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第6話:ユイの集落と最初の仲間

鎖を断ち切り、無力になったレイジたちを導いたかすかな希望――ユイの集落。


辿り着いた安息の地は、しかし、別の強大な支配者との「非情な犠牲の取引」の上に成り立っていた。ここは真の自由か、それともより冷酷な新たな鎖か。


第1部「服従と目覚め」は、「居場所の価値」を問う新たな試練へと移行する。

I.荒野の試練:無力の旅路と渇きの鎖

1.太陽の拷問と肉体の限界

カストルの支配を逃れて一週間以上が経過した。レイジ、サキ、ゴウの三人は、熱砂の荒野を這うように進んでいた。鎖の強化魔術が停止したことで、彼らの肉体は脆弱な転生前の体に戻っており、異世界の過酷な環境は、彼らに生身の痛みを刻みつけていた。


特に、この地特有の赤い太陽は、彼らの体力を容赦なく奪った。レイジの顔は土色に変色し、乾き切った唇はひび割れていた。彼は、鎖に縛られていた時、決して感じることのなかった「喉の渇き」と「疲労による全身の麻痺」に、恐怖を覚えていた。


(このままでは、鎖に殺されるより先に、この世界に殺される…)


彼は、かつて「憤怒」に身を任せていた頃とは比べ物にならないほど、冷静な判断力を求められていた。サキの解析と、ゴウの経験を、冷静に組み合わせる。


2.サキの知識とゴウの精神的な壁

サキは、「水分ロス率と体力の持続可能性」について、常に計算し続けていた。彼女の思考回路は、疲労によって頻繁に「遅延」を起こす。しかし、彼女は自らの知識こそが、鎖を断ち切った真の武器だと信じ、思考を止めなかった。


「ゴウ。進行方向の窪地は、地表温度が平均より2度低い。論理的に、夜間の露が溜まっている可能性がある。そこを目指せ」


ゴウは、サキの指示に従うが、その動きは重い。彼の無力感は、肉体の疲労よりも深く、彼の精神を蝕んでいた。彼は、贖罪の手段を失っただけでなく、仲間の足手まといになっているという事実に耐えられなかった。


ある夜、ゴウはレイジに静かに打ち明けた。


「レイジ…俺は、自分に課した業の鎖から、まだ解放されていない。力がない今、俺が役立てることは、俺自身の死だけではないのか」


レイジは、彼の言葉を遮った。


「違う。第5話で、お前は知恵で俺たちを救った。贖罪は、死で終わらせるものじゃない。生きて、償いきるものだ。そのための意志こそが、お前の新しい剛だ」


レイジは、ゴウの絶望の鎖を、言葉という「意志の熱」で断ち切ろうとした。


3.グリムウィーゼルとの攻防と「チーム」の成立

彼らの安息を、再び小型のグリムウィーゼルの群れが脅かした。前回の遭遇で、ゴウは知恵で打ち勝ったが、今回は数が多く、彼らの体力の消耗も激しかった。


レイジは、憤怒を制御し、冷静な指揮官として行動する。


「ゴウ、防御に徹しろ。サキ、魔獣の行動パターンを解析しろ!」


サキは、極度の疲労の中、魔獣の「集団行動における非効率な癖」を解析する。そして、ゴウは、その癖を突くために身体を投げ出す。彼は、もはや拳で打ち砕くのではなく、「防御という献身」によって魔獣の動きを制限した。


レイジは、その一瞬の隙に、サキが示した「群れの核」を、最後の力を振り絞って投げた石で打ち砕いた。群れは統制を失い、散り散りになった。


この攻防は、彼らが「力を失った個」ではなく、「知恵、意志、献身で成り立つチーム」として機能し始めたことを証明した。


II.斥候ノア:隠された共感と集落への案内

1.辺境の孤独な眼差し

魔獣との戦いの後、傷つき疲弊した三人は、ユイの集落の座標を示す岩山に差し掛かった。そこで、彼らを隠れて監視する鋭い眼差しを、レイジは感じ取った。


レイジは、鎖の熱傷痕を見せ、敵意のないことを示す。岩陰から現れたのは、レイジたちより少し幼いノアという名の少年だった。ノアは、草木に同化するような驚くべき隠密技術を持っていたが、彼の服装は粗末で、その目は常に飢えと警戒に満ちていた。


ノアは、レイジたちの烙印を見た瞬間、顔の筋肉を硬直させた。それは、カストル配下の「狂人の奴隷」に対する反射的な恐怖だった。


「…なぜ、生きている」ノアは、掠れた声で呟いた。「カストルの奴隷は、死ぬか、狂うかだ」


レイジは、静かに答える。「俺たちは、鎖を断ち切った。自由を求めて、この烙印と共に生きている」


ノアは、レイジたちの首元の深い熱傷痕を見て、警戒心と共に深い共感を覚えた。ノアもまた、カストルとは別の魔術師に奴隷にされていた過去を持っていたのだ。彼らは、同じ痛みを背負った仲間だった。


2.ノアの過去と集落の脆弱性

ノアは、ユイの指示で、レイジたちを集落へと導くことを決めた。道中、ノアは集落の成り立ちを語った。


「ユイ様は、転生者の才能ではなく、転生者の魂を救うために、この場所を創った。ここでは、誰もが過去の烙印を気にしなくていい。でも…」


ノアは、空腹から来る苦痛を隠すように、腹をさすった。サキは、その行動とノアの装備の脆弱性を即座に解析した。


「論理的に、集落は食料が不足している。そして、君の斥候技術は高度だが、装備は自衛程度。集落は、外部からの強大な脅威に晒されている」サキは指摘した。


ノアは、驚愕の表情でサキを見つめた。「鎖の支配」を解析したサキの知性が、既に集落の「構造的な脆弱性」を看破したのだ。ノアは沈黙でそれを肯定し、「安息の地」の裏側にある「不都合な真実」をレイジたちに示唆した。


III.ユイの支配:安息と「犠牲の鎖」

1.辺境のオアシスとユイのカリスマ

ユイの集落は、荒野の岩山の影に隠された天然のオアシスだった。中央には水源があり、共同で管理された農地がある。レイジたちは、久々に目にした「平和な人の営み」に、全身の力が抜けるような安堵を覚えた。


集落の住人たちは、レイジたちを見るなり、様々な視線を向けた。警戒心。共感。そして、「希望」。彼らの瞳は、「新しい力」が集落を救ってくれるかもしれないという、切実な期待を映していた。


集落のリーダーであるユイは、彼らを丁重に出迎えた。ユイは、レイジたちと同世代の女性だが、その瞳には集落全体を背負う重い責任感と、過去の悲劇を乗り越えた者特有の強靭な意志が宿っていた。彼女の物腰は穏やかだが、その言葉には転生者たちの魂を繋ぎ止めるカリスマ性があった。


「ようこそ、解放された魂たち。ここは、烙印を持つ者が、誰にも怯えずにいられる唯一の場所です。あなたたちの滞在を歓迎します」


2.ユイの告白と非情な取引

夜になり、ユイはレイジたち三人を集落の奥へと案内し、集落の「裏側」を明かした。彼女の顔には、リーダーとしての苦悩が深く刻まれていた。


「この集落は、平和のために非情な犠牲を払っています」


ユイは、涙をこらえながら告白した。ユイの集落は、カストルとは異なる、周辺の商業都市を支配する強大な勢力(後のヴァレンシュタイン商会と関連する勢力)から、非情な取引を強いられていた。


その取引とは、「集落の安全と、最低限の食料・資源の提供」と引き換えに、「集落の転生者を数カ月に一度、奴隷として差し出す」というものだった。この「論理的な犠牲」によって、大多数の集落の平和が保たれていた。


「私は、カストルの支配から逃れましたが、結局、別の支配に服従している。これは、私自身が選んだ『歪んだ救済』です。このままでは、次の犠牲者は、力のないあなたたち三人になるかもしれない」


ユイの告白は、レイジたちにとって最大の衝撃だった。鎖から解放されたはずの彼らが辿り着いた「安息の地」は、新たな「犠牲の鎖」の上に成り立っていたのだ。レイジたちは、カストルの予言が現実となったことを悟った。外の世界の鎖のほうがよほど強固だ。


IV.創造の誓い:居場所は犠牲の上に成り立たない

1.支配者の苦悩とレイジの憤怒

ユイの告白は、レイジたち三人に異なる影響を与えた。


サキ:「論理的に、ユイの選択は集団の生存のために正しい。しかし、個の尊厳を完全に無視している。これは、非効率な矛盾だ」彼女の知性は、「犠牲の上に成り立つ平和」という非論理性に苦しむ。


ゴウ:彼は、「過去の自分の罪」と、「ユイが強いる犠牲」を重ね合わせた。彼は、自分がかつてカストルの支配下で、「犠牲を強いられる側」ではなく「犠牲を強いる側」にいたことの重さを再認識し、贖罪の決意をさらに固める。


レイジ:彼は、ユイの瞳の奥に、支配者と同じ苦悩を見た。ユイは、集落を守るために非情な支配を受け入れている。それは、カストルがかつて言った「歪んだ救済」と本質的に変わらなかった。


(居場所は、誰かに与えられるものではない。犠牲の上に成り立つものでもない。それは、全員が安心して笑える未来を、俺たちが創り出すことだ)


2.新しい目標と創造の誓い

レイジは、鎖がない首元に、新しい熱が満ち始めるのを感じた。それは、もはや破壊の憤怒ではない。「誰にも排斥されない居場所」を自らの手で創り出すという、創造の意志の熱だった。


レイジは、ユイに静かに、しかし力強く誓った。


「私たちは、この集落を去りません。あなたが背負う犠牲の鎖を、私たちが断ち切る。この集落の平和を、誰かの犠牲の上に成り立たせる必要はない」


レイジ、サキ、ゴウの三人は、ユイの集落を真の居場所と見定め、その集落が抱える新しい鎖を断ち切るために、動き出すことを決意した。彼らの第1部「服従と目覚め」の最終目標が、ここに設定された。


第6話をお読みいただきありがとうございます。


ユイの集落は、安息の地であると同時に、非情な犠牲の上に成り立つ新たな戦場でした。レイジたちは、集落を救うという、第1部の最終目標を定めました。


次話、第7話:「力の痕跡と再強化の理論」――サキは、集落に残るカストルの魔術の痕跡を解析し、力の減衰を食い止め、再獲得する理論を構築します。そして、ゴウは自らの「業」を、集落を守るための新たな技術へと変えるために、行動を開始する。


第1部「服従と目覚め」は、集落の鎖の破壊に向けて、大きく展開します。どうぞご期待ください。

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