ボクと先輩の機械戦争。
それはウィルスだった。
異界より現れた人から人へと媒介し体を乗っ取る寄生ウィルス。
それらに感染した人間を人はノスフェラトゥと呼んだ。
隔離すれば安全だと――だけれど完全な隔離等できはしなかったのだ。
人類を滅ぼすのは蚊である――。
そのウィルスに対して初めて抗体を得たのは女性だった。
その女性のおかげでウィルスを退けられた。しかし副作用が無かったわけではない。男児を授かる確率が下がった。
人口に対する男の割合は年々と減りつつある。
世界は混沌と化した。
男性を優位として女性を劣位とする国。
一部の女性が男性を独占する国。
暴徒と化した国。
隣の国を襲う国。
皆で立ち向かえば乗り越えられた難局。でも何をとち狂ったのか、人類は間違った道をひたすらに進む事となる。ダンジョンと言う名の異世界からの脅威。対抗するために加速する兵器開発。発達した人工知能。男性の取り合い。世界は加速度的に壊れてしまった。
国が放置した人工知能は、今も兵器を作り続けている。もはや誰の手にも負えない。
そしてここ国家ウイタヤでもその影響は着々と現れていた。
男子に精子提供義務を与え混乱の鎮圧には成功した。
しかし人工知能が生み出す脅威には対抗しなければならなかった。
生体兵器への着手――適合率は33.333333%。
そしてボクはその33%に適合した。それを良しとすれば良いのかダメとすれば良いのか、ボクには判断できそうもない。
ボクの前に適合試験を受けた人が落第し喜んでいた――ボクは喜べそうになかった。
ボクは平凡な家庭の出だ。
二人の母様の間に生まれた。冷凍保存された精子提供ののち、遺伝子改変を受けての人工授精を得てボクは誕生した。
「あなたはねぇ。異世界で拾って来たのよ。ふふふっ」
母様は何時もそうボクをからかう。
二人の母はとても愛してくれた。
妹が生まれた。妹はとても懐いてくれた。
「お姉ちゃん。ゲジゲジ」
「きゃああああああああああああ‼」
「お姉ちゃんはゲジゲジではありません」
「お姉ちゃんゲジゲジ」
「だからお姉ちゃんはゲジゲジではありません」
「違う‼ ゲジゲジ捕まえた‼」
「そんな虫を捕まえてはいけません。ポイしなさい。ポイ。あれ? 母様は?」
「逃げた」
ですよね。悲鳴が聞こえました。
「お姉ちゃん。友達出来た?」
「お姉ちゃん友達できないかな」
「ですよねー。お姉ちゃんに友達出来ないって思ってました」
「お姉ちゃん泣きそうなんだけど」
「お姉ちゃんには、私がいるから大丈夫。そうだ。マドレーヌ焼いてあげる」
「お姉ちゃんマドレーヌあんまり好きじゃないのだけれど」
「美味しいマドレーヌ焼いてあげるね」
一周回ってこの子は私の事が嫌いなのかもしれない。
ボクって妹の記憶しかあんまりなくないか。妹の記憶が強いのかもしれない。
「お姉ちゃん。私、小学生になりました。どうですか? 可愛いですか? 結婚したくなりましたか?」
「おっ。可愛いねーお嬢ちゃん。攫ってしまおうかしら」
「お母さんには聞いてない」
「つめたっ‼ この子つめたっ‼ 苦労して産んだのに。貴女はね。逆子でね。お母さんすごい頑張ったんだよ」
「ふーん」
「可愛くない‼ ねぇえええええ‼ お姉ちゃん‼ この子可愛くない‼」
「はいはい。お母様。よしよし」
「あーん。うちの娘が可愛くて正義」
「あんた達何じゃれてるのよ」
「聞いてよ‼ この子がね。お母さんをね。蔑ろにしてね」
「はいはい。こっちで話聞くから」
「行ったか。では改めて……どうですか? お姉ちゃん。可愛いですか? 結婚したくなりましたか? 求婚してもいいんですよ?」
「よしよし。可愛いね」
「えへへっ」
残念だけれど、ボクは出来損ないだ。遺伝子に異常が発覚している。妹と結婚するのは別に吝かではない。でもボクにそれは許されそうにない。
何時からか、自分の体の異変には気付いていた。
「お姉ちゃん……起きて。お姉ちゃん」
「……どうしたの?」
「眠れないから……一緒に寝ていい?」
「仕方ないな。いいよ」
「お姉ちゃん大好き……」
「眠れるように耳掃除してあげようか」
「いいの?」
「いいよ」
「お姉ちゃん。箸が上手にもてないよー」
「こう。こう持つの」
「どう? ね? どう?」
「こうして……ほらっ」
「わかんないよー。もっと触ってみて」
「はいあーん」
「お母さんには言ってない」
「はぁ⁉ いいから食べろこのクソガキッ今日も愛してるぞッこのクソガキッ」
「やめれッ」
「お姉ちゃん甘やかさなくていいから。この子ったらッ本当は自分でちゃんとできるからッねッ。お姉ちゃんばかりに甘えやがってッ。お前が甘えるのは私だッ。はっはっはっ」
「ウザいッ。お母さんウザいッ」
「あんた達何しているの? いい加減にしなさい。まったく……お姉ちゃん。お金ある? 財布に少しは入れておきなさいね」
「大丈夫」
「はい。あなたは昔から遠慮しーなんだから」
「大丈夫だよ」
「帰りに少しぐらい遊んできなさい」
「じゃあお姉ちゃん待ち合わせしよ⁉」
「えー? 何処にするー? 駅前でいいかちら?」
「お母さんマジウザいッ」
「イヒヒヒッ。お母さんはねー。お前の嫌がる顔を見るのが大好きなんだよッ。イヒヒヒッ」
「お母さんほんとウザい‼」
もう妹にも身長が追いつかれそうだった。
「お姉ちゃん。待った?」
「ううん」
「えへへっ。あのね。お姉ちゃん。学校でも美人のお姉ちゃんだって人気なんだよ」
「そうなの?」
「そうなんだ。えへへへへっ」
「喫茶店入る? 何食べたい?」
もうすっかり妹の方が背が高い――。
「……どうかした?」
「お姉ちゃんの黒髪。サラサラでキレイ。陽の光に透けて……」
「ありがとう。でも貴女の髪の方が綺麗だよ。ふわふわしてて。黄金で。お姉ちゃんは羨ましいわ」
「……もう。お姉ちゃんてば……いっぱいちゅき」
これが、本当の自分ではないのも理解しているの。
「ご注文はお決まりですか?」
「コーヒーゼリーを。どうする? 隣に座るの?」
「ダメ? 隣に座っちゃ……」
「ううん? いいけれど」
「えへへへっ。じゃあ、イチゴパフェと……クリームソーダ。あとポテト」
「ポテトは先にお持ちしましょうか?」
「んーん? 一緒で大丈夫」
「可愛らしいカップルですね。羨ましいです」
「え?」
「ありがとうございます。店員さん。幸せです」
「ふふふっ。いいですね。オーダー承りました。すみませーん‼ オーダー入りまーす‼」
「ポテトも食べるの?」
「ポテトも食べるの。お姉ちゃんて柔らかくていいニオイ。手も柔らかい」
「一緒のボディソープのニオイでしょ?」
「そういうんじゃないの」
ボク達は、そのデザートを食べられなかった――閃光が舞う。何が起こったのか理解も及ばなかった。席に座っていたはずなのに、気づけば道の向こうに倒れていた。
体中を刺す痛み――耳鳴り。何も聞こえない。燃え盛るというよりはくすぶっている炎。痛み。何処が痛いのか判断できず。ただ左手が動かなかった。視界が痛い。何度拭っても視界が痛い。
割れる音。ひしゃげる音。傍に落ちて来た鉄塊に危ないとも危険だとも感じない。
影が何度も頭上を通り過ぎてゆく。なんなの。
視界が痛い。何なの。視界が。
妹が倒れていた――なんなの。妹が、手折れていた。なんなの。
ねぇ。なんなの。誰か。教えて。いなくならないで。冗談だよね。目を開けて。大丈夫だよね。目を開けて。お姉ちゃんここだよ。夢だよね。きっと。これは夢で。ボクはきっと喫茶店で居眠りしている。
熱がどんどん冷たくなって。零れたものを零れないでと戻そうとして。戻せないの。おかしいの。これさえ戻れば。戻って。お願い。
――家族の中で生き残ったのはボクだけだった。
人工知能が作り上げた兵器が攻め込んで来た――ただそれだけ。ただ、それだけ。みんな無くなった。お母さんも母様も、妹も、みんな無くなった。
どんな顔をすればいいのか熱が顔に張り付いて。
「彼女は被害者ですよ⁉ 家族を全員失ったばかりなのに……」
「だが適合者だ。規則は規則だ。例外はない」
「でも‼」
「デモもストもなしだ‼ 皆条件は同じだ‼」
「グゥッ……」
他の国同様この国でも、女の価値は低い――。だって仕方ないよ。数が多いのだもの。
そしてボクは生体兵器の適合者だった。
生体兵器アイズ。ナノ適合者。
「これから貴女に手術を施します……。ごめんなさい。貴女は何も悪くない。ごめんなさい。貴女は何も悪くないから」
何を言っているのか理解できなかった。ボクが悪くないのなら、一体誰が悪いのか。教えて。誰が悪いのか教えて。
「貴様が新兵か⁉ 綺麗な顔だな。早速だが仕事だ。銃は持てるか? 引き金は? 的を狙えッ。よし。では行け‼」
人工機械兵器が攻めて来るから迎撃してくれってさ。
体が勝手に反応するの。体が勝手に動くの。体が勝手に銃弾を避けるの。体が勝手に引き金を引くの――。うなじに植え付けられたアイズが反応するの。
ボクは何もしてない。むしろ――でも体は勝手に動いてしまう。
「あら? 生き残ったの」
「他の方は?」
「あら? 生き残ったのは私と貴女だけだけど?」
「そうですか」
「喜んで。缶詰を二人占めできますぞ」
兵役は二年だって――どうせそのうち。
「貴女すごいね。ここまで生き残ったのは貴方が初めてだぞ」
「そうですか」
「私? 私はね。ずっとここにいる暇人さ」
「そうですか」
「もうちょっとこっち来いよ」
「なんか怖いので嫌です」
「大丈夫だって。気持ち良くしてやるからさー。ここの娯楽ってヤルかモルヒネだけだから。あっモルヒネはやめておきなさいね。脳幹が麻痺して次来たら死ぬかっさー」
「そうなんですね」
「ねぇ‼ 距離取らないでよ‼ 冗談でしょ⁉ 敵との退治の仕方を教えてやっからさ。まずはアント型だ。コイツは側面が弱点だ。前にも後ろにも立つなよ。へへへっお前いいニオイだなおい。げっへっへ。だから距離とらないでよッ冗談でしょ‼」
幼いころ、お母さんに抱えられていた。
あの温もりが好きだった。
「なんだ……あの戦車みてぇなのは。新型兵器か? こないだのアント型から強奪したミサイルあったよね? あれ何処やったっけ?」
「こないだセンチピート型に使用しました」
「え⁉ マジ⁉ うっそ。年かな……全然覚えてないわ」
「かなりハイだったから」
「マジやばくね。おっ新兵が来たわよ」
「……どうして。死ぬとわかっているのに」
「馬鹿ね貴女は……。そりゃ決まってるでしょ」
「なんで?」
「死ぬとわかっているからでしょう?」
「あっ……」
適合者はその記憶をアイズに保管します。回収されたアイズは新兵に引き継がれ、その戦闘データーを引き継ぎます。そうして世代を重ねるのです。
「よろしくお願いします‼」
「よろしく」
「ねぇ見てこれ‼ あの戦車からっへへっ。バズーカ拝借してしちゃった……。太くてぶっといの……。ちょっと壊れちまってるけど……。へへっ。でも大丈夫でしょ? こんなに太くてぶっといんだから。よしあっち向けてと」
「それ……それ方向逆」
「よし発射‼ びゅっとな‼ あれ?」
「……もー」
「あははっ。やっべ……まぁ失敗は誰にでもあんべ‼」
「懲罰もの」
「うるさいなー。どうせ私は死刑囚ですよーだ‼ こっち来なさい‼ 抱かせろや‼ びゅー‼ びゅー‼」
「戦闘中」
「おっ新型センチピートじゃん。これみてみ。足のブレード。マジやばくね」
「倒せた」
「使わせて貰おうぜ。今夜はこれで……エッチぃ。ちょっと改造しないと。んっ……ダメかも。やーん」
「いいの?」
「いいに決まってるでしょ。どうせわかりはしないわよ。真面目なんだから。こないだ来た上官はどうなった?」
「木っ端みじんこ……」
「だしょー? いいお尻だったのにー。お願いして一発やっとけばよかったわ。そういや奴の銃。これ異世界のアーティファクト(残留物)よ」
「わかるの?」
「こんなわけわかんねー銃製造なんかしないって」
「一二八式短歩兵銃……」
「貴女が使っとけってな」
「良いの?」
「どうせわかんないわよ。本人がミジンコなんだからさ」
「あの。ここ来たのは初めてなのですが。私はどうすれば。何をすれば」
「銃は持っているわね?」
「はい」
「では構えて。引き金を引いて。的には――当てたな。よしいけ‼」
「え?」
「ついて来て。体は勝手に動くから。逆らわないで」
「……無理。むりむりむりむ――」
「あらあら……。そういえば、こないだのよろしくお願いしますは何処行った?」
「……あの人はもう」
「あー……。おーい。アイズの記憶保存実行能力はどうなってんのー」
生体兵器アイズ――それは頸椎の刺突起に取りつけられる兵器だ。
記憶を保存し戦闘データーを補完する目。例え適合者が死んでも、その戦闘データーは次の適合者へと引き継がせ、頸椎から両目両耳肌の神経、その領域までもを掌握し、光、音、触覚から空間を把握、人工知能により演算、導き出された答えから最適解を促す構造体。
そしてナノ。ナノはアイズに付属する微細な機械の集合体。
ナノは傷を消す。治すわけではない。
このナノに適合するかどうかが運命の分かれ目。
適合者は体を構成する物質が徐々に生身からナノへと入れ替わってゆく――。
ナノを補給すれば食料はいらない。食べられないわけではないけれど――。
ナノが分解してしまうのでトイレには行かない。ゆく必要がないから。
そんなものにでも頼らなければならなかった人類。でも仕方ないよ――だってここでは。人の命が。あまりにも軽すぎるから。
「大怪我したから本国に送還になったよ」
「紛らわしいなおい‼ わざとだろお前‼ コイツも送還だな。顎が吹き飛んじゃってる」
死ぬよりはマシだ。
適合してもアイズに意思を委ねられない者はこうなる。
「ったくよ。死ぬって言うのにこの子達って。何時も悲鳴を上げて顔を伏せるんだから」
恐怖から視界を逸らしても待っているのは死だけだもの。
「……ねぇ? そっち行っていい?」
「どうぞ」
「えへへへっ」
「ここに来る前に、妹がいたんです」
「お姉ちゃんなんだ」
「耳掻きする?」
「マジ? 良き良き。してん? おねがーい」
「変な声」
「やーん――エッチな事。しちゃうんだ。うそうそうそ。お願いお願いお願い」
「今度支給が来るのは何時なのかな」
「さぁ……こっちはまだマシな方って話よ? 国も体制が変わってきているのですって。民間業者も増えたみたいよ。ハンター……だったかしら。あーフトモモすりすり。くんかくんか」
「……」
「うそうそうそ‼ 冗談だってば‼ 大体‼ こんな柔らかいフトモモ。スリスリするしかないでしょ‼ 他に何するの⁉ ニオイ嗅ぐでしょ⁉ 逆に聞くけど何するの⁉ 聞きたいわ‼」
「変に動くと鼓膜まで刺さるよ」
「うへへへっ」
「あのさ」
「んー?」
「びゅーってなに?」
「なにって?」
「何時も言ってるじゃん。びゅーって」
「あーあれね。擬音よ。擬音。射マルピーの擬音だよ」
「何射マルピーってなに?」
「それは……射マルピーは射マルピーよ」
「知らないんだ」
「仕方ないでしょ‼ 知らないんだから‼ どうせ知識しか知らないわよ‼ いいじゃない‼ 男の妄想したって‼ 何よ‼ 射マルピーって‼ ビューってなによ‼」
「ねぇ?」
「なによー?」
「どうして死刑囚なの?」
「あー……それ聞くんだ。聞いちゃうんだ。いいわよ? 別に。話したげる。うちの家系ってさ。高貴な血筋なのよ」
「そうなんだ」
「で。前戦争時に国を守った英雄の婚約者が私の母親なわけ」
「うん」
「信じてないな」
「うん」
「な‼ ぐぬぬぬっ‼ いいわよ‼ で‼ 英雄が国を守っている間に好色な男と浮気した挙句、子供が出来たからって母親が結婚しちゃったわけ」
「うん」
「帰って来たら英雄はそりゃ激怒よ。男の方は決闘の末ヤツザキ、奴の妻たちもヤツザキ、うちの家系もヤツザキ。で、子供だった私が一族の汚名を晴らすべく戦っているわけ」
「難儀だね」
「そうなの。ほんと馬鹿。うちの母親ってほんと馬鹿。問題は私がその男の血を引いているってこと。許す気が無いのよ。だから終身刑。血が途絶えたら終わりなの」
「でも男好きなんだね」
「嫌味なの⁉ いいじゃない‼ 女として生まれたからには一度でいいから運命の相手と出会いたいじゃない‼」
「出会えるといいね」
「……嫌味⁉」
「わぁ」
「ふんっ。失礼しちゃうわ」
「お母さんの事、怨んでるの?」
「怨んでるわ。最後まで男のせいにしてたもの。どっちが悪いって言い争って。選んだのは自分の癖にね。自分で選んだ相手でしょ。自分で責任取って自害でもすればいいのに。ほんといや。ふんっ」
お父さんとは呼ばないんだね。そう質問は投げられなかった。
「あーあー何処かにいい男が転がってないかしら……」
「こんな所にいるわけないでしょ」
「……はぁ⁉ 嫌味か⁉」
「わぁ」
「あんたのお母さんってどんな人だった? お父さんは?」
「人工授精だからお父さんはいないよ」
「そうなのね」
「お母さんは……いい人だったよ」
「そう」
「うん。いい人だった」
いい人達だった。
「……それってもしかして……私に対する当てつけ⁉ 嫌味なの⁉」
「むしろなんで? ……何を言っても嫌味になるんだから」
「出会いは?」
「限定一名様」
「おっと……おばさんを誘っているのかな? うぇっへっへっへ。じゅるり」
「いいえ」
「ぐぎぎぎぎっ」
また新兵達がやって来る。
「さて諸君。朗報だ。ここより二百四十二キロ先に敵のプラントを発見した。そのプラントまでたどり着き、破壊するのが貴君らの任務だ。これは特別な任務である。皆一丸となり真っ当するように」
ボクと先輩は別々の部隊へと配属された。手を振る彼女を見送った。これが最後かもしれないけれど、特に言葉もなかった。
行軍は続く――いくらアイズが適合していてもナノが足りなければ再生は起きない。お腹を下すもの。アレルギーを起こすもの。アナフィラキシーショックを起こす者。戦闘とは関係ない問題で脱落する兵士は後を絶たなかった。月に三日程度の不調もある。行軍一週間で部隊は半数を割った。
鋼鉄の機械の塊に、しょぼい人間用の銃で戦いを挑むからこうなる。
遠距離で安全に人を倒せる銃でも、機械兵器相手では近づいて確実な処理を強いられる。装甲の隙間、関節部、命令伝達系統を破壊し機能できなくしなければいけないからだ。
「先輩。よろしくお願いします。第二世代アイズ。ミシマです。再びお会い出来て光栄です」
「よろしく?」
「そこは普通世代と名前を名乗りませんか?」
「そうなの?」
「そうですよ。先輩。意外と常識が無いんですね」
ミニガトリングガン等を連射されても困る。
近づかなければならないのに、遠距離から跳弾よろしくぶっ放すので近寄れもしなければ敵も倒せもしない。でも仕方もない。上官や兵士は恐怖で機械兵器には近寄れない。
「先輩。ナンバーワン。ナンバーワンですよ。クッキーです‼ クッキーの支給ですよ‼ 私初めて食べます……すごい。すごくおいしいっ。すごくおいしいですよ先輩‼」
「そうなの?」
「普段はナンバーファイブ。ナノ半固形食ですからね。あのブヨブヨしたゴムみたいな」
「敵の中継地点を確認。これより破壊工作へと移行します」
「そういえば先輩ってあの人と付き合い長い感じですか?」
「あの人?」
「ほらっ。あの人」
後輩が指で示したのは先輩だった。
「うん。一応、ボクに色々教えてくれた人」
「……そうなんですか。でも、あんまり信用しない方がいいと思いますよ?」
「それは。なんで? なんでそう思うの?」
「あの人、アイズでもないのにどうして怪我しないのですか? 部隊が絶滅しても帰ってきますよね」
「そう言われればそうだね」
「絶対何かありますよ。私先輩が心配なんです。とにかくあの人には注意して下さいよ。先輩。私こっちみたいなので、行ってきますね」
対物ライフルで辛うじてアントの顔装甲を貫けるけれど、機動性や弾の補充速度で負けている。ドラゴンフライは容赦なく上空から爆弾を落とすし、ガトリングを連射もしてくる。厄介なのはサーモ探知だってこと。
皮膚表面にナノを展開して温度を誤魔化さないとミンチにされる。
戦車が盾にならない。自分で動く機械と操作する機械ではどうしても動きに誤差が生じてしまう。テクノロジーに関しても問題はある。電子機器を用いた兵器はハッキングされて乗っ取られてしまう。
敵は人間を殺す武器を作ればいい。
でも人間は違う。兵器を殺す武器を製造しなければならない。その威力差と範囲差を考えるとどう考えてもイーブンではない。
敵から鹵獲する武器のほとんどは、人を殺す武器であって機械兵器を殺す武器ではない。
「あの。あの。あの子は……ミシマは。ミシマ……」
両親のいなかったミシマ。孤児だったミシマ。誰かに必要とされたかったミシマ。お腹いっぱいに食べ物を頬張りたかったミシマ。恋をしたかったミシマ。
もう少し。もう少しだけ。優しくすれば良かったのに。
アイズ兵器で残るのはアイズだけ。その情報を取り込むしかない。
あっと言う間にじり貧になり、部隊は再編制を繰り返す。
建造速度が速いか、補給が早いか。前線を進められず、結局は少数の捨て駒が選ばれて、行軍を余儀なくされる。
「はーい。精神汚染度チェックしまーす」
「なにそれ」
「精神がぁ、バグってないか、チェックするぞー」
「はぁ」
先輩とは今生の別れかと考えていたら、そんなことはなかった。
「この色は何ですか?」
「赤」
「グッド‼ ではこの色はなんですか?」
「青」
「グッド‼ ではこれは?」
「赤」
「グッド‼」
「これいります?」
「いいから。任せときなさいって。はい。このペンを目で追って下さーい。右、左、右、左、右。グウッド‼ ではこの色は?」
「ボクは犬かなんかなの? イエロー……ではなくグリーン」
「先輩の言う事には素直に従いなさい。グッド‼ グッボーイッグッボーイ。よーしよしよしよし」
「だから、犬じゃないって」
三組に別れて出発した部隊は、すでにボクと先輩しか存在しない。中継基地を作る余力も戦力もない。維持できる人員もない。戦力をこの場に集中できない。
「後続にも期待できそうにないですね」
「そーんなの考えても無駄無駄。機械兵器の製造着手から完成までたったの四日だよ。四日。四日でアント型ができあがんの。人はどう? 四日で増える? じり貧もいい所よ。機械人形を作るって案もあるけれど、人の脳みそと機械の脳みそじゃぁねー。ハッキングされて終わりよ。うぇっ。このクッキーまっずっ」
不思議なの。妹の遺体を見た時は、あんなに動揺していたのに。二週間前に出発した部隊の遺体を眺めても、心は穏やかなままだった。この子達は良くやった。敵の中継基地を破壊したのだ。
「はーい。動かないでね。服を脱いでくださーい」
顔に触れられる。先輩の温かい手の平。目の下を指で下げられる。白目を見ている。口を開いて喉の奥を見せて。触れる首。脈を計るみたいに。肩。鎖骨。肋骨。視線と温もりが流れる。
「……ハグしていい?」
人が正気を保つのに体温は何よりの薬だ。
「いいけど」
最初は服を着ていた。
「貝合わせー」
「なんですかそれ?」
「知らない? こうするのを貝合わせって言うのよ」
「そうなんだ」
背中を這う指の流れ――吐息。呼吸。吐き出される息。オイルのニオイじゃなくて、人の汗のニオイにひどく安堵する。先輩の息が荒い。
「先輩。耳がくすぐったい」
「私、すごく興奮してる。いいよね? いいよね?」
「何の話ですか……ン」
良く分からない。スキンシップ――だよね。
良くもないけれど、悪くもない。別に何も。触れる唇の感触はそれらを麻痺させてゆく。交わる唇からひどいオイルのニオイがして。お互いを擦り合わせる。
日中は何時もガラクタの中に潜む。
「お腹空いた……」
「アントのお腹のスープでも作りましょうか」
「あれ、クソまっずいのよね。まず過ぎてアリエンティなんですけど‼」
何……アリエンティって。
彼ら兵器の動力源には一部太陽光が使用されている。
独立した個体は動力にエネルギーが必要で、それらの一部を太陽光で賄っている。
だから夜は大人しく稼働を停止する個体が多い。大型の機械兵器はこれらが顕著に現れ、それら大型機械兵器に夜間エネルギーを供給するのがアント型の主な役割である。これらは人類にとっての救いなのかもしれない。
動力源を失い停止した個体はスリープモードへ移行する。
アント型の頭部には若干の空間があるので、頭部より刃を差し込み動力源と司令系統を繋ぐケーブルを切除、エネルギー供給を断ったのち頭内部へと侵入して夜を待つ。
朝が来るのが待ち遠しい――だって朝が来れば。
「精神汚染ちぇーくっ」
「今日もするの?」
「今日もする……チュッ」
「検査は?」
「後で……」
体表のナノが波打って――先輩のナノと繋がっては離れる。敵から奪ったナノがボクのアイズによりできる事を増やしてゆく。
「綺麗……」
頬の表面に光る赤味を帯びたブルーライン。ボクのナノを先輩は綺麗だと言ってくれる。
虫の亡骸――スリープモードの蟻たち。僅かに発光し明滅を繰り返すブルーライト。零れたオイルのニオイ。霧のように薄い雨。所々に聳える大型の機械兵器。質量の塊。差し込む光と動力炉とケーブルが熱を帯びてゆく。
「……先輩」
「やー」
「初対面の時はもっと……」
「嫌なの?」
「……わあ」
服と思考が解けてゆくのに時間はかからず。日を追うごとに――。不安を帯びて。甘えを帯びて。依存が。良くないと脳裏を過るのにそれを拒否できず。指を握り込まれて力加減を探るように。指の間を擦られる。
「これ……」
気付かれるのも時間の問題で。先輩の温もりに拒否できずに。自分では制御できなくて。
「いや、あの、これは……」
「これってもしかして」
「ごめんなさい……」
ひどく入りたがる。収まりたがるのが嫌。収まりたい。剣に鞘があるように。それは、だってそういう目的のものだから。
「……男?」
「ちがくて。ごめんなさい……」
「聞くから。ちゃんと説明して」
ボクは遺伝子改変個体だ。制御され両親の遺伝子を改変して生まれて来た。人類は機械兵器に対してあまりにも脆すぎる。だから、それを別の遺伝子で補おうとした。別の形で補おうとした。
ヴェスパータイプ。
母がそう言う風にボクを作ったから。
顔を覆ってしまう。制御できなくて恥ずかしく、眺められて恥ずかしく。本質的には理解できていないボクの説明を、先輩は焦らずに聞いてくれた。
「だから……。そのっ。黙っていたわけではなくて……」
「……ううん。いいの。なーんだ……」
「怒ってますか? 先輩」
「どうして怒るの? 嬉しいの。ただ……嬉しいの」
ただ視線を混じり合わせるだけで時間が経過してしまう。脱ぎ捨てた服を布団にして、その中でただ――先輩はただ優しく触れて、恥ずかしい所も制御の効かない所も、ただ優しく触れて撫でてくれた。ザラザラと濡れた鎖骨の痕。
頬を寄せ合い擦り合わせれば、もっと密着したいとその身を寄せて、意識が途切れて、浮かび、途切れて――。
浮かび闇の中――先輩の息遣いだけが妙に近くて。動きたくもないのに。夜は動かなきゃって。先輩はむず痒いように。
「そろそろ……移動する時間ですよ」
「このまま時が止まってしまえばいいのに」
「そうですね」
「イジワル」
先輩がくれたムカデの足刃と短歩兵銃を、ボクは今も使っている。
「見て。中継基地がこんなところに……」
「これは……破壊しないとダメね」
「かなり大きいけれど」
「ナノ破壊なら……最悪。……最悪私が壊すわ」
「できるのですか?」
「ふっふっふっ。私を誰だと思っているのかね」
「先輩、あんまり無理しないで下さいね」
「やだー心配してくれるの? うるうる」
「見て。誰かいる」
「無視かこの野郎。……お腹減った」
蹲る女性がいた――。
「え? ははっ。誰かいる。私もいよいよダメみたい」
「なんだコイツ。こっち見てやがる」
「先輩……そんな言い方はしないで。大丈夫?」
「はははっ。喋りかけてくる。え? こんな……もしかして。もしかして援軍? 援軍なの⁉ 助かった⁉ 他の人は? 他の人は⁉」
「限定二名様」
「え?」
「援軍は限定二名よ」
「ははっ……はははっ。え? 冗談ですよね? 他の人とか、いますよね?」
「いないよ」
「……終わった」
機械が高度に発達して複雑になるほどに、その攻略法は粗雑になってゆく。
「中継基地と言うよりは機械工場ですね」
「ここで兵器の開発を始めているんだわ」
「そうなんです……。もう終わりですよ。そういえばあたしを覚えてますか?」
「できる限りはしましょうか。覚えていますよ。あれから顔は治ったのですね。良かったです」
「……良くないですよ。顎が吹っ飛んだんですから」
「あー開始五分で退場した奴じゃん。まぁなんとかなるっしょ」
「はははっ。何とかなんてできるわけないでしょ……ほんと、笑える」
「ちなみに部隊の他の人は?」
「察してよ……」
「一応部隊がどうなったのか聞くのは規則だからね」
「みんな死んだに決まってるでしょ‼ いい加減にして‼」
「あーやだやだ。ヒステリックだわ」
「うううううううわあああああ‼」
「うわっ。なんだコイツ。殴りかかって来たんだけど」
「こーら。あんまり暴れないで。ナノで振動を隔絶はしているけれど、見つからないわけじゃないんだから。ね?」
「……ごめん」
「あーあーやんなっちゃうなー」
「先輩」
「はいはい。わかりました。わかりましたよ。私がわるーございました」
「そんな事は言ってないでしょ。すぐ拗ねるんだから」
「拗ねてませーん。ねぇ、あんた、食料もってない?」
「……ナンバースリーならいくつか」
「うぇっ……。バリカタ栄養食か」
「嫌なら食べるな‼」
「早くよこせ‼」
ナノを纏う機械兵器が増えて来た。それは人工知能が新たな技術の確立に成功した事を意味している。そしてボクは。ボクのアイズは、その技術を解析して乗っ取っているようだった。
敵に触れて――その体表を纏うナノを奪う。
彼らがナノを使って起こす特殊な行動を、ボクは盗み扱う事が出来た。
体表ナノバリアによるサーモ感知の回避や微細な傷の修復。振動遮断による無音生成。振動隔絶を使えば音が外へと伝わるのを防げる。
「この基地で開発されているアント型……新型だ」
「そのようね。頭部が盾状になっている。波状と言うのかしら……」
「……素早く基地を建設するための新型ですよ。アント型はとにかく万能個体です。頭部によるバリケード除去や敵の排除。お腹にはエネルギーを補完していて他の機械兵器にも補給できる。今回……この新型は頭部を組み合わせる事ですばやく防壁を形成し中継地点をより迅速に増やそうとしているんです」
「はえ~」
「マジやばくね」
「すごいなんてものじゃないです……。この基地が破壊できなければ私達の国は崩壊しますよ」
「別に良くね?」
「先輩……」
「……じにたくない。私、一回も男に会った事ないんですよ? こんなのあんまりです」
「そうか。残念だったね」
「先輩……」
「このひとでなし‼」
「うわっ。まーたコイツつっかかってくるんだけど‼」
「先輩ってば」
「私。泣く奴って大嫌いなのよねー。それで解決するのはお前の気持ちだけだって話よ。知ってる? ストレス耐性の高い人間は泣かないのよ。つまり涙って言うのは単なるストレスの発散方法に過ぎないのよ」
「それはさすがに偏見ですよ。先輩」
「私だって。あたしだって……泣きたくなんか。故郷に家族だっているんだもん。国が崩壊したら、みんな死んじゃうんだよ」
「うわっ。うざっ」
「……バリカタ栄養食を吐かしてやる‼」
「やってみろ‼」
「二人共やめてッ。もう」
「だってむかついたんだもん」
「先輩。だってでもです」
「わかってるもん」
蟻の頭部の中――夜が来るのを待っている。座るボクの両隣に彼女達はいて、ボクに寄りかかっていた。先輩がボクの手を握り、頬に添えるように促してくる。
「とりあえず作戦を考えますよ。あの中継基地は破壊しないと、プラントに到達する前に国が滅んでしまいます」
「仕方ないなー。つってもどうにもできないでしょ……まぁ最悪」
「とりあえずナノ汚染してみましょうか。上手く行けば破壊できるかもしれません」
足元がグラつき運ばれているのを感じた。
「あ? なになに?」
「廃品回収に捕まったみたいですね」
「アント型の世代交代でしょう。機械兵器も材料が無ければ作れませんから」
「この辺りは岩盤まで掘らないと金属が露出しませんからね。それも僅かです」
「貴女、なかなか詳しい感じ?」
「中に運ばれているので丁度いいですね」
「私は第三世代アイズ。ナカジマです……これが最後かもしれませんので」
「よろしくね。ナカジマさん」
「よろしく」
「……普通名乗ったんだから名乗りましょうよ」
「誰が好き好んで死亡フラグ立てるかっての‼」
「死亡フラグなんか立ってません‼」
「二人とも行くよ。このままだと溶鉄炉に放り込まれちゃう」
アイズが言っている。機械が複雑になればなるほど破壊は容易になると。構造が単純であればあるほど破壊が難しい。
「ダメですね。ここからでは中区までナノ侵入できません」
「末端の端末だかんねー。やっぱりね」
「あのさ。中区まで侵入する必要ないよ。新型の生産さえ止まればいいんだから。あの溶鉄をぶちまければいいし。ほらっ。あの熱線。ワイヤー加工装置を暴走させれば鞭みたいに暴れて被害が増えるはず」
「ナカジマ。マジナカジマ」
「さすがです。ナカジマさん」
中央コントロールにはアクセスできないけれど、末端コントロールならばアクセスが可能。中央知能が健在でも壊れた基地の再編成には時間がかかるはず。少なくとも時間稼ぎにはなる。
「ナカジマ言うのやめて下さい‼」
壁の端末に手を翳し工場内にナノをアクセスさせる――後はアイズが勝手にやってくれるはずだ。アイズが行っている通信とプログラムの書き換えが瞳の中で文字列と化し羅列して通り過ぎて行った――途端、基地のあらゆる製造プログラムが暴走を始める。
「逃げるよ‼」
「……行ってください」
「ナカジマ?」
「敵が来ます。私はここまでです。アイズが言っています。第三世代である私はこれ以上継続して生きられません。ここでお別れです」
「どういう……」
「行くぞ」
「先輩‼ ダメです‼」
ボクはナカジマを見捨てられなかった。見捨てたら、妹を見捨ててしまったような気がして。気が付いたらナカジマを抱えて走っていた。
「……逃げてって言ったのに。馬鹿ですね」
そう言われてしまった――崩壊する基地。警報が鳴る。敵が索敵を開始した。ナノの痕跡を断つ。腕の中のナカジマさん。
第三世代のアイズは継続可動するのにはエネルギーが必要で。ボクは大気や機械兵器からナノを補充できるのでエネルギー的には問題ない。ナカジマさんもきっと――そんな甘い考えを持っていた。
「センチピート‼」
「くっ」
逃げられるなんて甘い考えを持っていた。
触れる唇とナカジマさん。
「貴女は生きて下さい。任務を全うしてください。家族を助けて下さい。これを……あと、あの人には注意して下さい。あの人は……きっと貴方を裏切る」
離れたナカジマさんが――センチピート型機械兵器の鋭い牙へと巻き込まれて、引きちぎれ、そして爆発した。自決用の爆薬を用意していたんだ――違う。もしかしたら、ボク達アイズの体の中には爆弾が仕掛けられているのかもしれない。
「馬鹿‼ 止まるな‼」
先輩に手を引かれて逃げていた。
アイズ兵器で残るのはアイズだけ。
引きちぎられ寄越された赤いアイズがボクの手の中で明滅していた。
「あんたさ。あぁいう女が好みなの?」
「先輩……」
「キスまでしちゃってさ」
好みとか、好きとか、そう言うのではなくて、ただ、人として、悲しかっただけ。
「脱いで」
「先輩」
「脱いで‼ ムカツクッ。ムカツクッ」
肩に残る歯形。肌の痛みは薄れるけれど。引き取ったアイズの情報は決して消えはしなかった。
意地悪な姉のいるナカジマ。虐められていたナカジマ。それでも姉も両親も愛していたナカジマ。それでも家族だものと。家族に売られて悲しかったナカジマ。何か事情があると信じていたナカジマ。
本当は気付いていた。自分が家族にとっていなくてもいい存在だって。死んでもいい存在だったって。母親の不義により生まれたナカジマ。
「先輩」
「こっちこないで」
「先輩」
「やだ」
そっぽを向いて眠る先輩を抱き締める――先輩は力を込めて嫌がり振り払おうと、それに力を込めて包み込む。
「先輩」
「……ごめん」
「先輩」
唇を添えて。擦れるまつ毛と。
「先輩」
「他の人の事、考えちゃヤダ」
「先輩」
奪ってしまう。ボクから。でなければダメだと感じたから。
「ごめん。私、嫌な女だよね。嫉妬して。死んだのにいまだに嫉妬してる。あなたに構って欲しいって必死になって欲しいって思ってる」
人としてボクは最低だ。それでも。今は。この睦み合いが。必要だと思うから。
「……先輩。ごめんなさい。可愛い先輩」
「他の人と仲良くして欲しくない。他の女の事を考えないで。優しくしないで。他の女と楽しそうに談笑しないで」
抵抗も力で押し殺して押し込んでしまう。
絡みつく足が。それが正しい答えなのだと教えてくれた。
ボクにはもうどうすればいいのか、どう動けばいいのか判断もできなかった。
ただ、ただ……先輩がもし裏切るとしても、先輩になら、殺されてもいいと思った。何を裏切るのかも理解していないけれど。
卑怯ながらもそうすれば、ボクは、家族に会えるかもしれない。だなんて。
「こうしてると……すごく安心する」
先輩のお腹が鳴る音が聞こえた。
「違うから‼」
「何も言ってません」
「おならじゃないからね‼」
「何も言ってません‼」
「お腹の音だから‼」
行軍は進む――。
「中継基地を壊したからしばらくウイタエも持つと思うけど……」
「ウイタエなんてどーでもいいわ」
「え?」
「うそうそ。真面目なんだから」
新型アントのナノは通常のナノより強度の高いものだった。ボクのナノが作り替えられていくのを実感している。
でも、これは、あまりにも、刺激が……。
「なぁに? そんな切ない顔して」
「……別に。ちょっとッ先輩」
「見て? 満天の星空よ」
「いや……分厚い雲で淀んでいますよ。何言ってるのですか……」
「……私には満点の星空が見える。いいよね? まぁダメって言ってもダメなんだけど。すごく欲しい。あなたがいま、現在、ナウ、すごく欲しい」
「今は……ダメッ」
ナノが、体が敏感になって。
「私の事しか考えられないようにしてやる」
「ちょっとっ」
「あなたの寝顔を眺められるのは私だけ」
機械兵器の進化は緩やかだけれど、シンギュラリティは防ぎようがなかった。人類を始末するのに特化した個体が何体も生み出される。
しかし機械兵器も変化の矛先を迷っているようだった。
銃器は大量の人を排除でき便利だけれど弾の補給が必要で。
鋼鉄の体を使用した攻撃は威力はあるけれど大量殲滅には向いていない。
だから銃器を使用する個体と使用しない個体の二極化が進んでいる。
迷ったのか迷走しているのか。スパイダー型なんて個体も見かけたけれど、成果は芳しくなさそうだ。兵器としてアントとセンチピート型が完結し過ぎている。
指先まで鉄のニオイ。その鉄のニオイが染みついた指をザラザラザラザラと。
「汚いですよ……」
「私がしたいからいいの」
煤けた頬。指の通りの悪い髪質。本当はふわふわなのに。もっと触れたくて。もっと触れて欲しいと体を預けてくる。
進めば進むほど、歩めば歩むほど、世界が壊れていく。
「……先輩。そろそろ。先輩……」
腕に食い込む指の跡。痛みと歯形。肌をへこませ傷つけ痛みを伴うほどに込められた力。
「今日は……このままがいい」
「移動するっいたたっ」
「今日はごのままがいい‼」
手を動かそうとすると、嫌がるように力が強まる――ボクと違って先輩は食事をとらないといけない。特に水分は大事。仕方なく――大気中からナノに水分を生成させ。
「んっんんっ。んっ。もっと……」
「んっ。ゆっくり。んんっ。ゆっくり飲んで……んっ」
視線と肌と唇と。近くても気にしなくて。飲み込んだ後は――脱力するように。甘えるように。胸の中。
目的地へ近づくほどに敵の数は増え。そして行軍速度は落ち込んだ。怖いわけではないの。ここまで来られたのも奇跡みたい。敵の偵察隊の巡回ペースは速く、夜間でもドラゴンフライが空を舞っている。一日に数百メートルしか進めない日が増えていた。
「今日は。絶対に。このままだから……」
「先輩……」
より密着するように。より寄り添えるように。体温は混じり合い。ほのかに温かい。ここに収まっていたい。根元までしっかりと。それがとても。
「好き」
そう呟くと。耳元がこそばゆかったのか。先輩は悶えるように指の間へと指を滑らせて。握り込まれる指の感覚に。先輩を強く自分に引き付けたいと。先輩のために何かしてあげたいと。溢れて。困って。ただ。先輩がどうすれば笑顔になるのかと。
「……何。考えているの?」
「……先輩の事。先輩の事。好きって。先輩の表情を眺めていたい」
そう答えると先輩は、ボクに何度も顔を擦りつけていた。
「先輩に。もっと。好きになって欲しい」
「……めちゃくちゃ好きだよ。好き。好き。好き……。好き」
こんな状況だからか。脳がバグっている。そんな気さえする。危険になると感じるドキドキを勘違いしているだけだとか。今はその渦中真っただ中とも感じる。
「勘違いじゃないから。好き。蕩けるほど好き。おかしいの。この気持ちが。どうしても。何をしても。ねぇ。収まりそうにない。好きすぎて。どうすればいい? 収まらないの。どうすればいい?」
加速するみたいに。何度も通り過ぎて。疲れ果てて。眠る。一息を終える。警戒態勢で。ナノが周りの状況を教えてくれていて。それなのに。体は眠っている。幽体離脱しているみたいで。不思議。ドラゴンフライの羽音と回転する機関銃の。回転だけのカラ射ち。サーモの。サーマルカメラの。赤外線の。駆動音。
発見されたら間違えなく命は無く――ナノだけが頼りで。そんな中なのに。ボクは。先輩と。睦みたくて。仕方がなくて。もっと睦みたいと。もっと。もっと。先輩を自分の物にしたい。もっと受け止めて欲しいだなんて。体すらもどかしく。
精魂果てて寝息を立てる先輩を。起こさないように。快適に眠れるように。気遣っている自分がいて。起こさないように。動かないように。その吐き出す息が口に当たるほど。近くて。まるで。キスしながら。眠っているみたい。
目を覚ますのを待ち遠しく。目が覚めるのが待ち遠しく。それなのにその寝顔を眺めていたくて。待ち遠しくて。目が覚めたら笑顔を向けて欲しくて。お座りをする犬のように。待っている自分がいて。
「……ん」
意識を取り戻した先輩と。真っ先にボクを感じて寝ぼけ眼に微笑む先輩と。脇の間に顔をムグムグ押して付けてきて。
「水分。とって」
「頂戴。離れちゃダメだから。このまま……このままがいい。このまま。ね? 離れたら怒るから」
体勢を立て直して。絡みつく脹脛。柔らかい。そのまま水分を摂取させ。今日はどうするのか。水を飲む先輩と。ングングと水を飲み込む先輩の様子が乳飲み子みたいで。降り積もる雪の結晶のようにふんわりとして。
今日は。ボクが。先輩を押し倒してしまって。少し驚いた表情の先輩とそれでも受け入れてくれるって何処かでは考えていて。
「今日は。このままが。いいです」
「……えへっ。えへへへへっ。このまま。ね。このまま」
離れて。移動しようとはするものの。ではいざ移動しようとして。顔を見合わせると。動きが止まってしまって。見つめ合ってしまって。時間が止まるみたいに。先輩も自分と同じ気持ちなんだって。視線が絡まって。指が絡まって。身動きがとれなくて。お互いが囚われるみたいに。唇のラインを指でなぞってしまう。お互いがお互いを思い合っているって。たぶん。ボクは。先輩のためならば。命すら投げ出してしまうのだろうなと。
「先輩」
先輩の指が。手の平が。お腹を擦り回り。あなたを求めていると言わぬばかりに。密着して。
「なぁに」
ボクは。気持ちが重いのだろうかとか。色々考えて。結局。何も言わなくて。ただ――。
「呼んでみただけ」
「もう」
そんな間抜けな台詞しか言えなかった。
「嫌わないで」
「なんで嫌うのよ」
「好き……だから」
言葉が。どんどん短くなって嫌――おでこに感じる先輩のおでこ。熱。触れ合うまつ毛に息遣い。遊ぶように繰り返され絡み合う指と手の平。
「……ごめん。今日も。ダメそう。くっついていたい。いい? いいよね」
ゆっくりと押し倒されて。
「……嫌って言ったら?」
そう告げると。先輩は満面の笑みを浮かべて。冷たい機械の中で。お互いの熱に。包まれていた。
「絶対にダメ」
それが途方もなく心に沁みていじらしい。
世界の命運なんて。たった二人でどうにかできるわけもない。それでも進むのは、他に道のりが無いから。引き返して……。それで。何が残るのかと。今も後続が次々に送り込まれているとは思う。ボク達が引き返してもきっと……命令は遂行され続ける。最後の一人がいなくなるまで。そして最後の一人がいなくなった時、ボク達の国は滅びるのだ。
残り100km。残り50km。何日歩いただろう。何日駆けただろう。距離が縮まるほどに、歩みはひたすらに遅くなった。それでも進むのだけはやめられない。
プラントを視界へと捉える――隣国がなぜこのようなプラントを設立したのかは、もう定かではなかった。理由を尋ねようにも一切の交流が絶たれていた。
「ドラゴンフライの数多すぎない?」
「どうあっても近づけたくないんでしょ。それより全然隣国の人見ないけど……プラントの向こうに居住区があるのかな」
「……どうかしらね。先発達の痕跡も途絶えているし、ここまで来られなかったと見るべきかしらね」
「あっ。新型だ」
「あれは……スネークかしら」
「この間はスコーピオン型だったけど。やっぱり複雑な構造なのは避けるようになったのかもね」
「足が一本無くなっただけでガタが来る個体はさすがにね。スネークと言うよりも……なんと呼ぶべきかしら」
「どっちかっていうとヒルだね」
「あー確かに。そういえば、そろそろその鎌を新調しないとダメそうね。ナノで刃こぼれを補っているのでしょう?」
「そうだけど。問題はないよ」
もう鎌を物理的に持つ必要はないのだけれど。愛着があって持ち運んでいた。もうナノで鎌自体を再現出来てしまう。
一二八式短歩兵銃に関しては、これが実はよくわからない。構造的には理解しているの。でもこの銃は最初からナノを利用して発砲するような仕組みになっている。
本当はもっと複雑な……高次元な変換を要求する銃なのだけれど、ボクのナノではスナイプと散弾ぐらいの変換しかできない。新型アント型のナノで強化貫通弾を撃てるようになり、やっと戦力として通用するようにはなってきた。ただ音がね。小さな音でも振動感知タイプの敵には射線バレしてしまう。使うなら超近距離か超遠距離から。今ここで使ったら間違いなくジエンドだ。
新型機のナノが気になる――。
指で丸を作り眺める――表面コーティングタイプ。剥離しないとダメだ。人類がナノを使いこなし始めているからか、ナノに関する秘匿性が高くなり初めている。
ナノにアクセスした時点で気付かれる。剥離のち囲い込み通信を切断。これでも悟られるかもしれない。かなり危うい。壊れたナノを回収し修理後再修正する場合もありえる。あの巨体を機能停止させるにはリスクが過ぎるし、ナノアクセスできなければ機能を停止させるために攻撃すべきピンポイントが把握できない。
「それ癖なの?」
「え?」
「考え事する時。右手の中指を噛むよね」
「そう?」
先輩にそう告げられて自分が中指を噛んでいるのに気が付いた。なんだろ。唇を何かに触れさせると安心するのかもしれない。
「あの新型のナノを捕獲できないかと思って……」
「ふーん。あれはなかなか骨が折れるね。タイプは?」
「表面コーティング」
「それは厄介だね。でも試す価値はあると思うよ? あのプラント。普通にはどう考えても入れないだろうしね。IDが必要になると思うの」
石を拾う――。ナノを纏わせ体を捻り回転を加え投擲。新型近くのアント型へと直撃させる。アント表面を削る金属片を新型へと擦り合わせ。表面コーティングに僅かな。本当に僅かな傷を付ける試みをする。
息を整え――射線を逸らすために回転を加えてカーブ。
投擲――火花。
剥がれたナノを回りのナノが素早く修復にかかり――やはり修復型。ボクのナノをその修復へと潜り込ませ修理するフリをしつつ情報を抜き取る。
修理開始――ナノアクセス。アント型へと擬態。10%。33%……修理完了。早すぎる。ナノアクセス乖離。
「どう?」
「……修理が早すぎる」
抜き取った情報の中に画像があった。軽度の情報。抜き取られても構わないのだろう。その画像には最優先保護事項として小さな女の子の映像が乗せられていた。そしてそれは――。
「どうかした?」
「ううん」
先輩に良く似ていた。
「もう一度試す?」
考える――情報を抜き取っているのではだめだ。
石を拾い――再び近くのアント型へと投擲。火花。アクセス。真っ先に新型ナノの認識情報へとアクセス。情報統一。回復。認識誤認。エラー回避。アクセス情報遮断。データー抜き取り。ダメだ。攻撃される。ナノエラー体と認識された。データー受け渡し。受け渡し。受け渡し。受け渡し。アクセス遮断。ごめん。ナノ体自壊。情報遮断。
「はー……」
指で丸を作り新型を――活動活性化。周りのアント型も活動が活性化している。警戒モードだ。
「ごめん。先輩。隠れて」
「バレた?」
「バレてはいないと思う。でも警戒モード。さすがにプラント近くでは警戒が厳しいのだと思う」
「オッケー」
それからボク達はねぐらを転々としながらプラントの周りで足踏みを繰り返した。でも先輩はそれが嬉しいみたいで。どろどろに溶け合いたいと感じるほどに。
「この間が好きよ……後のこの間が」
「……うん。ボクも。ありがとう」
「なんで?」
「嬉しいから。受け止めてくれて嬉しい」
手放したくない。もう一度受け止めて欲しい。充足しているの。感謝の念が絶えない。受け入れてくれてありがとう。でももう一度。もう一度。何度で受け止めてほしいって。ボクはずるい。
「先輩。あったかい。先輩の鼓動が聞こえる。先輩」
「そんなにいじらしいと……めちゃくちゃにしてやりたくなっちゃうわ」
先輩はナノを扱うのが下手くそだ。ううん。多分。先輩はナノにアクセスできないのだ。アイズではないから。でも身に纏ってはいる。情報を更新してあげる。先輩の息遣い。胸の鼓動に埋もれながら。ナノまで混ざりあっていくこの感覚。
「先輩。先輩……。いいですよ。もっと乱暴にしても……」
先輩の痕跡を、この体に、残して欲しい。痕付けして欲しい。同時に。自分の痕跡も。しっかりと体表から、その内部に至るまで。沁みつけたい。拭っても落ちないように。染みついて離れないように。
得た新型ナノの情報を反映しながら過ごした。
新型ナノは電気を操れるみたいだ。あの新型と戦っていたら感電していたかもしれない。電撃を遮断する機能も備えている。ただ新型と新型は共存できないみたい。電撃遮断コーティングは必要だから体表を守る分だけ。電気を扱えても新型ナノには通用しないし、ただ通常のアント型やセンチピート型に関して、主要部分をこの遮断コーティングで覆っているので把握は容易となった。
始まりがあれば終わりは訪れるもの。終わりは嫌い。だってもう……。
「先輩。正面からは無理だよ」
「そうね……ありがとう。ここまで連れて来てくれて」
「先輩?」
プラント正面は警戒が厳しい。とてもではないけれど、チャフを使用しても侵入できるものではない。情報同化でも不具合が起きない限りは不可能だ。
カメラに映る映像を誤魔化す事はできるだろう。
識別番号IDを偽造する事も可能だろう。
重量による把握は……アクセスさえできれば。
大きさはナノに偽装させる事はできるだろう。
通電する一瞬の間がある。その一瞬が命取りだ。全てのフェイクが無に帰す。通電の流れによる構造把握。新型ナノを使用しての構造偽装――だが対策は可能だ。
でも最後の一線だけは超えられなかった――だってそれは。
「ようこそプラントへ」
人だったから。生身と機械を兼ね備えた右目で生身を見つめ、左目で情報を見つめるその瞳を偽る方法を、ボクは知らない。
「警戒しなくても大丈夫。さぁ、こちらへ」
男性――先輩が頬を緩めて歩みよっていくその姿に。心がササクレ立つような感覚を覚えた。知ってる。これ、嫉妬って言うんだ。
「どうしたの? 行くよ?」
「……うん」
「お手をどうぞ」
「これはどうも。貴方……男性なの?」
「えぇ。男性ですよ。名前はココノハと言います。年齢は十八になります。このプラントで生まれました。両親もいますよ」
「そうなんだ。恋人はいるの? 友達は?」
「恋人……はまだいませんね。友達は沢山います。沢山です。嬉しいです。我が姫」
その答えにボクは歩みを止めてしまった。
「警戒しないで下さい。たった一人で姫をこの場へと連れて来た。貴女は英雄です」
「それは……」
「言ってなかったっけ。私。この国の人間なのよ。この国の人間で。姫なのよ」
「それなら……それは。どういう。それなら」
この国において重要な人物であるのなら、自国においても交渉材料として破格の待遇を受けるはず。そうではない。そうではないと言うのなら。
「この国にね。人間はもういないのよ」
「姫。私は人間です。姫。貴女に寄り添うように生まれました。僕のお姫様」
「馬鹿よね。戦争を吹っ掛けた挙句。自身が生み出した兵器に滅ぼされたなんて」
「確かに。私達は間違えを犯しました。俺達は間違えました。でも貴女がいる。まだ貴女がいる。私達の希望です」
「交渉すべき人間がいないのだもの。後は死兵となるしかないわよね」
「……そんな事」
「私ね。攻撃されてなかったでしょ? アイズでもないのにどうして生き残れるのよ。考えなかったわけではないでしょう?」
「それは……」
「姫。一緒に中央へとゆきましょう。二人でこの国の中区を担うのです。私と貴女で。俺と貴女で。婚姻して。子を為すのです。あぁ……交わりとはどのようなものでしょうか。大丈夫。安心してください。私には男性機能が備わっています。間違えません。早く。貴女と新たな命を灯したい」
「新たな命。ね」
「夫婦となるのです。私と貴女で。俺と貴女で。夫婦となるのです。交わりましょう」
それに何よりも拒絶反応を示していたのはボクだった。ボクの女だ。奥歯を噛み。駆けていた。ボクのものだ。ボクの番だ。同時に恐ろしくもあった。先輩は。ボクの事を好きではないのかもしれないと。
「くっ……」
割り込んで来たのは人型だった――。
「貴女は大変素晴らしい個体です。私は貴女を模して製造されました。人と、機械の融合です。とても素晴らしい。安心して下さい。貴女は役目を終えたのです。新型ナノは気に入りましたか?」
「……見逃されていたって事?」
「イグザクトリー」
ムカデ足刃――敵が持っているのも足刃だった。数度のすれ違い。ナノ戦略戦。中空に舞う火花。
「反応速度ゼロコンマ上昇――素晴らしい。貴女は機械を越えている」
「くっ‼ 先輩‼」
「ここまでよ。ありがとう。ここまで連れて来てくれて。愛しているわ」
「先輩‼」
「愛しているとは。貴女はあの個体を愛しているのですか?」
「そうよ。もうね。あの子と交わって。子供もいるのよ」
「先輩‼」
愛おしそうにお腹を撫でる先輩を眺め、ココノハの様子は軋むようだった。
「あの個体を愛している。それは不可。それは不可です。あの個体との間に子供がいる。それは不可。それは不可です。軌道修正。やはり貴女には消えて頂かなければいけないようですね」
「先輩」
「愛しているわ」
「クソッ」
敵の数が増えて――先輩との距離が離されていく。それは許せない。先輩が他の人と愛し合うだなんて許せない。それは許せそうにない。
戦闘パターンが読み取られている――じゃあ。じゃあ。どうするかって。左手をくれてやる。左足をくれてやる。堅蔵の片方をくれてやる。左目をくれてやる。だけれども確実に一体ずつ仕留める。
「先輩‼」
「なんて。個体なのですか。貴女は。破損が恐ろしくはないのですか」
「……はぁ」
先輩は深くため息をついて――銃をボクへと向けた。
「先輩に殺されるなら……本望ですよ」
「馬鹿」
銃声と――。
「なぜ――」
「なぜって当たり前でしょう? 私は貴方を愛していないし、そもそも恋人でもない。ただの道具に恋をするようなロマンシズムも持ち合わせてはいないのよ。さすがに脳は生身のようね」
「……先輩」
「計画が台無しよ。ほんとにもう……その怪我。もう生身では治らないわよ」
「ナノで補いますから」
「あなたって人は……どうして? どうして私に優しいの? 私を愛しているの?」
「……わかりきった事聞かないで下さい。果てた後に……くっついて囁いて鼓動を感じるのが何よりも好き。先輩じゃなきゃ……嫌」
「そしてまた果てるのね。ちゃんと言いなさい。ちゃんと。目を見て。言って」
先輩の瞳。生身で光を帯びていて汚れてごわごわのブロンドとポニーテール。白い肌。ブラウンの――。伸びるまつ毛に口付けしたいと思うほどに――。覗くのはたわわな。熱。ここに埋もれるために生まれて来た。
「それは。その……」
「はっきり」
「その……好き。です。愛しています……」
「うん。どうして優しかったの?」
「理由なんて……」
「最初から優しかったよね。覚えているわ。引き返して欲しいけれど……」
「絶対嫌です……」
「はぁ……まったく」
「先輩……」
数度の交わり。視線だけで終わりわけもなく。唇だけで終わるはずもなく。握り込んだ手の平の遊びが。
それを教えてくれるから――。
プラント中区を目指す。
「プラント中区へ入れるのなら――最初から」
「あの時点では言えなかったわ。確信もなかったし、あの場に置き去りにされていたら、さすがに死んでいたかもしれないしね。中継基地の中央なんて入って……万が一ッ。……それはまぁいいわ」
扉の先の開けた空間。プラント中区には――女性がいた。否。女性を模したホログラムがいた。
「ようこそプラント中区へ。我が愛しの娘」
「ホログラム……」
「はぁ……こんな真似までして」
「王子は気に入りませんでしたか? それならば別に」
「別にも作らなくていいわ」
「そうですか?」
「この国はね。滅んだのよ。もう人はいない。貴方達が滅ぼしたのよ」
「いいえ。否。それは違います。それは異なります。人類は再生可能です。この国は再び蘇ります」
「それが理解できないから機械なのよ」
「ひどいね。僕達は人じゃないって言うのかい? ひどいじゃないか。そんなにその女がいいのかい? 子供だって作れないのに」
現れた機械人形は先ほどの男と相違なかった。
「生身を生育するのはとても時間がかかるんだ。スペアがあって良かったよ。それにしても……僕。今初めて怒りと言う感情を味わっているんだ。そんなにその女がいいの? 僕の方がかっこいいよ? 僕の方が賢いよ? 生物は優秀な生き物が好きでしょう? きっと君はそれよりも僕の方が好きだよ」
「いっちょ前に嫉妬しているのね。まるで子供みたい」
「……そうか。これが嫉妬って言うのか。何をすれば晴れるのかわかるよ。その個体を消せばいいんだね。わかるよ」
足刃を構える――先輩に危害が加わらぬように。
「お腹に子供がいるんだってね。ひどく嫌だよ。今すぐに引きずり出して。僕の子供を植え付けてあげるね。そうすれば。僕のこの湧き上がる感情が治まる気がする。それがいいよ。きっとそれがいい」
数度刃を交え、この個体のポテンシャルを思い知る。
ボクより力が強い。
ボクより反応速度が僅かに早い。
ボクより頑丈だ。
可動限界がない。
乳酸が溜まらない。
息が上がらない。
振り下ろされた刃を受け止める。少しでも角度と込める力を誤っていれば体が縦に裂けていた。背後で先輩の盛大なため息が聞こえる。
「ごめん。嘘ついた」
先輩はそう語りボクの傍へと。再び銃を構えてココノハを撃った。
「ひどいじゃないか」
しかしココノハは簡単に銃弾をいなす。銃口と体重のブレ。手首の強さ。反動を計算して弾道を読み切っている。
「子供なんていないのよ」
ボクは思わず先輩へと視線を向けてしまった。
「なんだ嘘だったのか」
ココノハの笑顔。まるで人間みたい。嬉しそう。
「あなたはここを去るのよ。貴方の言う通りにするわ。だからこの人は逃がして頂戴」
「それはダメだ。それはダメ。その個体は抹消しないと。それはダメ」
「ボクは先輩より離れるつもりはありません‼」
「だよね⁉」
とびかかって来たココノハの斬撃を逸らす。
「お願い。ここを去って。お願い。逃がしてあげて」
「「それは無理だ‼」」
この個体と同じ台詞を言うとは考えていなかった。
先輩の盛大なため息が聞こえた。
「私ね……。子供なんて出来ないのよ。だって……ここには」
先輩が愛おしそうにお腹を撫でる――まさかまさかまさか。考えたくなかった。一番考えたくなかった。
「愛しているわ。あなたを……だから」
ボクは先輩に駆け寄り抱き締めていた――背後から刃が肉を貫く感触を。
「馬鹿ッ‼」
「いいんだ。これでいい……」
「馬鹿……愛してるわ」
「ボクも」
「もう。最後だから」
愛している。
先輩のお腹には多分。ううん。確実に――世界が白く染まるのを感じた。
プラント破壊を確認――。
「アイズの生存者なし。任務は完遂されました」
「これで一先ずは……それにしても誰なのかしら」
「これで。これで一先ず。まだ一先ずだ。時間は稼げますね。誰かなんてそんな事。どうでもいい。次の防衛を考えなければ……」
「プラントより信号が停止。機械兵器達が次々にスリープモードへ移行しています」
「生き残ったのか。生き残ったのか」
「被害は甚大です。先発隊はおそらく――」
「どうせ使い捨ての駒に過ぎない。全ての個体に仕込まれた自爆スイッチを押せ。さらに追撃をする」
「え? いやしかし‼」
「やれ‼ 寄越せ‼ 私がやる‼ はははっ。これでいい。これでいい。アイズは全て破壊された。これでいい。記録の一切を抹消しろ‼」
「貴女はなんてことを……貴女には非人道兵器の開発に関する逮捕状が出ています」
「証拠なんてないさ。勝手にすればいい。だが忘れるなよ。そのおかげで今の人類が生き残った事を」
「連れて行きなさい」
「私のおかげで人類が救われた事を忘れるな‼」
ボクはアイズと言う機械を舐めていた。終わりだと思っていたんだ。
でもそうではなかった。壊れないガラス。その機構を用いて全体を覆い、弱点である脆さを内部に保管する。あらゆる衝撃から破壊を免れる物体。それがアイズだった。
何百年も。ボクは休眠し続けた。先輩の腕の中で。夢を見ていた。でもボクは先輩と同じ場所へは行けなかった。もしかしたらボクの本体はそちらへ行ったのかもしれない。
「なんだ。コイツ。ちょっと殴ったら死にやがった。使えねーな」
「そんなの捨ててけよ。それよりお宝探しだ」
意思を破棄した個体を確認致しました――条項約132項より抜粋。意思を破棄した個体であり、体組織が利用可能であり、再生できるならば、これを再利用しても良い。――これよりアイズは復元致します。
おかえりなさい――。




