第8話:商会の尖兵と最初の防衛線
ヴァレンシュタイン商会の最初の尖兵が、ついに集落に迫る。
レイジたちは、不完全な力と、ゴウが築いた防御システム、そしてチームの知恵だけで、集落の運命をかけた最初の防衛線に挑む。辛くも勝利を得た先に待っていたのは、「3日」という、絶望的な最終期限だった。
I.緊張の夜明け:期限の到来とゴウの戦場
1.集落を包む凍てついた静寂
ユイの集落に、ヴァレンシュタイン商会が要求した「生贄の転生者」の引き渡し期限の朝が訪れた。夜明け前の闇は深く、集落全体が、底冷えするような不安と静寂に包まれていた。レイジたちは、一睡もせずに各自の持ち場に就いていた。
レイジは、鍛冶場で最後の仕上げとして簡易的な刃物を研ぎ澄ませていた。彼は、鋼の表面を流れる「創造の憤怒」による微かな魔力の光に、希望を見出そうとするが、その頼りなさは、迫りくる脅威を前にしてあまりにも無力に感じられた。
(この力では、到底足りない。だが、これしか…)
彼の肉体は、セルフ・リビルドの不完全な起動によって既に限界を迎えていた。魔力の回路は構築途中であり、無理な使用は肉体の自壊につながる危険を孕んでいた。
2.サキの警告とゴウの戦術的布陣
集落の倉庫の屋根に設置された通信装置の前で、サキは周囲の地脈の振動と気流の変化を絶えず解析していた。彼女の思考は、「猶予期限の超過=集団の崩壊」という最悪の論理的結論を前に、極度の緊張状態にあった。
「…来た。振動パターン、単独行動を原則とするプロの傭兵団。数は十名。移動速度、標準より15パーセント速い。目的は、抵抗の排除ではなく、回収のための偵察」
サキの声が、微かな無線通信でレイジとゴウに伝わる。ゴウとノアが築いた音響・振動感知システムが、集落へ接近する部隊の存在を捉えたのだ。
ゴウは、すぐに集落の防御システムの作戦図を展開した。彼は、カストル配下での戦術的知識と、サキの解析データを瞬時に組み合わせた。
「奴らが選ぶのは、水源へのアクセスが容易で、風下となる北東の隘路だ。彼らは、戦闘を避け、効率的な回収ルートの確保を優先する。作戦名:『遅延と分断』。レイジ、サキは最終防衛線。ノア、俺と初期迎撃、罠の最終起動だ」
ゴウは、肉体の剛を失った代わりに、指揮官としての冷静な判断力を獲得していた。彼の命令は的確で、迷いがなかった。レイジとサキは、その指揮能力に絶対的な信頼を置いた。
II.最初の防衛線:ゴウのシステムと緻密な罠
1.尖兵の侵入と防御システムの全貌
ヴァレンシュタイン商会の尖兵部隊は、十名の精鋭で構成され、漆黒の装甲を纏っていた。彼らは、集落の防御を「辺境の奴隷崩れの抵抗」と嘲笑し、隘路へ侵入を開始した。
しかし、彼らが隘路に足を踏み入れた瞬間、戦場はゴウの「システム」の支配下に入った。
【罠・第一段階:分断】
隘路の地面には、薄く延ばされた「偽装された砂状の接着剤」が塗布されていた。尖兵の靴がその上を通過した瞬間、隠された細いワイヤーに引っかかり、爆音トラップが作動。大きな音と煙が、部隊の連携と視界を一瞬で崩壊させた。
混乱した隊員が、論理的に安全だと予測される脇の茂みへ逃げようとする。そこには、ゴウが計算した「重心の移動先」を狙った偽装の落とし穴が掘られていた。三名の尖兵が、その穴に落ち、行動不能となった。
【罠・第二段階:精神的な誘導】
集落の地形の反響を利用し、ゴウとノアが周囲に配置した風鈴状の音響トラップが、隘路の特殊な地形を利用して不規則に反響し始めた。これは、聴覚に頼るプロの傭兵の方向感覚と音声通信を完全に狂わせることを目的としていた。
2.ノアの覚醒とゴウの戦術の限界
ゴウとノアは、岩陰に隠れて、手動で罠を起動し続けた。ノアは、奴隷時代に培った隠密と追跡の技術を、集落を守るための技術として昇華させていた。
「ゴウ様、敵は中央の岩陰に集中している!次は、忌避剤トラップです!」ノアは、初めて誰かの役に立っているという事実に、興奮を隠せなかった。
ゴウは、魔獣の糞尿から生成した強烈な臭気の忌避剤を、風に乗せて敵の集中地点に散布。尖兵たちは、思わず顔を背け、戦術的な優位性をさらに失った。
しかし、尖兵のリーダーは、この防御が「力の魔術」ではなく、「物理的な知識」に依存していることをすぐに看破した。
「馬鹿げた罠だ!魔術師を出せ!広範囲火炎弾で一掃しろ!」
尖兵の一人が魔術を使用し、集落の外壁代わりの岩盤に火炎弾を放つ。ゴウとノアが築いたシステムは、物理的な防御には優れていたが、魔術的な攻撃の前では無力だった。防御線の一部が、力によって強引に突破され、火炎は集落へ迫った。
III.第二の防衛線:不完全な力とサキの解析
1.レイジの突撃と魔力回路の悲鳴
火炎弾の爆発音と共に、尖兵が防御線を突破し、集落の中枢、レイジとサキが待つ最終防衛線に迫った。レイジは、鍛冶で研ぎ澄ませた簡易的な武器を構え、覚悟を決めた。
(憤怒よ、熱となれ。この集落を、創り出すために)
レイジは、不完全なセルフ・リビルドの魔力を全身に流し込む。一瞬、彼の身体が青い熱を帯び、驚異的な加速を得た。彼は、尖兵の一人に突進し、その動きを止める。
しかし、その加速はわずか4.2秒しか持続しなかった。不完全な魔力回路が熱に耐えきれず、激しい神経の痛みと全身の痙攣がレイジを襲う。彼は、瞬時に息切れし、その戦闘能力は再び一般人以下にまで落ち込んだ。
2.サキの超高速解析とゴウの献身
レイジが致命的な窮地に陥った瞬間、サキの指示が、レイジの脳裏に直接響き渡った。
「レイジ!右の尖兵!装甲の腰部結合部に、0.3秒の隙!打て!左の尖兵は、呼吸周期が乱れている。顎下の防御が薄い!」
サキは、極度の集中力で、敵の戦闘スタイル、装甲の構造、そして疲労による動きの癖を、超高速で解析していた。彼女は、もはや人間ではなく、戦闘予測AIとして機能していた。
レイジは、サキの指示に従おうとするが、肉体の反応が追いつかない。その時、ゴウが重い体を盾にし、レイジの正面に飛び出した。ゴウの行動は論理的ではない。それは、贖罪の献身だった。
「レイジ!行け!」
ゴウが体当たりによって尖兵の動きを1秒間遅らせる。その「献身によって生まれた隙」に、サキの指示を受けたレイジは、鍛冶で鍛えた刃物を、尖兵の装甲の「論理的な弱点」に正確に貫通させた。レイジ、ゴウ、サキの知恵、献身、そして不完全な力による、チームワークの勝利だった。
IV.ヴァレンシュタインの冷徹な通告と絶望的な時間
1.商業論理による支配
尖兵部隊は、リーダー一人を残して撤退を余儀なくされた。レイジは、深手を負いながらも、リーダーを地面に押さえつけた。
しかし、そのリーダーは、敗北者としての感情を一切見せなかった。彼は、レイジの瞳を冷酷に見つめ、冷徹なビジネスマンの笑みを浮かべた。
「貴様ら、『狂人の奴隷』にしては、予想外のパフォーマンスを見せた。今回の襲撃は、集落の抵抗能力を査定するための偵察費用で済んだが、我々のビジネスは変わらない」
リーダーは、懐から取り出した精巧な通信端末をレイジに見せつけた。
「ユイ。貴様らの抵抗を、我々は『不測の事態』として評価した。よって、生贄の引き渡し期限を3日後に延長する。これが、我々の提供できる最大の『サービス』だ」
リーダーは、今回の敗北を「予測の誤差」として処理し、感情を挟まずに淡々と告げた。彼の非情さは、カストルの狂気よりも、遥かに深く、冷酷な世界の構造を象徴していた。彼は、3日後には抵抗を許さない『回収チーム』が来ることを通告し、レイジの目の前で、冷静に撤退した。
2.絶望的な時間制限とレイジの賭け
集落の住人たちは、自分たちが生き残ったという事実に、安堵と歓喜の声を上げた。レイジたちの防御の成功は、彼らに初めての希望をもたらした。
しかし、レイジたちの間には、重い沈黙が流れていた。彼らが掴んだのは、たった3日間の猶予だった。
サキは、負傷したレイジの体を解析しながら、絶望的な結論を告げた。「セルフ・リビルドのプロセスを、3日で完了させることは、論理的に不可能に近い。魔力の回路が安定する前に無理な加速を試みれば、最悪、肉体の機能不全、つまり崩壊を招く」
ゴウは、自らの無力さを噛み締めていた。防御システムは、時間稼ぎにしかならなかった。
レイジは、自らの肉体を流れる不完全な魔力に意識を集中させた。ユイの集落を真の居場所とするためには、この絶望的な時間制限を打ち破るしかない。
レイジは、サキの瞳を見つめ、決意を固めた。「3日で、力を完全に取り戻す。俺の『憤怒』を、破壊ではなく、炉にする。加速的な再構築を試みる」
レイジは、集落の全てを救うため、自らの肉体と命を賭けた「力の加速的な再構築」という無謀な選択を決意した。彼らの運命は、次の3日間に全てが懸けられた。
第8話をお読みいただきありがとうございます。
ゴウのシステムとチームワークで、集落は最初の防衛戦を勝利しました。しかし、ヴァレンシュタイン商会が突きつけた「3日」という猶予は、絶望的な時間制限です。
次話、第9話:「臨界点と破壊の再来」――レイジは、サキの理論とゴウの献身を背負い、「セルフ・リビルド」を限界まで加速させるという命懸けの賭けに出ます。それは、かつての破壊的な憤怒を再燃させ、肉体の臨界点を超えることを意味しました。
第1部「服従と目覚め」は、レイジの覚醒という最大のアクションへ向かいます。どうぞご期待ください。




