第五十二章 デウスの子インドラ
カルディはベッドに伏したまま、荒い息をついていた。
朝、控えめなノックの音がして、メイドの声が響く。
「来客でございます」
カルディの横から、ふわりとラナ姫が身を起こす。
その姿を見た瞬間、メイドは思わず身をすくめた。
「旦那さまは体調がすぐれません。本日はお引き取りください」
ラナは静かだが、有無を言わせぬ口調で言った。
「ですが……」
メイドは言い淀み、
「昨日、ご主人の命を救ったと申す者が来ております」
「すぐに行く」
かすれた声でカルディが答えた。
「お着替えは……」
「私がやります。下がりなさい」
「しかし――」
「下がりなさい」
ラナは一切の反論を許さず、手際よく支度を整えると、カルディに肩を貸した。
なんとか玉座までたどり着き、ようやく座らせる。
五メートル先で、片膝をついて待っていた商人は目を見張った。
次の瞬間、玉座にいたはずの皇帝が、目の前に現れていたからだ。
「昨日は助かった。本当にありがとう」
そう言って、カルディは商人を抱きしめた。
そして、ずっしりと重い新貨幣の革袋を手に握らせる。
「本当に、ありがとう」
何度も繰り返す言葉に、商人は慌てて頭を下げた。
「滅相もございません」
「ご無理をなさらないでください」
ラナが駆け寄り、支える。
商人は意を決したように言った。
「ご無理ついでに……お会いいただきたい方がおります」
「命の恩人の頼みなら断れないな」
門前にいたのは、一頭の象。
その横で、象兵が地に伏し、両手を合わせていた。
インドにおける、最上級の礼である。
カルディは片手でその手を取り、立たせた。
「私はカルディ。この国の皇帝を務めている」
「折り入って、お話がございます」
象兵は震える声で続けた。
「昨日、神学者より聞きました。インド洋にインドラ神が降臨され、空を翔けて行かれたと」
「インドラ神が怒って巨大な落雷を
落とされたと」
「インドラの怒りに触れ落雷を落とされた部族は、この地を去れと、周囲から迫られております」
カルディ
(本来はデウス由来、ゼウス系統の雷だ)
(まあ、インドラはデウスの子供だし……)
(周囲が勘違いするのも、無理はないか)
商人が補足する。
「この者たちは、一部始終を目撃しました。
私と別れた貴方様が、神のごとく消えたのを見て……生き神だと確信したのです」
「皆を連れて参りました」
象兵は深く頭を下げる。
「どうか、インドラの怒りを鎮めてはいただけませんでしょうか」
カルディとラナは象に乗せられ、集落へ向かった。
ラナは目を輝かせている。
「象って、見た目よりずっと大人しいんですね」
「ええ。ですが戦になれば、ライオンすら圧倒します」
カルディは顔色を失っていた。
恩人の頼みとはいえ、楽しめる状況ではない。
「到着しました」
ラナは周囲を見渡しながら数える。
「三十頭ほど、いらっしゃるのですか?」
そのとき――
離れた場所にいた一頭の象の背後から、矢が放たれた。
矢はカルディの額に直撃する。キィーン
だが、傷一つつけることなく、地に落ちた。
――アキレスの呪い。
「今日は厄日だ……反撃する体力も残っていない」
カルディの体にプラズマが巻き付き始める。
カルディ
「よし電撃耐性がついたな」
カルディは全く痺れない
その横で、ラナの手には雷の矢が握られていた。
カルディが射手の方向を指さす。
ラナは勢いよく振り向き、叫ぶ。
「いっけーーっ!」
射手は象の陰に隠れたが、雷は象ごと貫いた。
巨体は横倒しになり、射手はその下敷きとなる。
ラナが鋭く睨むと、
二人の男が射手を引きずり出し、カルディの前へ
引き摺りだした。
象兵たちが男を囲んで罵声を浴びせ初める
自分達はテロとは関係ないと言わんばかりに
「何てことしやがる!」
「台無しだ!」
「お前のせいで部族が壊滅する!」
「何のために謝罪に来たと思ってる!」
「もう終わりだ……家族よ、すまん……」
「元部族長の子だからって、調子に乗りやがって!」
罵声と共に殴られ、男は泣き崩れた。
カルディは足を引きずりながら前に出る。
「インドラは、貴方たちを許した」
「地元へ帰りなさい。私は、あなた方の罪を赦す」
そう言って、金貨二枚を――
自分を襲った者を除く全員に握らせた。
「東帝国観光でもして帰るといい」
象兵は困ったように言った。
「我々の家族も、すでに追い出され……こちらへ向かっています。もう、戻れません
戻れないのです。」
騒ぎを聞きつけた門番が現れ、犯人は引き渡された。
カルディは限界だった。
早く終わらせたくて、ただ一言だけ告げる。
「この国の警護を任せる」
次の瞬間、カルディの姿は消え、ベッドへと転移していた。
「どこを守れば……」
呆然とする象兵に、ラナは微笑んで言った。
「詳しい話は、明日また来なさい」




