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つなぎとめて

澱は消えた。


部屋の空気は戻っている。

光も、温度も。


だが。


結羽だけが戻らなかった。


結音の腕の中で、結羽はあまりにも軽かった。


抱いているのに、重さがない。

触れているのに、触れている感じが薄い。


「結羽」


呼ぶ。


結羽はゆっくり目を開ける。


瞳は同じ色。

でも奥の光が弱い。


「……結音」


声が空気に溶ける。


結音は抱きしめ直す。


強く。


「結羽、だめ」


意味はない言葉。


でも言わずにいられない。


結羽は微笑む。


唇が動く。


だが頬の輪郭が揺れる。


透ける。


髪の端が淡くなる。


存在がほどけている。


らいかは見ている。


境界視で。


結羽の核。


深く裂けている。


澱侵食の痕が残る。


光は濁り、欠けている。


結束線は細い。


臨界。


保持時間:短。


らいかは言う。


「核がもたない」


結音の胸が凍る。


「……え」


「このままでは」


結羽を見る。


「消える」


結音は首を振る。


「やだ」


抱きしめる。


だが腕の中の感触が薄い。


存在が離れていく。


今この瞬間も。


結音は理解する。


このままでは。


結羽はいなくなる。


そのとき。


結音の中で何かが変わる。


泣くのをやめる。


顔を上げる。


らいかを見る。


そして言う。


「助けて」


初めての言葉。


観測者へ。


境界の側へ。


「結羽を消さないで」


らいかは静かに結音を見る。


主の願い。


純粋。


強度:極高。


干渉条件成立。


だが決定権は別層。


らいかの視線が横へ動く。


部屋の床。


そこにいる。


灰色の猫。


ファル。


澱の消滅を見届けた位置で。


ファルは結羽を見る。


崩壊寸前の核。


ほどける糸。


揺れる結束。


そして結音。


星の娘。


願いの源。


金の瞳が細まる。


ファルが言う。


「ぬいの子は臨界だ」


結羽の輪郭がまた揺れる。


指先が透ける。


頬の線が消えかける。


結音が抱きしめる。


「やだ」


ファルの声は低い。


「このままなら還る」


結音は首を振る。


涙が落ちる。


「還さない」


断言。


震えている。


でも強い。


ファルの瞳がわずかに光る。


「境へ踏み込むか」


その言葉と同時に。


部屋の床が揺らぐ。


板と畳の境界が薄くなる。


その下に、別の層が現れる。


光でも闇でもない空間。


糸と残響の海。


境界。


形と想いの間。


人の領域ではない場所。


結音は迷わない。


結羽を抱いたまま立つ。


軽い。


あまりにも軽い。


今にもほどける。


でもまだここにいる。


まだ間に合う。


結音は言う。


「行く」


ファルを見る。


らいかを見る。


「結羽をつなぎとめたい」


らいかの内部で倫理が解ける。


観測者ではなくなる。


同行判断:許可。


ファルがわずかにうなずく。


境界が広がる。


床が透ける。


下に糸の海。


結音は一歩踏み出す。


境界へ。


人の領域の外へ。


結羽を抱いたまま。


結羽はかすかに目を開ける。


「……結音」


結音は顔を寄せる。


「いるよ」


涙が落ちる。


結羽の頬に触れる。


境界で光になる。


核がわずかに応答する。


まだ消えていない。


結音は進む。


境界の中へ。


再編の可能性へ。


ぬいの子をつなぎとめるために。

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