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第五十章 黃帝

カルディ、ケンタ、そして神学者は、勇者一行の目前に転移した。

もちろん偶然ではない。勇者一行の財布の奥深く――

そこに、カルディのコインが潜んでいたからだ。

いわゆる“ナセル技”である。

出現した、その瞬間だった。

「――雷公鞭!」

雷を纏った鞭が空を裂き、ケンタとカルディを同時に打ち据えた。

「グガァァァッ!」

全身を駆け巡る激しい電撃。

意識が白く弾け、感覚が遠のいていく。

――――

次に目を開けたとき、頭に触れたのは、柔らかな肉の感触だった。

一瞬、ユリアナの太ももかと思いかけて――

「……って、ケンタの腹の上かよ」

現実に気づいたカルディは、勢いよく跳ね起きる。

「災難だったね」

神学者が、どこか他人事のように言った。

カルディは首に手を回し、ぐるりと回してストレッチをする。

その音につられるように、ケンタも目を覚ました。

気がつけば二人を囲むように、

ハルト、ナギ、ヒマリが立っている。

「久しぶり」

「元気だった?」

「皇帝になったんだって?」

「婚約するとは思わなかった」

「で、一緒に来れるの?」

矢継ぎ早に投げられる言葉に、カルディは苦笑する。

神学者は一歩前に出て、カルディへ深く頭を下げた。

「ケンタくんを改宗させてくれて、感謝いたします。

 これからも聖者教、マニ教ともに、東帝国と歩むことをお約束しましょう。

 今まで、本当にありがとうございました」

その少し離れた場所で、

金髪の見慣れない男が壁にもたれ、こちらを見ていた。

手には、先ほどの鞭。

「それが“雷公鞭”ってやつかい」

男はぷいっと視線を外に逸らす。

ナギが肩をすくめる。

「黄帝ちゃん、またそういう態度とって」

「かまってほしいの?」

「……」

男――黃帝は、低い声で吐き捨てる。

「僕は、姉さんをまた孤独にしたそいつが許せないだけだ」

そのとき、壁の向こうから足音がして、

ユリアナが姿を現した。

「私は、あなたがいれば居場所はあるわ」

そう言って、優しく微笑む。

「“黃帝”なんて呼ばれているけどね。

 本当の名前はラグナ。

 私の兄弟で、唯一の男よ」

場の空気が、わずかに揺れた。


カルディ

「そう言えばミナトはどうしたんだ」

ナギ

「そう聞いて聞いてひょうたん型の大型

食虫植物を抱えた男に手がでなくて、

男の食虫植物にミナトは飲み込まれたの」


ケンタ

「なんでみんな助けに行かないんだよ」

ナギ

「食虫植物が服を溶かす液体を吐き出すの

近づけない。」

「ミナトは30mも離れてたのに吸い込まれた」

ユリアナ

「資金も突きてどうしようも」

神学者

「潤沢な資金を渡されてたろう」

ユリアナ

「貨幣が違うと倍の金額にふっかけられるの

 貨幣交換代が必要なんだって」

「神学者さまが折角妲己を教えてくれ

たのにここまでかもしれません」

ヒマリ

「これから食虫植物の見えるとこまでいって

死んだミナトに手を会わせて帰ろうって」

カルディ

「じゃオレも手を合わせたら帰るわ」

ヒマリ

「そうしてくれる」


ケンタ

「……なんでだよ。

 なんで、誰も助けに行かないんだ」

ナギ

「行けないの。

 あの食虫植物は、溶解液を吐く。布も皮も、魔具も同じ」

「ミナトは三十メートル離れていた。

 それでも、引きずられた」

ユリアナ

「……もう、資金がありません」

神学者

「潤沢な金を渡したはずだ」

ユリアナ

「貨幣が違います。

 両替が必要だと言われて、相場の倍を要求されました」

「神学者さまが、妲己の知識を教えてくださったのに……

 それでも、ここまでかもしれません」

ヒマリ

「……だから。

 見えるところまで行って、

 ミナトに手を合わせて、帰ろうって」

カルディ

「……じゃあ、オレも手を合わせて帰る」

ヒマリ

「……うん」

 

崖の上。

食虫植物に絡み取られた男がいる。

それは抱えているのではない。

抱えられているのだ。

男の目は、もう人のものではなかった。

獲物を見下ろす、濁った光。

ナギ

「近づかないで。

 引き込まれる……」

カルディは黙って、両手を合わせる。

沈黙。

指先に、冷たい感触。

ユリアナが、服の裾をつまんでいた。

ユリアナ

「……ねえ。

 あなたなら、どうするの」

カルディ

「オレなら――」

空気が、歪む。

男とカルディの間に、

重たい“何か”が落ちてきた。

宝箱のママ。

地面が軋む。

食虫植物が吸い込もうと口を開く。

だが、足りない。

「……ウギャ……ゴリ……」

骨が砕ける音。

「――ペッ」

吐き出されたのは、

噛み砕かれた骨と、肉片と、蔓。

男は消えていた。

残ったのは、

“役目を終えた”食虫植物だけ。

カルディは、カリバーンJrを抜く。

刃を振り上げない。

振り下ろさない。

ただ、周囲をなぞるように、

一周。

「ズ……」

遅れて、悲鳴。

「ギャアアアアアア……

 ギギ……ギ……」

分断。

泡のように、骨があふれ出す。

白く、滑り、数が多すぎる。

その奥。

エクスカリバーの鈍い光の中で、

裸のミナトが、膝を抱えていた。

皮膚は冷え、

呼吸は浅い。

ヒマリが声を上げようとして、

喉を詰まらせる。

抱きしめると、

心臓は――動いている。

ミナトの瞼が、ゆっくり開く。

ミナト

「……暗いな」

伸びをする。

関節が、嫌な音を立てる。

ミナト

「……ああ。

 まだ、戻れたんだ」



皆が肩を組んだ。

それは祝福の形をしていたが、

実際には――互いが倒れないための支え合いだった。

ミナトは笑っていた。

だがその笑顔は、少し遅れている。

生きている理由を、まだ思い出せていない。

カルディは、その輪を見なかった。

涙を拭うが、拭ったものが何だったのか、

自分でも分からない。

背を向ける。

カルディ

「……さぁて。

 東帝国に戻って、フェニキア領合併の書類でも作りますか」

命の話は、もう終わった。

残ったのは、手続きだけだ。

裾が、引かれる。

振り向くと、ユリアナがいた。

表情はない。

あるのは、計算だけだ。

「…………」

黃帝が一歩踏み出す。

誤解の余地を残さない殺気。

黃帝

「姉さんに、触るな」

だがユリアナは、カルディから目を離さない。

ユリアナ

「……お金は?」

その言葉は、

感謝よりも先に出た。

カルディと黃帝は、同時に言葉を失った。

ユリアナ

「ミナトの治療費」

「意識が戻るまでの入院」

「私たちが、ここで“足止めされた”分の滞在費」

「それから……帰りの旅費」

間を置く。

ユリアナ

「生き返った、なんて言葉で

 片付けられる話じゃないでしょ」

「……金貨八千枚」

要求ではない。

請求だった。

カルディは、何も言わない。

ただ、手を振る。

ドサリ。

ドサリ。

ドサリ。

ドサリ。

二千枚入りの革袋が、四つ。

舗道に落ちた音は重く、

骨の折れる音によく似ていた。

それを見て、黃帝が鼻で笑う。

黃帝

「……姉さんさ」

金貨と人間を見比べて、

吐き捨てるように言った。

黃帝

「そりゃ、モテないわ」

ユリアナは答えない。

金貨の数を数えながら、

生き延びた人間の価値を、

正確に切り分けていただけだった。

誰も、もう祝福しなかった。

助かった命は、

金額に換算され、清算された。


ナギのそばに立つ黃帝が、少し困ったように声をかけた。

「……いつも、こんな感じなんですか?」

ナギは肩をすくめ、どこか達観した笑みを浮かべる。

「ええ。上司と部下の関係ってやつね」

「ユリアナは、それを恋愛だと思ってるみたいだけど」

一拍置いて、ナギは続けた。

「ちなみにエマも同じよ」

「だから私個人的には、カルディくんがラナちゃんを選んでくれて、正直ほっとしてるの」

視線を遠くにやり、少し柔らかい声になる。

「カルディくんって、相手が幸せになることばかり考えて、自分の幸せは後回しにするでしょう?」

「そう考えると……あなたのお父さんの見る目は、本当に素晴らしいわね」

そこへ、ユリアナが唐突に声を張り上げた。

「カルディ君、これも持って帰って」

そう言って、彼女はミナトを指さす。

「帝国の医務室に置いて帰るだけでいいから」

黃帝が思わず口を挟む。

「姉さん……入院代まで取る気?」

ユリアナは悪びれもせず言い返した。

「これから私たちは苦労するのよ」

「離脱して楽する人は、これくらい取られても仕方ないわ」

そのやり取りを聞きながら、ナギは小さく息をついた。

「……隣にいるのが皇帝様だって、自覚ないわね」

「ユリアナの一言で戦争にならなきゃいいけど」

「まあ、カルディくんが優しいから……たぶん大丈夫でしょうけど」

誰にも聞こえない程度の声でそう呟き、ヒマリはカルディに向き直る。

「私も帰して。ミナトの看病がしたいの」

カルディは短くうなずいた。

「分かった。じゃ、皆さま」

勇者一行は揃って両手を合わせ、深く頭を下げる。

「ユリアナが、すまん」

その謝罪を背に、カルディたちはその場を後にした。

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