第八章 コインの軍団投降
コインは震えながら声を上げた。
「降参だ! ママを殺さないでくれ……。お前の言うとおりに、何でもするから……!」
カルディは一瞬だけ考え、そして小さくうなずいた。
「そうか。なんでもするなら……許してやるよ」
敵だったはずのコインを、カルディはかわいそうだと思ってしまったのだ。
アルの仇は取った――そう自分に言い聞かせるように、カルディは微笑んだ。
「アルの仇は取ったからね」
コインは安堵したように、金属音を鳴らしながら近づいてくる。
「ご主人、これにサインしてくれりゃ、あっしらは二度と逆らえねぇ」
差し出されたのは、奇妙な契約書だった。
カルディは内容を深く考えず、代わりに自分の手を強く押しつける。
「――バン」
手形が刻まれた瞬間、紙が淡く光った。
続けてコインは、必死な声で訴える。
「このままだと、母さんが他のモンスターに殺されちまう。頼む、助けてくれ!」
カルディは短く答えた。
「……わかった」
「収納」
その一言で、宝箱はコインの望み通り、空間の彼方へと消えた。
その直後だった。
コインたちはカルディの意思とは関係なく、収納と現実を行き来し始める。
「ご主人、ありがとう……」
宝箱が完全に収納された瞬間、
ダンジョンと宝箱を繋いでいた“何か”が、ぷつりと切れた。
代わりに――
カルディと宝箱のリンクが、はっきりと繋がるのを感じた。
視界が、急に広がる。
「……見える?」
ランタンがなくても、暗闇がはっきりと認識できる。
コインを通して、夜目が利くようになっていた。
だが安堵する暇はない。
宝箱のテリトリーが消えたことを察したのだろう。
通路の奥から、低い唸り声が響いた。
――ドン、ドン、と地面が揺れる。
巨大な狼が、こちらへ向かって走ってくる。
「コイン! アルを運ぶの、手伝って!」
アルの体がコインに持ち上げられ、宙に浮く。
「急げーっ!」
狼は、もうすぐそこまで迫っていた。
カルディとコインは、アルを引きずるようにして逃げる。
カルディが先に横穴へ滑り込み、必死にアルを引きずり出した。
「ギリギリ……セーフ!」
間一髪、狼の牙に噛みつかれることなく、アルを引き出すことに成功する。
そのときだった。
気づけば、あの金貨は――消えていた。
◇
「アル! 何があったんだ、返事しろ!」
ビルがアルを抱き抱え、必死に叫んでいる。
「カルディ、何があったんだ!」
大人たちはカルディを囲み、問い詰める。
「……アルが、魔物に襲われたんだ」
大人たちが、カルディたちが出てきた穴を覗くと、
巨大な狼が穴を広げようと、ガリガリと土を掻いていた。
「……あれは無理だ」
「とてもじゃないが、素人じゃ倒せん」
カルディはアルのそばに駆け寄る。
「アル、大丈夫? 目を覚まして……!」
ビルは持っていたHPポーションを、出来る限りアルにかけ、飲ませた。
「こんな所に連れてきて……ごめんな……」
何度も、何度も謝りながら。
そしてカルディの方を見て、
「カルディも怪我はないか?」
と確かめる。
「……とりあえず、息子の命を救ってくれて、ありがとう」
そう言って、カルディの頭をくしゃくしゃと撫でた。
アルは抱えられ、町へと運ばれていく。
大人たちは口々に言った。
「あんな大きな狼、大人数でも倒せないぞ」
「冒険者ギルドに連絡だな」
「勇気を出して、よくアルを助け出してくれた」
彼らは、アルが“狼に襲われた”と勘違いしているようだった。
家に着くと、
カルディは、日頃ほとんど話すことのない人々からも感謝の言葉を受けた。
――だが、カルディだけは知っている。
この出来事が、
ただの「事故」では終わらないことを。




