アイドルというもの
その日は雲一つない快晴だった。
午後五時を回る頃である。
「一旦休憩にするか。」プロデューサーの俺は、資料をまとめて教室を後にした。
天気が良い。天気が良いと言っても、ただの快晴なんかではない。心地良い気温、心地良い風、心地良い静けさ。何とも言えないこの天気がたまらなく好きなのである。
学園付近の公園にある自動販売機で、缶コーヒーを買い、ベンチにぐったりと座り込んだ。暫くして、近くのブランコに見覚えのある少女がいた。
ー篠澤 広さん。俺がプロデュースを担当している新人アイドルだ。
「プロデューサー?こんな時間にどうしたの?」俺が声を掛けようとする前に気取られてしまったらしい。
「篠澤さんこそ。こんな時間に独りで居たら危ないですよ。」
「ふふ、プロデューサー、心配のしすぎ。まだ夕方だよ?そんなに私の事が好きなんだ?」篠澤さんはいつもこうだ。
「担当アイドルに何かがあったら責任を負うのはプロデューサーの俺ですから。」呆れたように俺は言った。
「今、ね。空を見ていたの。」篠澤さんはいつも突拍子も無い事を言う。その瞬間もいつもと同じようにそう思った。
「・・・空ですか?」
「うん。ただ空を見ていたわけじゃなくて、上手く表現は出来ないんだけど。体全体で感じる・・・この心地よさが、好き。」
「・・・同感です。」初めてだった。アイドル以外の事で。篠澤広という生物の感性に共感出来たのは。
「珍しいね。プロデューサーが私の意見に共感するなんて。もしかして具合でも悪い?」
「自分も体調が優れない気がしてきました。」
「ふふ、いつもの鬼のように冷徹なプロデューサーに戻った。」
しかし本当に驚いた。篠澤広という生物をプロデュースしている以上、篠澤さんならこうするだろうと推測する事はある。ただ、それはあくまでも推測であり、共感とは程遠いものだった。篠澤広に共感する。これは、俺自身にとって拭いきれない違和感であった。
「篠澤さんこそ。調子が優れないのでは?普段であれば空なんて観察しないでしょう。」
「プロデューサーは何でもお見通しだね。」冷たいような暖かいような。そんな夜風が吹き抜ける。
「私は、篠澤広は、篠澤広という存在に悩んでいる。」
「と、言いますと?」
「私は、ね。今まで友達が出来なかった。馴染めなかった。初星学園に入学する前は基本孤りで生きてきた。いわば影の存在だった。」篠澤さんは続ける。
「そんな影の存在の自分が『アイドル』として、みんなに希望を与える光として進んでいる。アイドルの自分もそうでない自分も。どちらも本当の自分だと信じたい。だけど『アイドル』という存在は、私が歩んできた人生とはあまりにも、あまりにも対照的。私はどちらが本当の私なの?」風が止み、静寂が支配する。
「篠澤さんは一つ勘違いをされています。」
「勘違い?」篠澤さんは困惑気味に問い返す。
「光と影は対照的と表現されましたね。ですがそれは間違いです。光によって影が生まれ、影が無ければそれは光はその場には存在しないという証明にもなる。厳密に言えば、アイドルは光源です。アイドルを光源と例えるなら、影はアイドルのファンと言った所でしょうか。」追い風が頬を撫で触る。
「改めてお聞きしますが、篠澤さんはどうしてアイドルになりたいと思ったんです?」
「・・・私が向いてない事をやりたいと思っていたのも理由の一つだけど。アイドルのライブを観たとき、綺麗だなって思ったの。これになってみたいってそう思ったの。」
「それでいいと思います。」
「・・・え?」
「アイドルになる多くの方は、みな使命を背負っているわけではありません。憧れから、ファンからアイドルになる方だって居ます。憧れてアイドルになった方は影から光源になった。照らされる存在だけでは留まらず、照らす存在へとなった。それでいいんです。」篠澤さんは俯きながら語り掛ける。
「光源の私も影の私も。どちらも本当の私だと解かった。でも、ね。光源から影に戻る事は。もう一人の私に戻る事は、出来ないかもしれない。それはもう一人の私を捨てなければいけない。そういう事なのかな。」日が西に傾いている。
「もし、もう一人の自分に戻りたければ。光を、アイドルを、止めればいい。休めばいい。光を止めた所で光源が壊れるわけではない。またもう一度照らせば良い。」
「止めている間にいつか壊れてしまうかもしれないのに?」
「それを調整、修正していくのがプロデューサーの役割ですから。」
「もし、ね。私が壊れかけたりしても。プロデューサーはなおしてくれる?」
「勿論です。」
「・・・絶対?」
「絶対です。」食い気味に俺は答えた。
「そっか。ふふ。」篠澤さんは太陽みたいな顔で笑った。そして空に向かって宣言した。
「篠澤広、私はトップアイドルになる!」日は完全に落ちていた。
解像度が低かったら申し訳ないです。




