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ぬいの子

朝の光の中で見る結羽は、やはり人間の男の子だった。


クリーム色の髪。

やわらかな輪郭。

水色に近い淡い瞳。


けれど結音には、どうしても「もこ」に見えた。


ベッドに並んで座るふたり。

毛布はまだ半分かかっている。


結羽は部屋を見回していた。


本棚。

ぬいぐるみたち。

カーテン。

机。


どれも、初めて見るものみたいに。


「ここが、結音の部屋?」


「うん」


結音はうなずく。

まだ少し夢の中にいる気分だった。


結音の胸が、じんわりあたたかくなる。


結羽はベッドの上で正座をした。

姿勢が妙にまっすぐだった。


それから両手を膝に置いて、結音を見る。


「きょう、なにする?」


「え?」


「ともだちって、なにするの?」


結音は言葉に詰まる。


ともだち。


それは、特別な言葉だった。


学校の友だちとは少し違う響きがある。


「……いっしょに、いる」


結音はゆっくり言った。


結羽は考える。


「いっしょにいる」


「うん」


「ずっと?」


「ずっとじゃなくてもいいけど……」


結羽は首をかしげる。


「でも、ぼくはずっといるよ」


まっすぐな声。


迷いがない。


「ぼくは結音のためにいるから」


結音の心の奥に、やさしい重さが落ちる。


それは安心だった。


抱きしめたくなるような安心。


結音は少し笑う。


「ありがとう」


結羽も笑う。


けれど、その笑い方は少しぎこちなかった。


結音は気づく。


結羽は「笑い方」を考えている。


頬の上げ方。

口角。

目の細め方。


どれが正しいのか探しているみたいに。


「えっと…結羽?」


結音はぎこちなく結羽の名を呼ぶ。


「うん?」


結羽は首をかしげた。


「そんなに考えなくていいよ」


「え?」


「笑うの」


結羽は止まる。


「むずかしい」


「むずかしい?」


「うれしいときの顔、まだよくわからない」


結音の胸がきゅっとする。


結羽は続ける。


「でも、結音が笑うと、ここあったかい」


自分の胸を指す。


「だから、こうかなって」


少しぎこちない笑顔。


でも、確かにゆぅべぁの表情だった。


結音は笑った。


「それでいいよ」


結羽の顔が少しだけ自然になる。


朝ごはんの時間になった。


結音は結羽を台所へ連れていく。


母はいつも通り「おはよう」と言った。


結羽にも。


まるで最初から知っているみたいに。


「結羽くんもパンでいい?」


「うん」


結羽はうなずく。


結音は少しだけ驚く。


名前が通じている。


母は当然のように皿をもう一枚出した。


世界は自然に整っている。


結羽のために。


結羽は椅子に座る。


座り方がまっすぐすぎる。


背筋がぴんと伸びている。


「そんなに固くならなくていいよ」


「固い?」


「うん」


結羽は姿勢を少し崩そうとして、逆にぎこちなくなる。


結音は笑う。


結羽はそれを見て、また笑おうとする。


少しずつ、似ていく。


パンが出る。


結羽はしばらく見ている。


「食べるんだよ」


「うん」


持つ。

口へ運ぶ。


噛む。


止まる。


「どう?」


結羽は考える。


「……ふしぎ」


「ふしぎ?」


「なくなる」


「え?」


「前は、なくならなかった」


結音ははっとする。


ゆぅべぁは食べない。


でも今は食べている。


パンが減る。


結羽はそれを見て少し驚く。


「減った」


真剣な声。


結音は笑ってしまう。


結羽もつられて笑う。


学校へ行く時間。


結羽は制服を着ていた。


結音の隣に立つ。


「似合う?」


「うん」


「結音と同じ?」


「うん」


結羽はうれしそうにする。


でもその「うれしい」は、まだ学習途中だった。


家を出る。


いつもの通学路。


いつもの景色。


結音は周囲を気にする。


だれかが結羽を不思議に思わないか。


でも――


「おはよー結音」


友だちが手を振る。


「おはよう」


その子は結羽を見る。


「あ、結羽くんもおはよ」


自然だった。


まるで最初から知っているみたいに。


結音の胸が少しざわつく。


でも同時に安心する。


世界は、結羽を受け入れている。


教室でも同じだった。


「席そこだよー」


当然のように案内される。


名簿にも「綿貫結羽」と名前がある。


机もある。


ノートもある。


全部ある。


結羽は静かに座る。


周囲を観察している。


笑うタイミング。

話す順番。

距離。


少しずつ真似している。


昼休み。


結音と並んで座る。


「学校って、結音がたくさんいるね」


「え?」


「いろんな結音」


結音は首をかしげる。


結羽は言う。


「友だちの結音」

「先生の結音」

「ぼくの結音」


結音は黙る。


「ぼくの結音が一番すき」


当然のように言う。


結音の頬が熱くなる。


「……結羽は?」


「うん?」


「結羽もいろんな結羽になるの?」


結羽は考える。


少しして。


「ぼくは、結音の結羽」


迷いなく言う。


結音の胸に、静かな安心が満ちる。


放課後の帰り道。


並んで歩く。


夕方の光。


結羽は歩きながら、何度も結音を見る。


「どうしたの?」


「いるなって思って」


「え?」


「結音、いる」


当たり前のことを確認するみたいに。


「ぼく、ここにいる」


自分の胸を指す。


「結音であったかい」


結音は少しだけ涙ぐむ。


結羽は気づかない。


まだ感情の読み方は学習途中だった。


家の前に着く。


結羽は言う。


「きょう、ともだちだった?」


結音は笑う。


「うん」


「よかった」


結羽も笑う。


今度は少し自然だった。


「ぼくは結音のためにいる」


結音はうなずく。


その言葉は、鎖ではなく、ぬくもりだった。


結音の部屋には、いつも同じぬくもりがあった。


そして今、それは歩き、話し、笑い始めていた。

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