第五十七章 マーリンの再調整
「……これ、どうしよう。エマしか使えないんだよな」
その名を口にした瞬間だった。
ラナの視線が、鋭く突き刺さる。
「エマがどうしたの?」
間髪入れず、唇に笑み。
「昔の女にあげた杖?」
悪意が、遠慮なく塗り込められた言い方だった。
「違う違う」
カルディは即座に弁明する。
「名前は《マーリンの杖》。中にドラゴンハートを内蔵しててさ」
杖を軽く掲げる。
「ドラゴンの魔力と、マーリンの残滓の魔力、
それに持ち主の魔力を同時に引き出せる。
……だから、出力が桁違いなんだ」
ラナの瞳が、きらりと光る。
「私に頂戴」
即答だった。
「いや、それが――」
カルディは困ったように頭を掻く。
「エマ用に自動調整されてるらしくてさ。
他の人が使うと、暴走するって――」
言い終わる前に、異変が起きた。
カルディの足元。
収納の奥にあるはずの伝説の盾とカリバーンJrが、
まるで呼応するように震え始める。
杖を含めた三つの魔具が共鳴し、
白い煙が立ち上った。
煙は渦を巻き、やがて――
白衣をまとい、長い髪を垂らした老人の姿を形作る。
「まったく……」
呆れたような声。
「ちょっと貸しなさい」
老人は躊躇なくカルディの手から杖を奪い取る。
杖の内部で、魔力の流れが組み替えられていくのが、はっきりと分かった。
数瞬後。
「――調整完了じゃ」
老人はそう言い、杖をラナの手に戻した。
次の瞬間、老人の姿は煙のようにほどけ、空気に溶けて消えた。
沈黙。
ラナは杖を握りしめ、自分の内側を確かめるように目を細める。
「……私の魔力と、別の魔力が三重に絡み合ってる」
その肌が、白熱球のように白く発光し始める。
これまで細く鋭かった放電は、
明らかに“太さ”を増したプラズマへと変質していた。
圧縮された雷。
触れれば、世界そのものを焼き切りかねない密度。
威力は――
比べ物にならない。
ラナは杖を握ったまま、静かに息を吸った。
「……なるほど」
声は落ち着いている。
だが、その周囲の空気が、じわりと歪む。
「これは“借り物”じゃないわ」
白く発光していた肌の内側で、雷が鳴る前の静寂をつくっていた。
プラズマは暴れていない。
むしろ――従っている。
「ドラゴンの魔力は力そのもの。
マーリンの残滓は構造と理論。
そして――」
ラナは自分の胸に、そっと手を当てる。
「私の魔力は、意志」
次の瞬間、足元の床に細い放電が走る。
だが破壊はしない。
焼き切る寸前で止まる、完璧な制御。
「エマの“調整”は、きれいに上書きされたわ」
唇に、ほんのわずかな笑みが浮かぶ。
それは勝利でも嘲笑でもない――不要なものを切り捨てた者の静けさだった。
その背後で、プラズマが変質する。
白熱していた光は、次の段階へ――
白から、淡く青を帯びた神域の輝きへ。
ラナは杖を軽く床に当てた。
――ゴトン。
音は小さい。
だが、その瞬間、空間そのものが意思を持って従った。
「これで私は――
“撃てる”だけじゃない」
次の瞬間。
プラズマが、鞭のようにしなり、分岐する。
磁力に引き寄せられた金属――
フォークが宙に浮き、プラズマに絡め取られる。
一本、二本、三本……
最大十本のフォークが、雷光の糸に操られた。
窓の外。
百メートル先に立つ一本の木。
――突き刺す。
――引き抜く。
――突き刺す。
――引き抜く。
10本のフォークがこれを繰り返す。
間断なき連撃。
雷が意思を持ち、金属が刃となり、
裁定の動作だけが正確に繰り返される。
木はフォークが刺さる度電撃を食らい悲鳴
をあげ燃え上る。
メイド達が火事がおきたと騒いでいる。




