第五十四章 裁定と代償
「ずいぶん派手な大立ち回りだったみたいだね」
ラナは視線を伏せ、わずかに頬を染める。
「……申し訳ありません」
「いや、責めているわけじゃない」
カルディは考え込むように続けた。
「こうするのはどうだろう。象兵たちは、これからもうちで働くんだろう? それなら給金に上乗せして、借金分は分割払いという形にする」
帝国次官は、その提案にほっとしたようにニコニコと頷いていた。
だが、カルディはそこで条件を付け加える。
「その代わり、元大臣の資産はすべて私に譲ってほしい」
一瞬で、次官の顔色が変わった。
「そ、それは……私の一存では……。あくまで私は一役人にすぎませんので」
カルディの声は穏やかなままだ。
「では、この件から私は東帝国は手を引きます。帝国が全額を支払ってください」
次官が言葉に詰まるのを見て、カルディは畳みかける。
「それに――身体検査を受け、裸一貫で東帝国のさらに東へ追放された人間が、なぜ帝国の実印を持っていたのでしょうね?
その実印は、いったいどこで奪われたのですか?」
帝国次官
「……身体検査が、甘かったのではないかと……」
静かに口を挟んだのはラナだった。
「現大臣も、元大臣の親族ではありませんか?」
カルディは次官をまっすぐに見据える。
「分かりますよね。このままでは、あの一族は永遠に私へ刺客を送り続ける。
そして、その計画にかかる費用を、私が肩代わりする構図になる」
帝国次官は深く息を吐いた。
「次官の立場では、大臣を糾弾することはできません」
だが、はっきりと続ける。
「……しかし、この件は必ず、皇帝陛下にお伝えいたします」
象兵A
「……やっぱり、帝国は借金を踏み倒したか」
象兵C
「一部族が持ってる証文なんて、大国にかかれば簡単に揉み消される。最初から分かっていたことさ」
象兵B
「それでも、インドラ様――いや、カルディ様はお優しいよな」
「敵だった俺たちにまで、帝国から支払われなかった分を給金に上乗せしてくれるんだから」
象兵A
「この前、地元のやつに会ったんだ」
象兵B
「インドの地名はインドラ神に由来するって話だろ? 聖地巡礼だっていってた」
象兵A
「ああ。でもな、インドラ様に会えないまま帰るそうだ」
象兵C
「当然だろうな」
「インドラ様に直接お仕えし、会うことを許されているのは――」
象兵Cは胸を張り、誇らしげに続ける。
「インドラ様の守護を任された象と、俺たちだけだ」
「……光栄なことだよ、本当に」
カルディは、ラナの母親を実際に知っているわけではない。
だが――コインを介し、その“視覚”を通して、顔だけは何度も見ていた。
そのラナの母親が今、玉座の前で皇帝に問いかけている。
「ラナは……元気でやっていますか?」
皇帝はわずかに笑みを浮かべた。
「このあいだはエマと口論してな。どうやら、勝ったらしい」
ラナの母親は、ふうと小さく息を吐いた。
「旦那様は女癖が悪いと聞いております。
エマ様も、ユリアナ様も、随分と泣かされてきたとか」
さらに、畳みかける。
「ユリアナ様は、旦那様を怒らせるようなことを言ったせいで、勇者様の付き人を首になったとも」
「弟君のラグナ様からも距離を置かれ、今はお一人だとか……」
――そこまで聞いて。
カルディは、さすがに黙っていられなかった。
コインと口を同調させ、声を玉座へと届ける。
「カルディです、皇帝陛下。
そちらへ伺っても、よろしいでしょうか」
皇帝は天井を仰ぎ不思議そうな顔で、左右を見回し――短く答えた。
「……よいぞ」
次の瞬間。
玉座の前に転移したのは、カルディと――ラナだった。
ラナは迷いなく二人に飛びつく。
「お母さま! お父さま! 久しぶり!」
カルディは一歩下がり、丁寧に頭を下げた。
「皇帝陛下、お久しぶりでございます。
そして……クシャナ第三王女殿下。初めてお目にかかります」
だが、ラナの母親の表情は硬いままだ。
「……あなたの悪い噂は、聞き及んでおりますよ」
冷たい声が、広間に落ちる。
「エジプトへ浮気旅行を繰り返し」
「先日はエマ様に電撃を浴びせ、一生消えぬ傷を負わせたとか」
次官が慌てて割って入る。
「そ、それは……ラナ様によるものでして……」
ラナの母親は、きっと次官を睨みつけた。
「……ラナに、そんなことができるはずがないでしょう」
一喝。
「下がりなさい」
次官は言葉を失い、後退する。
そのとき――
一人の大臣が前に出た。
「よくも俺に、帝国印強奪の嫌疑をかけてくれたな!」
声を張り上げる。
「者ども! ひっ捕らえろ!」
憲兵が四十人ほど、隙間なく広間を埋め尽くす。
先頭に立つのは、大臣自身。
ラナはカルディの横で、静かに放電していた。
その光は、カルディの身体すら包み込む。
「捕まえられるものなら、捕まえてみなさい」
ラナの母親が叫ぶ。
「なぜ、そのロクデナシを庇うの!」
「いい加減、その魔法をやめなさい!」
ラナは、真っ直ぐに言い返した。
「お母さまは……どうして、私の幸せを奪おうとするの?」
ラナの母親は、言葉を失う。
大臣が嘲るように嗤った。
「皇帝陛下の御前で、攻撃魔法とは……大胆ですな」
皇帝が低く命じる。
「大臣、下がれ」
だが、大臣は止まらない。
「こいつだけは……叔父上とエマの仇!」
「ご安心ください、皇帝陛下。
こやつを殺せば、東帝国は崩壊します!」
「誰も、帝国に逆らおうとはしなくなる!」
――その瞬間。
大臣の眼前で、ボンと空気が弾けた。
衝撃波。
憲兵四十名は将棋倒しとなり、次々と医務室へ運ばれていく。
正面に立って爆風をまともに受けた大臣だけは――
その場で、即死していた。
次官が震える声で問う。
「……あなたが、殺したのですか?」
カルディは静かに答える。
「僕は、武器も出していませんよね?」
ただ――
高圧収納に溜め込まれていた“空気”を、解放しただけだ。
次官が青ざめたまま告げる。
「大臣の死に納得していない一族が、公邸前に集まり始めています」
エマとユリアナが前に出る。
「逃がさないわよ」
皇帝が短く命じる。
「下がれ」
だが、エマとユリアナを先頭に弓兵が並ぶ。
「皇帝陛下には、くれぐれも当たらぬように」
ユリアナが叫ぶ。
「発射!」
カルディは即座に応じた。
「収納射出」
放たれた矢は、弓兵の前で消え――
次の瞬間、弓兵の背後に出現する。
悲鳴。
弓兵たちは、自分の矢で倒れていった。
エマが歯噛みする。
「魔法は……収納できないわよね」
マーリンの杖により、ファイヤーボールは直径一メートルに膨れ上がっている。
「負けを認める気になった?」
「いけー!」
だが――
エマとユリアナの前で、ボン。
ファイヤーボールは前に進まず、やがて霧散した。
爆風は続き二人は壁に激突する。
下からも爆風がボン、天井に叩きつけられそうになった瞬間、再びボン。
まるでポルターガイストだ。
2人の身体はあがったりさがったりしている
周囲は皇帝に逆らった事が原因で
おきたポルターガイスト現象だと
帝国はいちづけた
次官――いや、新大臣が引きつった笑みを浮かべる。
「カルディ様は……運がお強いですな。
偶然が重なり、命の危機を逃れるとは」
その言葉を嘲笑うかのように、
マーリンの杖は主人を見捨て、カルディの手へと戻ってきた。
皇帝が静かに告げる。
「ユリアナは元大臣一族でもないのに、嫉妬か?」
「大臣一族の領地は没収」
「ユリアナは他国へ嫁に出す」
「エマは元大臣次男との婚約を解消し、同じく他国へ」
カルディを見据え、
「……で、いいかな?」
そして、ふと思い出したように言う。
「そういえば、お前たちは何しに来たのだ」
ラナが一歩前に出て、微笑んだ。
「結婚の準備は整っていて、いつでもできます」
「お父さまの日程を聞きに。」




