第二十二章 王女と勇者
湖は完全に干上がっていた。
湖底から街へ向かって、竜種が這いずった痕跡がはっきりと続いている。
問題の竜は、井戸に頭を突っ込んだまま動かなくなっていた。
表皮は乾ききり、今にも崩れ落ちそうだ。
カルディは顎に手を当て、ひとりごとを。
「……この状態、どうしたもんかな」
悩みながら椅子を出して腰を下ろす。
「よし。こういう時はいったん頭を冷やしてからだ」
収納から持ってきていたピッチャを取り出し、水をコップに注ぐ。
灼熱の空気の中、喉を潤そうと口へ運んだ、その瞬間――
手が止まった。
コップは、いつの間にか両手で押さえられている。
見上げると、聖女の装いをした小柄な女性が、至近距離に立っていた。
「……え?」
隣には、別の女性がピッチャそのものを握っている。
「……えっ?」
後から思えば、彼女たちも水を求めていたのだろう。
だが、その時のカルディには理解が追いつかなかった。
直後――
背後から怒号が飛ぶ。
「無礼者ォォッ!!」
巨漢の男が突進してきた。
後になって思い出すと、「姫様に対して無礼」とか、そんなことを叫んでいた気がする。
カルディは慌ててコップとピッチャから手を離す。
「ちょ、ちょっと待っ――」
だが、身構える暇すらなかった。
剣闘士の装備を纏ったアジア系の巨漢。
その拳には、雷がまとわりついている。
瞬時に反応した数万枚のコインが叫んだ。
「俺たちがご主人を護る!」
カルディと巨漢の間に、巨大な盾が形成される。
だが――
雷を帯びた拳が触れた瞬間、盾は弾け、コインたちは雷撃に意識を刈り取られた。
「ギャアアッ!」
悲鳴が重なった。
続けて、雷の拳がカルディの腹部を打ち抜く。
「グガァッ――」
感電の衝撃が全身を貫き、意識が闇に沈んだ。
◇
目を覚ますと、カルディは檻の中にいた。
「……いってぇ。なんだよ、急に……」
首を振って状況を確認する。
どうやら、あの竜を捕獲するために用意されていた檻らしい。
とにかく、無駄にデカい。
「コイン……コイン。HPポーション並々の風呂、出してくれ」
呼びかけると、コインは静かに応じ、檻の中にそれを出現させた。
「サンキュ」
ウインクで返してくるあたり、無事なようだ。
最近、カルディは一つのことに気づいていた。
コインに頼んで収納から物を取り出すと、例の“高圧噴射”が起きない。
――勝手に出入りしてる連中に頼むと、扱いが丁寧になるらしい。
カルディはHPポーション風呂に浸かり、電撃の痕が薄れていくのを確認する。
完全に消えたところで風呂を収納。
「次、水風呂頼む」
再び浸かった瞬間、別の意味で寒気を覚えた。
――視線が、刺さる。
見ると、先ほどの聖女姿の女性。
いや、確か「王女」と呼ばれていたか。
彼女は檻を開け、中へ入ってくると――
服を脱ぎ始めた。
「……っ!?」
高貴な身分の者は、使用人に裸を見られても平気だと聞いたことはある。
だが、まさか一緒に入ってくるとは思わない。
カルディは顔を赤くし、慌てて収納へ飛び込んだ。
急いで着替え、逃げるように竜の方へ向かう。
「……マジで焦った」
王族という連中は、本当に何をしでかすかわからない。




