第三十二章 凱旋とドラゴン襲来
エマ
「凱旋するのはコレだけ勇者一行と正規兵
10人だけ、後は戦後治安維持に回すわ」
一行が国境付近を通過していたときだった。
突如、空が裂けるような轟音とともに影が落ちる。
「ドラゴンだ!」
兵の叫びと同時に、上空から飛竜が舞い降りた。
その衝撃を、カルディは正面から受け止めてしまう。
――我が旧知の仲の将軍を殺した者よ。
そんな言葉が聞こえた気がしたが、次の瞬間、意識は刈り取られた。
次に目を覚ましたとき、カルディは違和感を覚えた。
視界が揺れ、熱と獣臭が混じる。
――ドラゴンの巣だ。
ちょうど、飛竜が巣に降り立つところだった。
ドラゴンの目には、外側と内側、二枚の瞼がある。
カルディはその両方が開いている瞬間を見逃さなかった。
「――今だ」
コインを二枚。
「収納射出」
放たれた銀貨は、正確無比に両目へ突き刺さる。
蛇など、二枚瞼を持つ爬虫類は、目と脳がほぼ直結している。
目への攻撃は即死に繋がることがある。
この飛竜も、例外ではなかった。
巨体が痙攣し、やがて完全に沈黙する。
ドラゴンの口内から転がり出たカルディは、地面に叩きつけられた。
「イッテェ……」
本気で殺されかけたのは、これが初めてだった。
地面を転がりながら、激痛に耐える。
身体強化とアキレスの呪で強化された肉体に、はっきりと歯型が残っている。
「……ドラゴンは宝を隠してる、って話だったな」
周囲を見回す。
どうやら噴火口のような地形だ。
ドラゴンを収納した後、身体を引きずりながら進む。
「……ピラミッド。ここが怪しい」
登ってみると、上部に扉があった。
中に入ると、広大な広間が広がっている。
中央へ近づいた瞬間――
地面が崩れた。
「――っ!」
落下。
ざぶん――――。
漆黒の水に叩き落とされる。
「ついてない日だな……」
水面から顔を出すと、小柄なドラゴンの石像が目に入った。
その横には、一本の剣が突き立っている。
白い霧が立ち上り、やがて白髪の長身の老人の姿へと変わった。
「選定の剣カリバーンは、今ちと出払っておってな」 「代わりに……カリバーンJrじゃ。おぬしに抜けるかな?」
カルディは水中から半身を起こし、剣を掴む。
――ずるり。
カリバーンJrは、あっさりと抜けた。
その横にあった杖も同時に引き抜き、「収納」。
その瞬間、どこかで“栓が抜ける”音がした。
「……今日は厄日だ」
水と一緒に外へと放り出される。
視界が反転する。
数百メートル下――海。
落下。
ドンッ――!
凄まじい衝撃とともに海中へ沈む。
「今日、二度目の水落ちか……」
沈没船が見えた。
宝箱を開けると、宝石がぎっしり詰まっている。
だが息が続かない。
とりあえず七つだけ掴み、「収納」。
海面へ浮上すると、コインたちの声が響いた。
「ご主人! 大丈夫ですか!」
数万枚のコインがカルディを包み込み、海から引き上げる。
砂浜へと降ろされると、彼は即座に「収納転移」を発動した。
自室。
どれほど気を失っていたのか――
セバスチャンが駆け寄ってくる。
「カルディ様! ご無事ですか!」
それから一ヶ月。
カルディは寝込んでいた。
枕元には、ユリアナがいる。
「……よく、ご無事で」
その声は、心からの安堵に満ちていた。
エマは腕を組み、じっとカルディを見据えた。
「……私たちが“捕獲しようとした”ドラゴン、覚えてますよね?」
カルディは一瞬、視線を逸らした。
――時効だと思っていた。
が、どうやら許されてはいなかったらしい。
「……代わりと言ってはなんですが」
その一言を聞いた瞬間、エマの目がきらりと輝く。
次の瞬間。
広間の床に、巨大なドラゴンの死体が現れた。
「――っ!」
メイドたちが息を呑む。
「こ、これで戦費が補填できますね……」
そんな声が聞こえた気がしたが――
エマは即座に切り捨てた。
「違います」
きっぱり。
「私たちは生きたドラゴンを捕獲したという実績が欲しかったんです」 「死体だけでは、足りません」
カルディは内心でため息をつき、再び口を開いた。
「……代わりと言ってはなんですが」
今度は、白い杖を一本。
さらに、子供の拳ほどもある宝石を取り出す。
それを見た瞬間――
エマの理性が蒸発した。
「――――っ!!」
杖をひったくるように抱きしめ、頬ずりする。
「こ、これは……!
マーリンの杖じゃないですか!!」
目が完全に据わっている。
「この魔力導線、この保存状態……
ああもう最高……!」
カルディは宝石を机に置いた。
エマは一瞬だけそれを見ると、ふっと満足げに微笑んだ。
「……ちょっと少ない気もしますけど」
全員が固唾を飲む。
「これからも働いてもらうんですから」
にっこり。
「このくらいで、勘弁してあげましょう」
――こうして、
ドラゴン捕獲失敗事件は、魔法使いの物欲によって正式に闇へ葬られた。
カルディは心の中で静かに誓った。
(……次は、もっと分かりやすい賄賂を用意しよう)
エマは杖を抱えたまま、研究棟の最奥へと消えていった。
その背中は明らかに浮ついている。
いや、浮ついているどころではない。
完全に危険な研究者の目だった。
カルディは嫌な予感を覚え、メイド長に小声で告げる。
「……避難の準備を。壁の補強も」
「かしこまりました」
判断が早い。
研究室。
エマはマーリンの杖を魔力測定台に寝かせ、結界を三重に張る。
「ふふ……まさか実物に触れる日が来るなんて……」
杖は白く、ひび割れ一つない。
だが内部では、圧縮された魔力が静かに循環していた。
エマは気づく。
「……魔力が“自律呼吸”してる?」
杖が、勝手に魔力を吸い、吐き、整えている。
通常の魔道具ではありえない。
「なるほど……使用者の魔力量に合わせて 出力を変える設計……」
――危険な理解が進んでいく。
エマは躊躇なく、自身の魔力を流し込んだ。
次の瞬間。
ゴォン……!
研究室全体が低く唸った。
「……え?」
魔法陣が勝手に再構築され始める。
床、壁、天井――全てに見覚えのない古代文字。
「ちょ、ちょっと待って、」
ドンンッ!!
衝撃。
結界が一枚、消し飛んだ。
「は?」
杖が浮かび上がり、エマの魔力が2倍3倍に膨れあがる
「な、なにこれ!?
ちょ、止ま――」
ドォォン!!
エマの溢れ出る魔力だけで
研究棟の外壁が吹き飛んだ。
メイド長が即座に叫ぶ。
「防御陣最大! 人を近づけるな!!」
研究室内部。
エマは床に膝をついていた。
息が荒い。
「……っ、さすが……マーリン……!」
にもかかわらず、目は輝いている。
杖はゆっくりとエマの手元へ戻り、
“使用者を認めた”かのように静止した。
その瞬間、全てが止まった。
――魔力増加は、そこで終わった。
瓦礫の中、エマは立ち上がる。
白衣は煤だらけ。
髪は乱れ、頬に傷がある。
だが。
「……最高」
一言。
言葉を失う。
壁は半壊。
天井は消失。
魔法陣は床に焼き付いている。
エマは、無傷の杖を抱えて振り返った。
にっこり。
「これ、私専用に最適化されました」
「もう他の人は使えません。
使おうとすると……たぶん爆死します」
エマは独り言を続ける。
指を立てる。
「この杖、ドラゴン級魔力炉を内蔵してます」
エマは、ドラゴンから抽出されたドラゴンハートを、白い杖の上に静かにかざした。
「……これは冒険だわ。
これが成功すれば――」
杖が、低く唸る。
「ドラゴンハートは白い杖に吸収され、自己循環型で魔力を供給できるようになるはず。
無限に近い魔力源……」
エマの唇が、歓喜に歪む。
「私、最強への一歩よ。
ドラゴンクラスの魔力を、私自身の中に取り込む。
杖と私、二重の魔力で魔法を使えるはずなの」
次の瞬間――
上空の魔力が、目に見えて渦を巻き始めた。
空気が震え、光が歪む。
その異様さに、隣で見ていたユリアナが思わずカルディの袖を掴む。
「……怖い。カルディ、止めて」
カルディは一瞬だけ空を見上げ、
次の瞬間、無造作に伝説の盾を取り出した。
そして――
エマの背中に、そっと。
「ピトっ」
盾を優しく触れさせる。
――パンッ!!
圧縮されていた魔力が一気に弾け、四方へ飛散した。
渦は消え、空は静寂を取り戻す。
エマは目を見開いたまま、尻もちをついた。
「……な、なによ今の!?
その盾、何なのよ!」
カルディは首を傾げ、平然と答える。
「エクスカリバーと対になる、伝説の盾ですけど。
何か?」
エマは呆然と空を見上げ、やがて悔しそうに歯噛みした。
「……折角、最強になったと思ったのに。
天敵が現れるなんて……」
エマは即座に立ち上がり、白魔法の結界を展開する。
「これなら近づけないでしょ!」
光の壁が、二人の間に展開された。
カルディは肩をすくめ、剣を抜く。
「――シャキーン。
カリバーンJr」
軽やかな一振り。
結界は、まるで紙細工のようにサクサクと切り取られていく。
「――――!?」
エマは声を失った。
「……イヤイヤ、おかしいでしょ、あんた!!
私が最強になったはずなのに!」
その様子を見つめながら、ユリアナは静かに一歩前に出る。
そして、強く、はっきりと告げた。
「お姉ちゃんが……もし道を外したら」
ユリアナの視線が、カルディを射抜く。
「その時は――
私だけの戦士が、お姉ちゃんを止めるわ」
場に、張りつめた沈黙が落ちた。




