第四十八章 雷は嘘を許さない
カルディがエジプトへ赴いたのは、今週だけで三度目だった。
ラナ
「……今回も、説得は失敗なさったのですか?」
戻ってきたばかりのカルディに、静かな声が向けられる。
しかしラナはすでに近く、無言のまま外套、肩、首筋へと顔を寄せ、匂いを確かめていた。
一瞬、上目遣いになった瞳が揺れる。
疑念と恐怖が、そこで確信へと変わったかのように。
ラナは何も言わず踵を返し、執務室へ入る。
次の瞬間。
――バリッ。
空気が裂ける音とともに、扉の内側から雷鳴が轟いた。
床が震え、壁の燭台が一斉に揺れる。
ラナが戻ってくる。
左手には、床を引きずるほどに伸びきった古代魔法のスクロール。
文字列の一つ一つが青白く発光し、バリバリ、バチバチと火花を散らしている。
右手には雷槍。
槍身を中心に、無数の稲妻が蜘蛛の巣のように走り、
放電のたびに空気が焼け、焦げた匂いが広がる。
足元の床石に雷が漏れ、
バリィッ! と音を立ててひびが入った。
ラナの髪は逆立ち、瞳には雷光が宿っている。
表情は、怒りというより――限界だった。
ラナ
「……浮気、しましたよね」
その言葉と同時に、槍から暴発するような雷撃。
――バリバリバリッ!!
コインが慌てて割り込む。
コイン
「待て! それは話――」
ドガァン!!
雷が炸裂し、コインは空中で弾かれ、壁に叩きつけられる。
床を転がりながら、火花の雨の中で叫ぶ。
コイン
「ゼウスの雷撃だとぉぉ!?
本気で殺す気かよ!!」
雷槍は止まらない。
ラナの感情に呼応するように、
槍身から枝分かれした稲妻が天井、壁、床へと無差別に走る。
バリッ、バリバリ、ドンッ!
執務室が、雷の檻と化す。
カルディは一歩前に出る。
雷が足元を掠め、床石が粉砕される。
カルディ
「……そんなに、辛かったのか」
その声に、ラナの肩が大きく震えた。
雷が一瞬、乱れる。
放電が不規則になり、音が割れる。
カルディ
「もうしない。
誤解させるようなことは、絶対に」
次の瞬間――
バリ……バチ……
雷は急速に弱まり、火花が消えていく。
槍の光が失われ、重力を思い出したように床へ落ちた。
ラナは膝をつき、
残った微弱な放電が、涙とともに消えていった。
ラナ
「……私、わかっているんです」
嗚咽混じりの声。
ラナ
「政治だって……必要だって……
でも、あなたが遠くへ行くたび、
私の知らない世界へ行ってしまう気がして……」
カルディは雷で焦げた床に膝をつき、
王ではなく、一人の男として彼女の前にいる。
カルディ
「置いていかない。
雷が落ちるほど不安なら……一緒に行こう」
そっと、ラナの額に手を置く。
残留していた微弱な静電気が、パチッと弾けて完全に消えた。
ラナは赤く腫れた目でカルディを見つめ、
小さく、しかし確かに頷く。
ラナ
「……次は、雷を外で落とします」
壁に埋まったままのコインが、煤だらけで呟く。
コイン
「頼むから……屋内使用禁止にしてくれ……」
焦げた匂いの中、
執務室にようやく朝の光が差し込んだ。




