第二十一章 干上がる湖と竜種
クラウディア家の屋敷に、帝都から役人が訪れていた。
役人は無機質な声でスクロールを広げ、淡々と読み上げる。
「――クラウディア家当主、および二人の息子を、帝都公認Sクラス商人、皇帝御用達とする。今後いっそう精進し、帝国のために尽力せよ」
「ついては、国より護衛を貸与する」
父は思わず息をついた。
「ビル引退後、護衛隊長を任せられる者がいなかったが……国が直接護衛を付けてくれるとはな」
長兄が腕を組み、静かに言う。
「やはり、国家戦略級の“運び手”だった三男を失った影響か」
「国家戦略級?」
カルディは聞き慣れない言葉に首をかしげた。
次兄が肩をすくめ、軽い口調で説明する。
「父さんや兄さん、僕みたいに“部屋十個分の荷物”を運べるのは上位商人の証だ」
「それを国家レベルの工事資材でも、身一つで運べる人材……人間国宝並みってことだよ」
「今回は、その家系としてVIP待遇の警護が約束された、ってわけさ」
さらりとした口調の裏に、誇示が滲む。
「……ということは」
カルディは小さく呟いた。
「僕には警護なしか」
兄たちと肩を並べたつもりでいた。
だが、それは思い上がりだったらしい。
ほどなくしてカルディは父に呼ばれた。
扉をノックし、部屋に入ると、兄二人はすでに席についている。
カルディが腰を下ろしたところで、父は話を切り出した。
「数十年、目撃例のなかったネッシーが現れたそうだ」
「湖は干上がり、竜種が水を求めて街の井戸を占拠している。住民は水を使えない」
一拍置いてから、父は続ける。
「帝国は、我らに水の運搬を依頼してきた」
「ご主人ご主人」
コインがこっそり囁く。
「なんで帝都の仕事、やりたがらないんだ?」
「気難しい役人が多い」
カルディは心の中で答えた。
「王族の機嫌を損ねたら、首が飛びかねないからな」
その時、父の視線がカルディを捉えた。
「今回は、少しでも多くの水が必要だ。お前も使う」
「だが――役人や上客の機嫌を損なう真似は、絶対にするな」
父はカルディの目を真っ直ぐ見据え、言葉を重ねる。
「今回は特に、王女姉妹と、召喚された勇者一行が同行する」
「連中は……化物だ」
「魔法も剣も一流。視ただけで相手のステータスを見抜き、収納まで持っている」
特権階級。
彼らが欲しいと言えば、国は差し出す――それが帝国の信条だ。
「いいか」
父は念を押すように言った。
「彼らの機嫌を損ねるな。決してだ」
カルディは苦く笑う。
自分が使えるシールドバッシュなど、勇者なら初期スキルだ。
「圧倒的な運び手の家族」
「圧倒的な力を持つ勇者」
「……その中にいる自分は、なんて小さいんだ」
頭を抱えたくなる。
「この仕事、気が重いな……」
協力して水を運ぶとは言うものの、実態は次期当主を巡る兄弟のチキンレースだ。
特に上の二人は、互いに火花を散らしている。
すでに旅支度を整えていたのか、兄たちは足早に屋敷を発っていった。
その夜。
カルディはコインに頼んだ。
「できるだけ、きれいな水が汲みやすい、大きな場所を探しておいてくれ」
そして、深い眠りに落ちた。
翌朝。
コインが見つけていた山間部の湖へ、収納からの転移で向かう。
カルディは湖水を収納に収めると、そのまま現地へと向かった。
――干上がる湖と、竜種の待つ場所へ。




