第五章 八極門と剣
次の朝、カルディはアルに起こされた。
「カルディ、早く起きろ。朝練行くぞ」
まだ眠気の残るカルディを、マギーが包み込むように抱き起こしてくれる。
そのぬくもりに、思わず頬がゆるんだ。
「ちゃんと眠れた?」
そう言って、カルディの頭をやさしく撫でる。
「シュシュッ」
アルはすでに起きており、部屋の隅でキックの動作を確認していた。
カルディは蹴りというものを初めてまともに見たが、その動きがあまりに流れるようで、美しいとさえ感じた。
「ここで練習しないの。外に行きなさい」
マギーに追い立てられ、二人は家を飛び出す。
「練習場まで競争だ!」
「ま、待って!」
必死に追いかけながら、カルディは尋ねた。
「お兄ちゃん、僕……何をすればいいの?」
「――ん?」
アルが足を止める。
「今、お兄ちゃんって言ったか?」
次の瞬間、カルディの頭はくしゃくしゃになるまで撫で回された。
「よし、任せろ!」
練習場に着くと、そこにはビルと、見知らぬ初老の男がいた。
「今日は早いな、アル」
ビルが声をかけるより早く、老人が前に出てくる。
「わしを紹介するヨ。わしは八極門――いや、中国拳法の達人、ワンだ。よろしくな」
堂々と自分で達人を名乗った。
ビルはカルディの耳元で、そっと囁く。
「この爺さんな……『弟子が欲しい』って駄々をこねてて」
両手を合わせ、申し訳なさそうに頭を下げる。
――悪いが、カルディには弟子になってもらおう。
そう決めたビルは、心の中で詫びた。
こうしてカルディは、一日中「馬に乗る姿勢」だけを教えられることになった。
「そんなつまらない練習よりさ、お兄ちゃんとキックボクシングやろうぜ!」
アルが近寄るが、
「余計なことを教えるでない。変な癖がつく」
ワン老師に睨まれ、杖を振り上げられて追い払われる。
月日は流れ――。
カルディは十四歳になった。
アルは相変わらず、何かにつけて絡んでくる。
「パンチはな、こう打つんだ」
教えたがるアルに、
「だから余計なことを教えるなと言っとるじゃろ」
杖を振って追い払う老師。
そんな光景も、すっかり日常になっていた。
ある日、警護の大人たちがアルに声をかける。
「そろそろダンジョンに行ってみないか?」
「そうか……お前ももう十六になるな。一人前だ」
ビルの言葉に、アルは胸を張る。
カルディは――十六歳で大人なのか、と羨望の眼差しでアルを見つめた。
「僕も……行ってみたい」
「はは、危なくなったらお兄ちゃんが守ってやるからな」
誇らしげに言うアル。
十六歳の誕生日祝いとして、アルはダンジョンへ行くことになった。
その日、ビルから贈られた金貨を、アルは太陽にかざして嬉しそうに眺めていた。
まるで、これから待つ世界を映すかのように――。




