第二十八章 帝国召集と不合格判定
役人がユリアナ姫の書状を携え、クラウディア家を訪れた。
「わたくし、第二王女ユリアナは、カルディ氏を帝都勤務として招集いたします」
書状を読み終えたクラウディア家当主の顔は険しい。
「……やっと使えるようになったカルディを、今度は帝都に召し抱えたい、か」 先の竜種事件――カルディを関わらせたのは失策だったかもしれない。
徴兵に等しい。 ついにセバール国への聖戦が始まるのだ。
父は静かに言った。 「ビルの元に預けていた時は、まだ私の目が届いていた。だが今度は違う」 「解っています、父上。どうかお体に気をつけて、長生きしてください」
長男が腕を組む。 「A級冒険者撃破の噂が漏れたのでしょう。実力を認められた……とも言えます」
帝都への移動には、モエから譲り受けた小型収納空間を使った。 転移に欠かせない。
「さあ行くか。ママ、転送先を」 「ここがいいかね」
転移先は帝都の路地裏だった。
「ここは……?」 「まっすぐ行けば城壁だよ」
コインが囁く。
城門の門番は無愛想な男だった。 声をかける前に、右手を指差される。
「……なんか違うぞ」 コインが警戒する。
指された先には、簡易的なカウンターが設置され、三か所に職員が立っていた。 どうやら募集窓口らしい。
「ここに並ぼう」
事務的にスキル測定が行われる。 水晶に手をかざすよう指示され、従うと、職員の眉がわずかに動いた。
渡された紙にはこう書かれていた。
――
職業:商人 A+++/剣闘士 E
判定:不合格
――
「……あっち行ってくれ」
追い払うような仕草。 だが、帰るわけにはいかない。
カルディはユリアナ姫の書状を差し出した。
「失礼しました。こちらは冒険者・傭兵志望者用の窓口です。係の者を呼びますので、少々お待ちください」
やがて、大臣自らが迎えに現れた。 職員が耳打ちする。
「……なぜユリアナ様は、こんな低ステータスの者を……」
応接間に通され、数分後。 ドレス姿のユリアナ姫が入室するなり、突然服を脱ぎ始めた。
混乱には混乱で対抗する――
カルディはそう判断し、服を脱いでヘラクレスのポーズを取る。
ユリアナ姫も負けじとミロのヴィーナス。 カルディはさらにポセイドン像。
次の瞬間――
「バシッ!」 「ゴツッ!」
二人同時に後頭部を叩かれた。
現れたのは第一王女エマだった。
「ユリアナ、少し下がって」 そう言って、カルディの身体を隅々まで観察する。
「殿方の身体を見るの、初めてなの。興味があって」
カルディはポセイドンのポーズのまま完全に硬直した。
入れ替わりでユリアナも同様に観察する。
「……なぜ呼ばれた? なぜ裸?」
疑問だけが増えていく。
「そのくらいでいいわ」 エマの一声で、ようやく全員が服を着た。
そこへ勇者一行が入室する。
「よう、カルディ」 剣闘士ケンタが笑顔で叩く。
「左から、ミナト剣士、ハルト弓使い、ナギ魔女、ヒマリ聖女だ」
ミナトの手にはエクスカリバー。
「彼が……伝説の盾を嫌ったミナトか」 カルディは小さく呟く。
「仕事の説明をするわ」 エマが告げる。 「ユリアナに関することよ」
「私から話します」 ユリアナが一同を退出させた。
落ち着いた後、カルディが言う。 「聖女が二人いるんですね」
「だから私は要らないんです」 ユリアナは寂しげに笑う。
エマが続けた。 「これほどの大規模侵攻で、物資・金銭管理を任せられるのは貴方だけ」 「それじゃ、ユリアナをよろしく」 「――くれぐれも手は出さないでね。家が潰れるわよ」
去り際の忠告に、カルディの顔は引きつった。
「……私がユリアナです。貴方を呼び出しました」 「取り巻きも、尊敬も、全部お姉様のもの」 間を置いて、彼女は言った。 「……私の味方になってもらえませんか?」
彼女は、心から信頼できるブレーンを求めていたのだろう。
建物を出ると、先ほどの職員が睨みつけてくる。
「なんでお前が、それを……」
識別ペンダントと支度金。
「ご主人の実力だよ」 コインの囁きに、カルディは微笑んだ。
試験場では、弓の的が200m先にある。
「当てればいいのかな」
借りた弓で放つ。 ――中心命中。
「まぐれだ!」
もう一射。 再び中心。
「クリティカル確率100%は伊達じゃないね」 カルディは弓を返し、街へと宿を探しに歩き出した。
カルディは下町の問屋を回り、食料の買い付けを終えた。
通りには屋台が並び、油を焚いた照明があちらこちらで揺れている。
「親父さん、少し負けてくれよ」
「無理だね。戦争特需で、これでも最安値だ」
値切りを諦め、カルディが踵を返した、そのときだった。
「あるじ、あるじ。アイツら、ヴァンパイアです」
コインの声に、カルディは眉をひそめる。
視線の先には、青白い顔をした男女が、仲睦まじく肩を寄せて歩いていた。
(向こうも、コイン持ちか)
視覚と音声が同期し、会話が流れ込んでくる。
「この国は、我らの故郷へ攻め込むつもりだ」
「なら、ここで暴れて皆殺しにする?」
「待て。明日、我が国へ向かう行軍に、潜り込ませた部下を使う」
その声の背後――
いつの間にか、カルディは二人の真後ろに立っていた。
「ほう。その部下は、何人いるんだ?」
ヴァンパイアが振り向くより早く、爪が伸びる。
殺気を孕んだ一撃。
カルディは指先で銀貨を弾いた。
「集まれ」
圧縮空間から、銀貨だけが引き寄せられる。
弾かれたコインは高圧縮空間を通過し――
「バン、バン、バンバンバン!」
銃声のような破裂音とともに、銀貨が弾丸となってヴァンパイアの身体を貫いた。
「――ッ!」
二体は悲鳴を上げ、無数のコウモリへと分裂し、夜空へ散る。
「待ってました」
上空で待機していた銀貨が、一斉に落下する。
逃げ惑うコウモリたちは、次々とつら抜かれ、闇に消えた。
静けさが戻る。
路地には、撃ち落とされたコウモリの残骸が折り重なっていた。
羽は千切れ、胴は潰れ、元が人だったとは判別できない。
カルディは夜空を見上げ、小さく息を吐く。
(……明日の行軍、面倒なことになりそうだな)
視線を落とし、指を鳴らす。
収納から宝箱が路上に静かに現れる
次の瞬間――
宝箱の蓋が、内側から軋むように開いた。
暗闇の奥から、ぬらりとした舌が伸びる。
カメレオンのそれを思わせる、異様に長く、節のない舌だ。
「……久しぶりのご馳走だ」
宝箱の中から、声とも唸りともつかない響きが漏れる。
舌は一匹ずつではなかった。
まとめて絡め取り、骨ごと引きずり込む。
――ぐしゃ
――ぼき
――ずるり
潰れる音。砕ける音。
血と魔力が混ざった匂いが、路地に広がる。
屋台の灯りが揺れ、通行人は誰一人、近づこうとしない。
最後の一匹が舌に絡め取られ、
半ば噛み砕かれながら、宝箱の奥へ消えた。
ぺろり、と
舌が血を舐め取る音がして、蓋が閉じる。
カルディはそれを見下ろし、感情のない声で言った。
「……腹ごしらえは済んだか」
「満足だよ」
宝箱は 静かに収納に戻っていった。
騒ぎを聞きつけた憲兵の足音が聴こえる
カルディは静かにモエが残した収納に消えていった。




