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第三十三章 皇帝

エマ

「……こうなったら、カルディを私の婿にするしかないわね」

一拍置き、冷ややかに続ける。

「クラウディア家が潰されるか、私の婿になるか――選ばせてあげる」

「いい加減にしなさい」

後の方から、場を断つような威厳ある声が響いた。

いつの間にか、皇帝陛下がそこに立っていた。

カルディは即座に膝をつき、深く頭を下げる。

「はっ。初めまして。クラウディア家が四男、カルディと申します。

以後、お見知りおきを」

皇帝は一瞥を向け、穏やかだが逆らいようのない口調で言った。

「エマ、ユリアナ。お前たちには、すでに婚約者がいるだろう」

「私が定めた相手に、不満があるのか?」

「……いえ。そのようなことは」

二人は揃って頭を下げる。

皇帝は視線をカルディへ戻した。

「さて、話を戻そう。今回、君が破壊した敵城の門と外壁だが――

その修復を、クラウディア家に一任しようと思う」

カルディは目を見開くが、すぐに表情を引き締める。

「身に余るお話です」

「君の働きで被害は最小限で済んだと聞いている」

皇帝は淡々と、しかし確かに感謝を込めて言った。

「よくやってくれた。本当にありがとう」

その一言が、重く、そして栄誉として場に落ちる。

「褒美については、改めて考えておく」

皇帝は踵を返しながら付け加えた。

「欲しいものがあれば――ユリアナか、エマ。どちらかに伝えるといい」

そう言い残し、皇帝は自室へと戻っていった。

残された空間に、ようやく息が戻る。

エマは腕を組み、ふんと鼻を鳴らす。

「……城門と外壁だけ? ずいぶん堅実な評価ね」

ユリアナは静かにカルディを見つめる。

「でも、陛下の直々の感謝よ。

それだけで、あなたの立場はもう以前とは違う」

カルディは小さく息を吐き、呟くように言った。

「……事態が、思っていたより大きく動いていますね」

エマは薄く笑った。

「ええ。だからこそ――選択を迫られるのは、これからよ」

光差す玉座の間で、

三人の視線は交わり、そしてそれぞれの未来へと分かれていった。


皇帝は二振りの剣を机上に並べたまま、しばし沈黙した。

年を経た瞳は曇っているようで、その奥では鋭く光が動いている。

「……やはり同じだな」

短く呟き、皇帝は自らのカリバーンを持ち上げる。

次いで、カルディが提出させられたカリバーンJrに手を伸ばした。

「刃の長さ、重量、魔力の流れ。

 違うのは“格”だけだ。

 ――いや、違うな」

皇帝は鼻で笑った。

「これは“我が剣を短くしただけの剣”ではない。

 我が剣を否定するための剣だ」

カルディは眉をひそめる。

「……陛下。私はそのような意図で――」

「分かっておる」

皇帝は手を振り、言葉を遮った。

「君自身が望んだわけではない。

 だが、天は時に、意思なき者を最も残酷な位置に置く」

皇帝は玉座にもたれ、カルディを見据えた。

「ユリアナから聞いたよ。

 君がまさか、こんな要求をしてくるとはね」

「要求、ですか?」

カルディは本気で困惑していた。

「私は、何も――」

「そう言うと思った」

皇帝は苦笑する。

「まずは、カリバーンJrを返そう」

剣が静かに机を滑り、カルディの前に戻された。

「そして――

 君の“要求通り”、セバール王国、もとい自治領を

 君に卑下しよう」

「……は?」

思わず声が漏れた。

「帝国を礎に、同じ規模の東帝国を創る。

 そういう案を、君が出したと聞いている」

「それは……」

カルディは言葉を探す。

(ああ、なるほど。

 また誰かが話を飛躍させたな)

「まずは試金石だ」

皇帝は淡々と告げた。

「セバール自治領を復古させてみよ。

 行政、軍事、経済。

 帝国は一切口を出さぬ」

その言葉の重みを、皇帝は理解している。

だからこそ、続けた。

「失敗すれば、反逆と見なす。

 成功すれば――」

一瞬、皇帝の表情が崩れた。

「その暁には、ユリアナをくれてやる。

 ……いや、エマだったか?」

からかうような声。

「好きな方を、嫁にやろう」

謁見の間に、張りつめた沈黙が落ちる。

カルディは、深く息を吐いた。

「陛下」

その声は静かだったが、はっきりしていた。

「私は、国を欲した覚えはありません。

 まして、帝国を二つに割るつもりなど――」

「だが、剣はここにある」

皇帝は二振りのカリバーンを指した。

「そして君は、生きている。

 三歳を越えてな」

皇帝の目が、獣のように細まる。

「天は、君に責任を押し付けた。

 それだけの話だ」

カルディは、カリバーンJrの柄を握る。

剣は、何も語らない。

(……面倒なことになった)

だが同時に、理解していた。

これは拒否権のある提案ではない。

そして――

逃げれば、ユリアナも、エマも、確実に巻き込まれる。

「……承知しました」

皇帝は、満足そうに頷いた。

「良い返事だ。

 では見せてもらおう」

老いた皇帝は、楽しげに笑う。

「剣ではなく、国を振るう者の器というものをな」


カルディは机に手を置き、淡々と言った。

「まずは家屋の改築費だ。国が一定額を負担する。

足りない者には無利子で貸し付ける」

大臣が頷き、筆を走らせる。

「次に――私の横顔を刻んだ金貨を発行する。

国民に、一定額ずつ配布しよう」

大臣

「それでは鋳金職人を集め、型の製作から――」

カルディは首を横に振った。

「忙しい君たちに、そんな手間はかけられない」

そう言って、指を鳴らす。

「もう出来ている。配布してくれ」

――ドサドサドサドサドサドサ。

金貨の山が、床に積み上がった。

コイン

《鋳金からポコポコ、オイラ達が“産まれて”出来た金貨だぜ。

 感謝して使いな》

その声は、カルディにだけ届く。

「次は大聖堂の建設だ。

職人への支払いは、この新貨幣で行う」

大臣

「しかし、城壁と正門の修繕を先に進めねば――」

カルディ

「構わない。

新硬貨はいくら使ってもいい。

突貫工事で直してもらえ」

大臣は一瞬、言葉を選び――やがて進言した。

「……貴方様もクラウディア家の一員。

指揮を他人に任せず、

先頭に立たれてはいかがでしょう」

カルディは、静かに笑った。

「僕には、他にやることがある」

彼は金貨を一枚、指で弾いた。

澄んだ音が、広間に響く。

「このコインを、周辺国に配るんだ」

大臣

「……他国に、ですか?」

「そう」

カルディは当然のように続ける。

「人は金を持てば、使いたくなる。

使える場所があれば、そこへ集まる」

一拍置いて、告げた。

「皆、この街に買い物に来る。

ここは――商業都市として成功する」

大臣は息を呑んだ。

コイン

《腹を空かせた連中は反乱するが、

 儲かってる連中は街を守るんだぜ》

カルディは黙って、金貨を握りしめた。


カルディは地図の東方を指でなぞった。

「まずは東の周辺国だ。

私みずから、金を配りに行く」

コイン

《へぇ……オレ達をスパイとしてばら撒くってわけか》

「で、どこまで配る気だ?」

カルディは指を止めた。

その先――山脈の向こう。

「バーミヤンだ」

コイン

《……なんで、そこなんだ》

カルディ

「金より価値のあるものが、砕石同然で捨てられている」

一拍。

「ヴァルナの石――ラピスラズリだ」

コイン

《宝石か。だが、それだけじゃねぇな》

「そうだ」

カルディは静かに続ける。

「そこまでの航路を、

海と陸、両方で繋ぎたい」

「交易路は、血管だ。

一度通せば、止める方が難しくなる」

コイン

《なるほどな……》

カルディは、さらに東を見据えた。

「アレキサンダー大王が制圧した場所まで行ければ――

名実ともに“東帝国”と名乗れる」

地図の上で、彼の指が止まる。

「剣じゃない。

金と道で、世界の端まで届かせる」

コイン

《ははっ……やっぱり、

 アンタが一番タチ悪い王様だな》


カルディは一枚の金貨を差し出した。

「このコインを、そなたに与える。

我が国で、好きなものを買っていくといい」

フェニキアの商人は一瞬目を見張り、すぐに深く頭を下げた。

「……領主の寛大さに、心より感謝いたします」

商人が去った後、大臣が小声で進言する。

「金を配り歩くのは結構ですが……

市中に貨幣が溢れれば、物価が上がります」

カルディは、当然のことを言われたかのように頷いた。

「そこは僕が調整する」

「帝国中から物資を仕入れる。

食料も、衣料も、資材も――

需要が増えた分だけ、供給を増やせばいい」

大臣

「しかし、その資金は――」

カルディは答えなかった。

代わりに、腰の袋が小さく鳴る。

遺失したはずのコインは、巡り巡って戻ってくる。

盗まれたコインも、盗賊の懐から逃げ出し、

いつの間にかカルディの手元に戻っていた。

コイン

《オレ達は迷子にならねぇ。

 最終的な持ち主は、最初から決まってる》

カルディは、袋の重みを確かめる。

「……さて」

彼は窓の外、賑わい始めた市街を見下ろした。

「そろそろ、溜まった金を

市民に還元する時期が来たようだ」

大臣は、その言葉の意味を理解するのに、少し時間を要した。

「――また、配るのですか?」

カルディは首を振った。

「今度は“与える”んじゃない。

回すんだ」

金は、流れを持つ。

その流れを作る者だけが、

街と国の鼓動を支配する。

カルディは、静かに微笑んだ。


朝の市は、いつもより早く目を覚ました。

パン屋の窯から立ちのぼる香りが、通りを満たす。 いつもなら昼前まで動かない職人街の炉にも、すでに火が入っていた。

「聞いたか? 港の倉庫が増築だってよ」 「石工を百人雇うらしい」 「日銭じゃないぞ、週払いだ」

噂は噂を呼び、人を動かした。

仕事を探していた者が、仕事を選び始める。 値切る側だった日雇いが、条件を口にする。

裏通りの仕立屋では、老婆が針を止めて目を見張っていた。

「……本当に、前金なのかい?」 「ええ。布代も込みで」

差し出されたのは、見慣れた金貨。 だが、どこか違う。

重みがある。 使っても、なくならない気がする。

老婆は震える手で受け取り、胸に抱いた。 「……孫に、新しい靴を」

それだけ言って、深く頭を下げた。

居酒屋では、酔客の声がいつもより低い。

「無駄遣いはやめとけ」 「今は貯める時だ」 「いや……回した方がいいらしいぞ」

最後の一言に、場が静まった。

「回す?」 「金を使うと、また仕事が増えるって」 「誰が言った?」 「……知らん。でも、そうなってる」

理屈は分からない。 だが、実感はあった。

金を使った翌日、誰かが雇われている。 誰かが雇われると、また店が開く。

広場の片隅で、子供たちが走り回っていた。

新しい靴。 新しい外套。 新しい木剣。

「ねえ、これ誰がくれたの?」 「知らない」 「でも、また明日も遊べるんだって」

子供たちは理由を求めない。 明日があるかどうかだけを知っていればいい。

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