。


教室の朝は、いつも通りの音で満ちている。

椅子の脚が床をこする音。

ページをめくる音。

笑い声。


その中で、結羽はもう自然にそこにいた。


「結羽くんさー、これってどうやるの?」


「えっと、こうかな」


ノートを寄せる。

肩が触れる。

笑う。


少しだけぎこちないけれど、誰も気にしない。


最初からいたみたいに、結羽はそこにいる。


結音は少し離れた席からそれを見ていた。


胸の奥があたたかい。


そのとき。


教室の後ろの席で、本を読んでいた少年が、顔を上げた。


志那らいか。


灰色に光る髪。

色の薄い瞳。

無表情に近い静かな顔。


らいかの視線が、教室を横切る。


そして止まる。


結羽。


その瞬間だった。


らいかの瞳孔が、わずかに開く。


呼吸が止まる。


ページをめくる指が止まる。


視線が外れない。


らいかには見えていた。


人の形の内側。


本来あるはずの骨格や臓器の代わりに。


光を帯びた糸。


無数の糸が身体を編んでいる。


胸の中心に核がある。


結晶のような小さな光。


それが鼓動のように脈打っている。


存在核。


(境界由来の存在か)


識別は瞬時だった。


だが理解が追いつかない。


(なぜここに)


境界由来の存在は通常、主の近傍に限定される。


学校という集団環境で安定している例は稀。


しかも構造が異常に整っている。


糸密度:高。

核輝度:高。

歪み:なし。

(おり)付着:なし。


そして。


らいかの視線がわずかに動く。


結音。


結羽の隣。


二人の間に光の線がある。


境界視でのみ見える結束線。


太い。

安定。

強固。


主の存在。


らいかは理解する。


(星乃が主)


点が線になる。


だが。


(発現はいつだ?なぜ気が付かなかった?)


らいかは記憶を探る。


結羽の席。


存在している。


最初からいた。


名簿にも。


記録にも。


写真にも。


(……改変)


境界干渉型現実整合。


規模:中〜大。


らいかの背に冷たいものが走る。


この存在は「最近生まれた」。


だが世界は「昔からいた」と認識している。


観測者だけが例外。


らいかは顔を上げる。


結羽を見る。


そのとき。


結羽がこちらを見た。


目が合う。


一瞬。


結羽は止まる。


そして理解する。


この子は見えている。


自分の中を。


糸も。

核も。

結音との線も。


結羽は少し首をかしげる。


それから、やわらかく笑う。


まだ学び途中の笑顔。


でも穏やか。


らいかの胸の奥で、観測者の警告が鳴る。


――高強度の願い源

――核露出存在

――澱誘引可能性:高

――監視推奨


だが同時に別の認識が走る。


核清浄。

歪みなし。

敵性なし。


矛盾。


らいかの口が動く。


ほとんど無意識に。


「……それは」


声がかすれる。


結羽は聞く。


らいかは言う。


「それは人ではない」


周囲のざわめきの中で、その言葉は二人だけに届く。


結羽は瞬きする。


そして小さくうなずく。


「うん」


否定しない。


らいかの瞳がわずかに揺れる。


結羽は続ける。


結音を見る。


結音は不安そうにこちらを見ている。


理由はわからないけれど、らいかの視線が気になるらしい。


結羽は微笑む。


「でも」


らいかを見る。


「ぼくは結音のともだちだよ」


その瞬間。


結束線が強く発光する。


主と存在関係の定義。


存在理由の宣言。


核安定度上昇。


らいかの内部で倫理が起動する。


――観測者は干渉しない

――境界を乱さない

――私情禁止


だが。


らいかは結羽を見る。


糸で編まれた存在。


光の核。


そして人のように笑う顔。


結羽が言う。


「志那くん」


名前。


自然に呼ぶ。


最初から知っているみたいに。


「よろしくね」


らいかは答えられない。


言葉が出ない。


代わりに、ほんのわずかにうなずく。


それだけ。


しかし結羽は満足そうに微笑む。


また少し、人らしい笑顔に近づく。


結音は遠くからそれを見て、少し安心する。


理由はわからないけれど。


らいかは視線を落とす。


しかし境界視は閉じない。


閉じられない。


視界の端で、結羽の核が光り続ける。


(危険ではない)


(だが安全でもない)


観測者の評価は揺れる。


そして初めて生じる感覚。


分類不能。


定義不能。


らいかは静かに思う。


(……ともだち)


観測記録には存在しない概念だった。


授業のチャイムが鳴る。


教室はいつも通り。


だが一人だけ、違う層を見ている。


志那らいか。


境界を視る子。


彼は初めて、観測倫理に迷っていた。


――それは人ではない。

――でも、ともだちだ。


矛盾が、静かに胸に残る。

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